< いちばんにあいされたい >

2019/06/30

 現実の世界とは違った時間が流れるこの星界にも、少しずつ夏の気配が漂ってくる季節。空の色は、暗夜とは違って澄み渡る青。通り抜ける風は爽やかで、カムイは大きく息を吸い込む。

 今日と明日は、皆に自由な時間を与えられていた。身体と心を休めるための時間だ。この星界を出れば、そこにあるのは熾烈な戦い。暗夜王国と白夜王国が、長いこと争いを繰り広げているのだ。ふたつの国は昔から啀み合ってきたけれど、その緊張感は極限まで達し――事実、戦争が勃発してしまった。
 暗夜の第二王女として育ったカムイ。彼女はもともと、白夜の第二王女として生まれた存在だった。幼い頃、暗夜の王に拉致され、王都ウィンダムから北にある城塞に閉じ込められ、そこでほとんどの時間を過ごした。紆余曲折を経てカムイは白夜に連れ戻されたが、どちらの王女として戦うかの選択を迫られたとき、彼女が選んだのは、自分を育んだ暗夜王国だった。
 マークスも、カミラも。そしてレオンとエリーゼも、カムイにとって本当のきょうだいではなかった。けれど、カムイは彼らのことを心の底から愛していたし、血の繋がりが一切なかろうと、彼らを切り捨てるようなことは出来なかった。
 それはつまり、白夜のきょうだいたちを敵に回すということ。リョウマ、ヒノカ、タクミ、サクラ。カムイのことをずっと待っていてくれた、白き国のきょうだい。彼らを傷つけた。カムイはあの日から暫くの間、ろくに眠れなかった。神刀「夜刀神」をリョウマたちに向けた、あの日から。
 まだ戦いの終わりは見えない。そう遠くない将来、カムイは白夜のきょうだいと相見え、戦う事となるだろう。それでも、これが自分の選んだ道だ。カムイは何があっても貫かなければならない。自分が他者につけた傷を直視しなければならない。後戻りも、立ち止まることも許されない。カムイは選んだのだから。

「あっ、カムイおねえちゃん!」
 星界にあるキャッスルを静かに歩いていたカムイに、鈴の音のような声が降りかかる。いつの間にか俯いていた顔をあげれば、少し先に駆け寄ってくる妹――エリーゼの姿が見えた。よくよく見れば、その少し後ろには姉のカミラもいる。エリーゼは勢いよくカムイに飛びついた。小さな声を想わず発したカムイだが、可憐な妹の背に手を回して、何度かそこを撫でてやった。
 エリーゼは彼女が北の城塞に囚われていた頃からずっと、この姉のことが大好きで、しょっちゅう会いに来ていたし、こうやって共に戦う日々を過ごすようになってからも、変わらずカムイのことを「世界で一番大好きなカムイおねえちゃん」と接してくれている。
「エリーゼさんは、カミラ姉さんとお出かけですか?」
「うん! あのね、あたしはこれからカミラおねえちゃんと、ベリーの畑に行こうと思っているの。明日はレオンおにいちゃんのお誕生日でしょう?」
「まあ、そうなんですね」
 やっと身体を離したエリーゼに問いかければ、妹は弾んだ声で答えてくれる。そこでカミラもカムイの隣に立ち、こう続ける。
「レオンの誕生日に、私とエリーゼでケーキを作ろうと思っているのよ」
 カミラは微笑んでいる。戦場に立てば、その身に秘めた力を存分に発揮し、冷酷さを滲ませることのあるカミラも、実際はとても優しい家族思いの女性で、カムイはその優しさに何度も助けられてきた。
 エリーゼの言う通り、明日はレオンの誕生日。カムイは彼に何か贈り物を用意したくて、何日か前から悩んでいた。今日も休日だし、買い物に行って何かを探そう。そんな風に考えながらキャッスルを歩いていたという訳だ。
 カムイが北の城塞を出て、はじめてのレオンの誕生日。これまで彼に渡すことが出来たのは、城塞の中庭で咲いている花くらい。レオンはとても喜んでくれた。毎年。しかし、今回は違うものを贈りたかった。もうカムイは、酷く狭い世界に囚われていた姫ではないのだ。
「私も、贈り物を考えていたんです」
「そっか! レオンおにいちゃん、きっと喜ぶね!」
 だってレオンおにいちゃんはカムイおねえちゃんのことが大好きだもん、と続けるエリーゼにカムイは思わず頬を赤く染めた。分かっている。彼女が言う「好き」というのは「家族」や「きょうだい」としての「好き」であると。しかし、正直に顔に出てしまう。実のところ、カミラは「あらあら」といった様子でカムイを見ている。彼女はこういうことに、とても鋭い。
「え、ええと、その……そ、それじゃあ私はお買い物に行くので、失礼しますね……!」
 そんな姉に何かを言われる前に、とカムイは駆け出した。エリーゼがカムイの背に「いってらっしゃい!」と大きな声をかける。きっとカミラは微笑を浮かべながら、手を振っているのだろう。カムイは暫く走って、それからやっと足を止める。息を整えて見上げた空は、やはり何処までも広がる青色。
 ――だめ、ですね。私……。血が繋がってないとしても、レオンさんは、私の……。
 カムイは心の奥で呟く。正しい答えは、まだ見つかりそうもない。そう、レオンは「弟」なのだ、今も、昔も。きっと、これからだってそうだ。半分だけ血の繋がった「姉弟」だと信じ込んでいた時のほうが、冷静に考えられていたような気がする。いつかレオンも愛する姫君を見つけて、彼女のことを守り、生きていくのだと。そして、彼が選んだ彼女が自分では無い誰かであると。
 でも、ふたりは赤の他人だった。母も父も違う。心と心を繋がせることが出来たなら、本当の意味で愛し合うことが出来たなら――家族になれる、そんな現実をカムイは知ってしまった。勿論、レオンも。

 カムイは晴れた街を歩いた。だが、あては無い。贈り物を探しに買い物に行くということは嘘で無いし、彼の誕生日を祝いたいという気持ちも本物だ。けれど、心にそれが芽生えてしまった以上、落ち着いてなにかを探すことなんて出来ないかもしれない。
「あら、カムイ様じゃない!」
「えっ?」
 またしても下を向いていた顔を上げ、カムイは声の主を探した。すると前方に見知った顔が三つ。代表して声をかけてきたのが、カミラの臣下であるルーナ。そしてその隣には、国境警備兵のシャーロッテ。そして後ろから追いついたのが、カムイの臣下でメイドのフェリシアだった。
「あ、皆さん、こんにちは」
 カムイは律儀に頭を下げて挨拶をする。ちょっと変わった組み合わせだ、とは思ったが言葉にはしない。だがすぐにフェリシアが言う。
「今日はお休みですから、ルーナさんとシャーロッテさんと一緒にお買い物に来てるんですよぉ! それに、最近素敵なカフェを見つけた、ってルーナさんが教えてくださったんです〜!」
 まあ、そうなんですか。そう返すカムイに対し、シャーロッテもこう続けた。たまには買い物くらいしたいわよね、と。
「ねえ、カムイ様。よかったら一緒に行かない?」
「誘ってくださってありがとうございます、ルーナさん。でも、私、これから贈り物を探さないと……」
「贈り物?」
「あ……」
 カムイの口からつい出てしまった単語を、ルーナたちが綺麗に揃って繰り返し、その全員が不思議そうに小首を傾げる。
「え、えっと……その」
 口籠るカムイ。だが、彼女と付き合いの長いフェリシアは、すぐに答えを見つけ出した。
「あ〜、わかりましたぁ! 明日はレオン様のお誕生日ですよね!」
 カムイの顔がだんだんと赤くなる。妹のエリーゼは誤魔化せたけれど、こういった話が好きなルーナやシャーロッテにはその手が使えないかもしれない。そんなことを考えているとは露知らず、フェリシアが付け足すように言う。
「昔から、レオン様のお誕生日をカムイ様は祝ってきましたからね。今年は何を贈るんですかぁ?」
 確か去年はお庭に咲いていた綺麗なお花を、と続けるフェリシア。ルーナとシャーロッテが顔を見合わせ、それからカムイをじっと見る。その頃になると、もうカムイは熟れた果実に似た色の顔。
「ま、まだ……な、何も決まってないんです……」
「へぇ〜。レオン様の喜ぶものが見つかるといいですねぇ〜」
「じゃあ、あたしたちと一緒に探しましょうよ! きっと、あたしなら良いものが見つけられるわよ?」
「それもいいわね。このシャーロッテがレオン様にぴったりの贈り物を探してあげますよぉ?」
 シャーロッテとルーナがふたりで話を少しずつ進めていくのを、なんとかカムイは止める。ひとりで大丈夫ですから、と。
「でも、何も決まってないのよね?」
「そ、そうです……けど」
「けど?」
「……ルーナさんたちの手を煩わすことは」
「そんなの気にしなくていいわよ。あたしたち、仲間でしょう?」
 カムイは汗が伝うのを感じた。手を貸してくれるというルーナたちの気持ちは嬉しい。それにこういったことが得意そうなルーナやシャーロッテと一緒に探せば、良いものが早く見つかるかもしれない。けれど、これは自分で決めたいことだった。レオンへの思いを形にすることは、自分ひとりでやるべきではないかと。時間はかかるかもしれない。それでも、だ。
「ま、でも無理強いは良くないわね」
 カムイが言葉を探しているうちに、シャーロッテは言う。有り難いことにフェリシアも同感のようで、ルーナもシャーロッテの言葉に渋々ながら頷く。
「カムイ様、きっと良いものを見つけるのよ!」
「は、はい!」
「ふふっ、今度はあたしと一緒にお茶してもらうわよ? その時はベルカやカミラ様も呼んで……ね?」
 ウインクをするルーナに、カムイは「はい!」と答えた。カミラたちを誘ってカフェに行くのは、とても楽しい時間になるに違いない。シャーロッテ、そしてフェリシアを伴って、ルーナが去っていく。カムイはひらひらと右手を振って、それから三人の背を見届けてから歩き始め、レオンへの贈り物探しを本格的に開始するのであった。

 ◆ ◆ ◆

「マークス兄さん。カムイ姉さんを見かけなかった?」
 暗夜の弟王子レオンは、キャッスル内にある資料館で分厚い本を捲る兄に問いかけた。
「いや、私は見ていないが……」
「……そう。ここにいると思ったんだけど」
 姉さんはどこに行ったのかな、レオンは不思議そうに首を傾げた。今日は休日で、天気も良いから誰かと一緒に出かけたのかもしれない。レオンはそんなことを考えながら、本棚から一冊の本を抜き出す。
「でも、兄さんがここにいると思わなかったよ」
 レオンは表紙の埃を払い、兄の向かい側のソファに腰を下ろす。
「私も読書ぐらいするぞ」
 お前ほどではないが、とマークスは苦笑する。レオンは自他ともに認める読書家だ。きょうだいの中でその次に本を読んでいるのは、おそらくカムイだろう。下の姉である彼女も、幼い頃から城塞でよく本を読んでいた。それはレオンの影響と言ってもいい。
「まあ、そうだよね」
「お前が読むような魔術書は、さっぱり理解出来ないがな」
 マークスの言葉に、レオンは小さく笑む。マークスは剣の道を進み、暗夜王国で一番と呼んでいい騎士になった。彼の振るう暗黒剣は暗夜王家に伝わる神器のひとつ、ジークフリートである。彼がどれだけ努力をしてジークフリートの使い手になったかは、レオンも知っている。レオンも血の滲むような努力をして、大地や重力、そして生命を司る、もうひとつの神器「ブリュンヒルデ」の継承者になったのだから。
「そういえばレオン」
「うん?」
「明日はお前の誕生日だったな」
 兄が言う。その眼差しはとても優しい。マークスは厳しい人物だが、それ以上に優しさを持った尊敬すべき兄だった。
「……覚えていてくれてありがとう、マークス兄さん」
「何を言っている。当たり前だろう? お前は、私のたったひとりの弟だぞ」
 何年も前――暗夜王国には、もっと多くの王子と王女がいた。だがマークス、レオン、カミラとカムイ、そしてエリーゼを残して、多くの命が散っていった。ガロン王には何人もの妾がいて、その女との間に子が多くいたのだが、今生きているのは五人だけ。妾同士の間で、血を血で洗うような醜い争いが繰り広げられた結果だ。マークスには朧気ながらも、記憶が残されている。レオン以外にも弟がいたことを。そして、自分にも兄がいたことを。
「何か欲しいものはあるのか」
「いいよ。その気持ちだけで十分だよ、兄さん。今は戦時中だし」
 レオンは素っ気無く言うが、マークスには分かった。彼は照れている。それを隠すために、そういった言葉を口にしているのだと。
「私も、たまにはお前に兄らしいことがしたいのだが」
「たまに? 兄さんはいつだって僕のことを……僕らのことを支えて、導いてくれるじゃないか」
 マークスもレオンも、手にした本は机に置いている。こうやってふたりで話をするのは、いったいいつ以来だろう。レオンの言う通り、今は戦時下だ。白夜との戦に終わりは見えていない。リリスのおかげでこうして静かな時間を過ごすことも、ゆったりと心身を癒やすことも出来ているけれど、星界を出たところに広がるのは、人間の血と、鉄の匂いが充満する戦場なのだ。
「それに、欲しいものって急に言われてもね。強いて言うなら、こうやって好きな本を読んだり、兄さんや姉さんたちとのんびりと話せる時間がもっと欲しいよ」
 それは、レオンの本音だった。大切な人たちと過ごせる時間や、好きなことに時間を費やせるような日々。穏やかで、優しくて、安心できる世界。弟の真っ直ぐな答えに、兄は大きく頷く。
「そのためには、早く戦争を終わらせなくてはならないな」
「……うん。少しでも早く、ね」
 レオンは置いた本へ手を伸ばす。
「――それにしても」
 カムイ姉さんはどこにいるんだろう、と口にしたレオンに、マークスは再び苦笑いをする。用があるのならここから出て探しに行くだろう。しかし、彼は読書を始めてしまった。単に気になるのだろう、下の姉がいま、どこで何をしているのかが。このふたりは幼い頃からとても仲が良く、それは、成長してそれぞれが力を得た今も変わらない。
「カムイのことだから、お前へのプレゼントでも探しているのではないか」
「えっ、あ……そう、なのかな。あ、確かにね。エリーゼの誕生日もアクセサリーとか用意していたし……」
 マークスの台詞に、レオンは明らかに狼狽えていた。確かにカムイは、エリーゼの誕生日にはアクセサリーを贈っていた。可愛い妹の為に用意したそれを、エリーゼはとても喜び、大はしゃぎで仲間全員に見せて回っていたような気がする。実際、エリーゼはレオンにもそれを見せびらかしに来た。レオンもそんな妹に、祝いの言葉を口にした記憶がある。
 弟は本を手に、視線を文字列へ落とす。しかし集中して読めていないのは、一目瞭然だった。兄はそんな彼を見て、それから窓の向こうを見る。青い空は次第に茜色へ変わっていく。もう夕暮れ時なのだろう、そろそろカムイも戻ってくるはずだ。彼女以外の、キャッスルを離れている仲間も、きっと。

 ◆ ◆ ◆

 夕食後。カムイがレオンに駆け寄って、あとでレオンさんのお部屋にお邪魔しても良いでしょうか、と尋ねてきた。あまり装飾の無いシンプルで、しかし同時に上品な黒いワンピースを身に着けた姉は、やや頬が紅潮しているように見える。レオンは勿論、と頷く。それは何時頃になるの、とレオンが問いかけると、彼女は口を噤んでしまった。流れる空気が少し重たくなる。
 もしかして、とレオンは思った。明日は六の月最終日。つまり、レオンの誕生日である。カムイはその日の訪れを、一緒に過ごしたい――そう思っているのではないか。けれど、そういうことを自分から言うのも、とレオンは迷う。
 しかし、カムイはしどろもどろといった様子だ。世間知らずの姉も、夜更けに異性の部屋に行くということが、どういった意味を孕んでいるかは分かっているらしい。だからといって、何かがあるというわけではない。ふたりはきょうだいだ。レオンは自分にそう言い聞かせ、彼女に言った――何時に来ても構わないよ、と。
「……では、準備を整えたら行きますね?」
「うん、待っているよ。カムイ姉さん」
 カムイはレオンの返事に大きく頷いて、彼のもとを離れていく。レオンはそんなカムイの背中をずっと見ていた。誰より優しく、誰より真っ直ぐで。本当のきょうだいと戦を繰り広げるという、あまりにも重いものを背負い、カムイは生きている。それも、彼女は暗夜だけではなく、白夜のことも救いたいと言っていた。
 レオンたちからすれば、敵国でしかなかった白夜王国。陽の光を、天からの恵みを独占し、それとは真逆の道を行く暗夜王国と、今も昔も争いを繰り広げている。カムイの願いは甘いものだ。レオンやマークスはそう思っている。自分たちにとって絶対の存在である父――暗夜王ガロンの望まぬ願いを抱くカムイの方が、暗夜では異質の存在なのだ。
 けれど、とレオンは思う。カムイと同じ願いを胸に秘めて、共に進んでいくことが、ゆくゆくは暗夜の為になる、と。その為にはきょうだいたちと一緒に、カムイを支えていかなければならない。神刀「夜刀神」を手に戦うカムイは希望だ。闇夜を照らす光なのだ、あの真っ直ぐな眼差しと、彼女が心に抱く強い願いは。

 カムイがレオンの部屋を訪れたのは、レオンが久しぶりに読むある本をちょうど読み終えたところだった。少々緊張したような目のカムイを、レオンは迎え入れた。時計を見る。もう少しで、日付も変わろうとしている。
「え、ええと、レオンさん」
 ちょこんと椅子に座ったカムイは、上目遣いでレオンを見た。カチコチと秒針が進んでいく。正確に刻まれていく時間に、カムイの瞳が揺れている。
「……お誕生日おめでとうございます!」
 日付が変わるその瞬間に、カムイは微笑んだ。そっとレオンに手を伸ばす。彼女のあたたかな手がレオンの手を包み込む。レオンのそれは、カムイのものよりも大きい。幼い頃、小さな城で手と手を重ねた時よりも、ずっとその差は開いている。背だって随分と伸びた。カムイを追い越したのはいつだっただろうか。
「ありがとう、カムイ姉さん」
 少し恥ずかしくなり、レオンは頭を掻いた。
「あの、レオンさんに贈り物を用意したんです。私、今までは北の城塞のお庭で咲いていたお花ぐらいしかプレゼント出来なかったので……今年こそはレオンさんの為に、って思ったんです」
 少女は、綺麗にラッピングされたものをおずおずと差し出してくる。ワインレッドの包に、それよりもずっと深い色のリボンがかけられている。
「カムイ姉さん、ありがとう……わざわざ、探してくれたんだ?」
「ええ」
 大好きなレオンさんの為ですから。そうはっきりと言うカムイ。その「好き」というのがどういった意味であれ、レオンは嬉しかった。彼女が自分の為に時間を使って、なにかを用意してくれたことが。
 今ここで開けてもいいかな、と問う彼に、勿論ですよ、とカムイは頷く。それを見届けて、レオンは慎重にリボンを解いた。
「……!」
 中から出てきたのは、透き通った硝子で作られた美しい薔薇の置物。そして、上品な香りの紅茶の茶葉。それから花のあしらわれた栞だった。幾つもプレゼントされるとは思っていなかったレオンは、目を大きくする。カムイが自分の為に、いろいろと考えて用意してくれたことが嬉しい。
「本当にありがとう。嬉しいよ」
 レオンが言う。手のひらに輝く薔薇を乗せて。薔薇は、暗夜王国の象徴とも言える花だ。煌めくそれは自分たちの未来に光をあててくれているかのよう。
「この紅茶は、あとで一緒に飲もうよ。マークス兄さんとカミラ姉さん、それにエリーゼも誘って、さ」
「まあ、それは良いですね。この茶葉は、昔レオンさんが好きだって仰っていたものに似た香りなんですよ」
 なんとか見つけられて良かったです、と目を細めたカムイ。彼女が言っているのは、カムイが北の城塞で過ごしていた頃の出来事。レオンも覚えている。カムイの城で一緒に飲んだ、紅茶の芳しい香りも、優しい味わいも。
「じゃあ朝食の時にでも兄さんたちを誘おうか」
「はい! そうしましょう。ふふ、楽しみですね」
 きょうだい揃ってのお茶会は、きっと素敵な時間になるに違いない。レオンの手の上で、カムイがプレゼントしてくれた薔薇が咲いている。栞に使われている花も、しゃんと胸を張っている。カムイは嬉しかった。レオンが喜んでくれたことが。嬉しいと言ってくれたことが。
「ねえ、カムイ姉さん」
「はい、何でしょう?」
 つぶらな瞳が、レオンに向けられる。
「……僕も、カムイ姉さんに贈りたい言葉があるんだ。聞いて、くれるかな?」
 彼の言葉は僅かに震え、そしてたっぷりと時間をかけて綴られた。頷いたカムイを見据える赤い目は、どこまでも真剣なもの。
「僕は、君のことが――カムイのことが、ずっと……」
 耳元で、そっと囁かれる。
「――」
 それは、愛の言葉。カムイの心で何度も反響する。姉と弟であれば許されぬ想い。いつの間にか募っていた、とてもではないが冷静ではいられない、熱い感情。
 レオンの手の上で、薔薇が再び輝いた。この花の花言葉は、確か――。
「こんな僕でも、君は受け止めてくれる?」
 彼の瞳は、カムイのそれと同じ色。
「……ええ、私も、ずっとあなたのことを想ってきました。だから想いを形にしたくて、この花を贈ったのです。ねえ、レオンさん。私は、まだまだだめなお姉さんかもしれませんけれど……あなたのことを、この世界で一番、想っている自信があります。いつもそばにいてくれた、優しくて、真っ直ぐなレオンさんのことを……誰よりも、愛しています」
 微笑を浮かべ、しかしいつもとは少し違った艶っぽい表情で、カムイは言った。長いこと抱えていた想いだ。いつか、彼に伝えたいと思っていた。そしてその「いつか」とは「今」なのだ。
「……ありがとう、カムイ。僕が君を幸せにするよ、必ず。まだ頼りないかもしれないけど」
「いいえ、そんなことありませんよ? あなたはいつも、私のことを支えてくれているではありませんか。何度も、レオンさんには助けられてきました。でも、私もあなたの支えになりたいです。これからは、もっと」
 カムイの白い手も、きらきらと光る薔薇を包む。ふたりの手の中で、それは咲く。この国の未来を照らすような花が。ふたりの進む道を祝福しているかのように、強く、強く輝く。
「今年が、一番幸せな誕生日だよ」
 夜が明けたら、きょうだいが、仲間が、盛大に祝ってくれるだろう。けれど、今はふたりきり。
「――レオンさん」
 カムイは、その柔らかな腕で愛しい人を抱きしめる。いつまでもふたりでこうしていたい。そんな願いを抱くほどに、この時間は幸福そのものだった。

 ◆ ◆ ◆

 夜が明けて、朝が訪れて――時間はさらさら流れ落ちていった。カムイと一緒にレオンが食堂へ向かうと、もう既にきょうだいや臣下たちは揃っていて、その誰もがレオンに祝福の言葉を投げかけてくれる。テーブルには、カミラとエリーゼが作ったという、ベリーをふんだんに使ったケーキ。ジョーカーが淹れた紅茶は、カムイがレオンに贈ったものである。
「本当にありがとう、僕の為に」
 少し照れくさそうにレオンが言った。マークスが、カミラが、エリーゼが、アクアが、そしてカムイもレオンを見る。臣下たちの視線も彼に集中している。大人数で祝う誕生日。星界を一歩出れば、戦場が広がるけれど、今はこうして仲間や家族とも時間を過ごせる。
「カムイ様は結局、レオン様に何を贈ったのかしら?」
「確かに気になるわねぇ……でも、レオン様を見ればなんとなく分かるじゃない、ルーナ。あんなに幸せそうなレオン様、初めて見たわ。きっと、素敵な贈り物をしたのよ〜?」
 小声でルーナとシャーロッテがそんな話をしている。ふたりの隣にいるフェリシアも気になる、といった様子だ。
「どう? レオンおにいちゃん! あたしとカミラおねえちゃんが作ったベリーケーキ!」
「……とても美味しいよ、ありがとう、エリーゼ。カミラ姉さんも」
「ふふ、喜んでもらえて良かったわ。マークスお兄様も、もう一つ如何?」
「確かに美味だが、カミラ。今日の主役はレオンだろう? 私ではなくてレオンにやってくれ。レオン。私もあとでお前になにか用意しよう」
「えー! マークスおにいちゃんもケーキを焼くの?」
「おい、エリーゼ。兄さんがケーキを焼くとは言ってないぞ」
「……ケーキか。私にも、こういったものが作れるのだろうか……?」
「兄さんも本気にしなくていいから! カミラ姉さんも何か言ってよ!」
 微笑ましいきょうだいのやり取りを、カムイはくすくすと笑みをこぼしながら見つめている。また次の年も、それまた次の年も、こうやって大切な人たちとこの日を祝いたい。
 そんなことを思いながら、カムイはレオンを見た。少し前までは「血の繋がらない弟」だった人を。誰よりも愛おしい人となった彼を。
 彼もカムイのことを見ていた。その眼差しは、いつも以上に穏やかで――それでいて愛しそうなもので。まだふたりの関係は、マークスやカミラたちには秘密だ。けれどいつか打ち明けられる日が来たら、改めてこの関係を受け止めてもらいたい。一番に互いを愛し合っていることを。
「……レオンさん、お誕生日、おめでとうございます。あなたが生まれてきてくれたことに、すべてのことに、私は感謝していますよ」
 カムイはレオンにだけ聞こえるくらいの、小さな声を口にする。レオンは微笑った――ありがとう、そう小声で囁いて。

レオンさんお誕生日おめでとうございます!

title:天文学
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