ウォーターリリィの
香りに眠る

FIRE EMBLEM Fates Birthright

 すべてが夢なら良かったのに。私はそう考えて、すぐにそれを打ち消すように首を横に振る。こんなものはただの愚かな逃避。全部が現実だ。私が暗夜王国を離れたのも。そして、その闇の国に戻ってきたことも。
「カムイ、どうしたの?」
 隣で横になっている彼が、優しい声を投げかけてくる。ここは私と彼――レオンさんの寝室。柔らかな枕に頭を乗せて、それでもずっと目を開いたままの私を心配してくれているのだ、レオンさんは。もう深夜と言える時間帯だ。普段であればすぐ眠りに落ちていく私が、未だに眠りの国へ足を踏み入れていないことを彼は不思議に思ったのだろう。なんでもありませんよ。そう口にする私に向けた視線を、レオンさんは逸らさなかった。眠れないの、と重ねて問う彼。私は嘘を吐いている。なんでもないわけが無い。頭の中にあるのは、レオンさんと――レオンさんたちときょうだいとして生きていた幸せな日々。もう二度と戻らない、大切な過去。思い出と化したそれは、いまでも心に横たわっている。 
 私は暗夜王国と白夜王国、どちらの王女として闘うかの選択を迫られて、後者を選んだ。前暗夜王ガロンの欲望。そして前女王ミコトの死。私は暗夜に戻れなかったのだ、すべてを知ってしまった私は。そして夜刀神を手にとって、私は暗夜に抗った。リョウマ兄さんやヒノカ姉さんたちと一緒に。長い戦いは熾烈なものだった。あまりにも多くのものが失われていった。それには兄と呼んだ存在と、妹であった存在も含まれている。私の選択は彼らを殺した。それは平和が訪れても変わることのない事実であって、何があっても目を背けるわけにはいかないもの。
 それから紆余曲折を経て、私はレオンさんのもとに嫁いだ。暗夜王となった彼が唯一求めたのが私だった。白夜王国で穏やかではあるがどこか空虚な日々を重ねていた私に、彼は手を伸ばしたのだ。一度は振り払った、暗夜王国の手。その時、暗夜の人々のことを私は考えた。裏切り者の烙印を押された私が、この手を取っていいものか、と。白夜王女である私を、民は嘸かし憎んでいることだろう。そう簡単に償えるものではない。だが、悲しそうに笑うレオンさんを見た私は涙を落としていた。気付けば頷いていた。あなたと一緒に生きていきたい。そう続けていた。吹き抜けていった風は酷く冷たくて、しかし同時に懐かしい。答えた私を、彼は抱きしめた。もう離さない。そう誓ったのは私だけではなくて、レオンさんも同様で、見上げた空には星が輝いていた。 
「少し、昔を思い出していただけですよ」
 私は呟くように言う。カーテンの向こうで星は瞬いているだろうか。強く吹く風の音が聞こえてくる。暗夜の冬は、長く、厳しい。レオンさんは私の言葉に「そう」とだけ答えて、それから私の顔をじっと見つめた。白い肌。赤い瞳。金色の髪。何よりも愛しい人。けれど、彼を見るたび胸に走る痛みは忘れてはならない。夢だったら良かった、なんて思う自分を無言のまま叱りつける。
「……ねえ、カムイ」
「はい?」
「……僕は、君を憎んでなんかいないよ」
 レオンさんは静かに綴った。そして身体を起こす。私も無意識に上半身を起こした。隣で座る彼は、そっと私の髪に触れる。
「僕らの間に、わだかまりが一切無いわけじゃない。けれど、僕は君を愛しているよ。これからも、今までだって――変わらず、ずっと」
 彼の手は温かい。じわじわと涙が溢れ出るのを、私は止めることが出来なかった。胸の傷が疼くのは、彼が優しいから。彼の言うことが現実だと分かっているから。私たちは愛し合っている。相手のことを心から想っている。様々な困難を共に乗り越えていくことを――それに加えて、永遠の愛を神に誓った。贖罪のつもりでここにいるのではない。レオンさんに私は手を伸ばす。彼の肌に触れる。ここにあることは全部が現実。
「カムイ。もうこの手を離さないで」
「……はい」
 答える私の頬に、熱いものが流れていく。レオンさんの指はそれを拭った。ここが私の生きる処。広がる黒い空に、無数の星が瞬く夜の国。愛の眠る、この暗夜王国こそが、私の居場所。レオンさん、と私は彼を呼ぶ。瞳には彼だけを映し出す。返ってくる声は優しい。カムイ、と呼ぶ声は愛おしい。永久はここにある。痛みを抱えながら、私は生きる。彼が隣にいる、この世界で。

thanks // ZERO SENCE 恋をしに行く
2019-04-07
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