海の深さのほどに天は永く

 外では冷たい風が吹いているのだろう。カムイは窓辺に立ち、硝子の向こうの世界に目を向ける。黒で塗りつぶされた空には幾つもの星が瞬いていた。普段と変わらない光景。けれども見飽きることはない。心に満ちるのは、外の世界への憧れ。カムイは、この城塞から出ることを許されていない。大国の第二王女という立場でありながら。
 それでも、カムイは自分の境遇を嘆くことは無かった。孤独ではないからだ。彼女にはきょうだいがいる。兄であるマークスと、姉のカミラ。弟にあたるレオン。そして妹であるエリーゼ。血を分けた彼らの存在は、カムイにとって何よりも愛おしく大きなものだった。
 そんなきょうだいのひとり――レオンが明日、この城塞にやって来る。最も歳の近いのが彼だった。レオンは最近、暗夜王国に代々伝わる神器のひとつを継承した。それを教えてくれたのはカミラだった。とても近しい存在だと思っていたのに、彼が少し先を行ってしまっているようでカムイは少々寂しくなったのを覚えている。カムイはそんな思いを振り払うように首を振る。姉として、彼の成長を祝ってあげたい。兄マークスに続いて、神器に認められた彼のことを。
 カムイはそこまで考えると、窓から離れた。そして臣下のひとりであるフローラを呼んだ。彼女と、それから彼女の双子の妹であるフェリシアは氷の部族の出身で、長いことカムイの面倒を見てくれている。執事であるジョーカーや、そんな彼にあらゆることを叩き込んだギュンターらと一緒に。
 程無くしてフローラが部屋に姿を見せた。薄い水色の髪は普段と同じようにふたつに結われており、透き通った瞳もまたいつも通り穏やかだ。彼女に「中庭へ出たいのですが」とカムイが言うと、フローラは首を傾げた。暗夜王国に太陽は昇らない。ほとんどが闇に支配されている。朝が来ても光が満ちることは無い。故に時間の流れを感じ取るのが難しいが、時計を見ればそろそろ就寝の時間。こんな時間にどうなさったのですか、とフローラが不思議そうに問いかけてくるので、カムイはその理由を言葉にした。それを聞くと、フローラはやや困ったような表情をしつつも頷いた。
 中庭には花が育てられている。と言っても、ここで育つ花は限られている。もともと暗夜王国は花の乏しい国だ。王都ウィンダムから北にあるこの地では、より限られてくる。冬になればウィンダムよりもずっと多く雪が降るし、吹く風も冷たい。そういったことを考えながら、カムイはフローラとともに庭へ出る。
 纏わりつくのは、凍てつくような空気。それでもフローラは平気そうだ。さすが氷の部族といったところだろう。カムイは花に手を伸ばす。夜風に揺れるそれは、雪の色をしている。それ以外にも幾つかの種類の花が咲いているが、カムイが好むのはこの花だった。小さいけれど、まるで星のように咲く、白い花。フローラは目を細めた。何輪か摘みたい、というカムイに頷きながら。フローラは察した。きっとカムイは彼にこの花を見せたいのだろう、と。明日ここへやってくるレオンに。
 カムイとレオンはとても仲の良い姉弟だ。フローラもフェリシアたちも、それをよく知っている。レオンさん、レオンさん、と姿を見せた彼に飛びつくカムイの姿を何度も見てきた。その度に、レオンは困ったようなことを言うも満更でもない様子で。いつまでもカムイたちが笑っていられる時間が続けばいいのに、とフローラは願う。それが儚い願いであるとは分かっている。暗夜王国は、戦によって道を切り拓いてきた国だからだ。隣国である白夜王国は、暗夜王国に怯えている。いつ開戦してもおかしくはない。レオンは神器を手に、闘うことを覚えた。けれどカムイの手は白いまま。永遠にそうであればいいが、それは叶わない願いだ。カムイは暗夜の王女なのだから。
 そんなことを考えている間に、カムイは花を摘み終えたようだった。考え事をしていたフローラに、彼女が首を傾げた。フローラははっとして主君を見る。手には白い花がきらきらと輝いている。そろそろ戻りましょう、そう口にしたフローラに、カムイは頷く。明日がとても楽しみです。そう続けたカムイは満面の笑みを浮かべている。もう数時間後にはレオンに会えるのだ。そう思えば心は弾む。海よりもずっと深い思い。天よりもずっと大きな思い。彼へのそれが横たわる胸に、カムイは手をあてた。祈るように空を仰ぐ。この花を見て、彼は何というだろうか。自分と同じ思いを抱くだろうか。カムイはそんなことを考えつつ、フローラと一緒に中庭から離れ、自室へと急ぐのだった。

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