緑のなか、
水のほとり、
星の見える夜のそばで

Leon * Kamui

 十二の月もそろそろ終わりですね、と妹であるサクラさんが呟いた。言われてみればそうだ、この一年はあっという間だった。暗夜王国と白夜王国――長年啀み合ってきたふたつの国のきょうだいたちが、手を取り合って平和な未来の為に戦うようになってから。
 
 ここは星界。幾つも存在する異界のひとつ。太陽と月がそれぞれ昇り、そして沈むとても美しい世界。私たちはここで心身を休める。外に出ればそこに広がっているのは血腥い戦場なのだ。どんな人間であれ、心と体を休める場は絶対に必要だから、ここを創り出してくれたリリスさんには本当に感謝している。
 このツリーハウス――私の部屋にいるのは、私とサクラさんだけではなく、暗夜の末妹エリーゼさんと、それから白夜の長姉であるヒノカ姉さんも一緒だ。カミラ姉さんとアクアさんのことも誘ったのだけれど、ふたりには用事があるらしく、残念だけど、と断られてしまった。
 今日と明日、それから明後日はまるまるお休みの日だけれど、それぞれやることがあってもおかしくない。現に、マークス兄さんはリョウマ兄さんと話があるらしく、昼食後からずっと軍議を行う部屋に籠もりっきりだし、タクミさんは臣下であるヒナタさん、オボロさんと一緒に弓の稽古をするのだと早い時間から森に行っている。きっと暗夜の末弟であるレオンさんもやることがいっぱいあるのだろう、ここ数時間彼の顔を見ていない。
 レオンさんはとても博識で、私に戦術を教えてくれる先生でもある。そういえば明日は課題の提出日だ。彼の出す課題は大変難しいけれど、音を上げるわけにはいかない。私は戦う道を選んだ。暗夜だけではなく、白夜だけでもなく、両方の国を救うべく、荊棘だらけの道を進んでいるのだ。だから弱音を吐いたり、挫けたりしてはならない。レオンさんはそれが分かっていて、厳しくしてくれているのだ。課題のあと優しく微笑んでくれる、心の温かな人。それがレオンさんの本質なのだ、冷血と呼ばれる姿は、私の前では見せない。

「――あっ、そういえばあたしたちが揃って新しい年を迎えるのって、はじめてだよね、カムイおねえちゃん!」
 エリーゼさんの弾んだ声。それが、考え事に耽っていた私を現実に引き戻してくれる。
「え、ええ、そうですね。皆さんでお祝い出来るのはとても楽しみです。ええと、白夜ではキモノ……を着たりするんでしたっけ」
「ああ、そして皆で新たな一年を祝うのだ。新年が良いものになるように、祈りを捧げたりする」
 ヒノカ姉さんが頷き、優しい声で答える。彼女の眼差しも、サクラさんやエリーゼさんのそれも穏やかそのもので、こうやって一緒にいられることに私は幸福だなと思う。
 星界の外に出てしまえば、生々しい現実というものが押し寄せてくる。暗夜の民は光を独占する白夜を恨み、白夜の民は侵略者である暗夜に恐れを抱いている。それが現実だ。けれどそれを変えるべく私たちは戦っているのだ――いつか訪れる平穏な時は、片方だけではなく、すべての国にもたらされるべきだと。
「来年も、良い一年になるといいですね、カムイ姉様」
 そう言って微笑を浮かべたサクラさんに、私も「ええ」と答えた。手にしたカップの中にある紅茶は、とっくに冷めてしまっている。それは、私がずっと考え事をしていた事実を物語るもの。そんな紅茶を飲み干した頃、そろそろ失礼しようか、とヒノカ姉さんが腰を上げた。もう少しゆっくりしていっても構わないのですけれど、と私が名残惜しそうに言えば、ヒノカ姉さんは苦笑いをした。これから少し用があるのでな、と。そうですか、と返せばサクラさんとエリーゼさんもヒノカ姉さんに続くように椅子から立つ。どうやらふたりにも、なにか用事があるようだ。私も立ち上がって、三人を見送る。話の続きはまた後で、と手を振る彼女たちに私も何度か手を振った。去り行くヒノカ姉さんたちの姿が次第に小さくなっていく。木々の向こうや、建物の先に彼女たちが消えると、私はひとつ息を吐いて部屋に戻った。

 孤独ではないことを知ってしまってから、どうもひとりの時間が酷く寂しく思えるようになった。誰かが側にいるというやさしいぬくもりを知ってしまうと、どうしても。私は先程まで座っていた椅子にもう一度腰を下ろした。暖を取るためにくべられた暖炉の薪がぱちぱちと音をたてる。テーブルには、エリーゼさんが持ってきてくれた焼き菓子が残されている。最近のお気に入りなんだよ、と言って彼女が持ってきてくれたそれは、上品な甘みが特徴的な暗夜風の焼き菓子で、甘い物が好きなサクラさんは目を輝かせて食べていた。彼女たちの姿を思い起こし、私は小さく笑う。焼き菓子に手を伸ばし、口に放り込めば、そこに優しい甘さがいっぱいに広がっていく。

 今の間に、明日レオンさんに提出する課題を再度確認しようか、そんなことを頭の片隅で考えて、私は引き出しから課題とペン、それからインクを取り出す。窓の向こうでは、冬の風が吹いている。もう幾つかの日々を超えれば、新たなる年がやってくる。その新年を、レオンさんたちと迎えて――そしてまた支え合いながら日々を重ねていきたい。暗夜も、白夜も、関係なく、ただただ手を取り合って。



 次の日もこの星界は良い天気だった。風は冷たいものの、空には太陽が輝いており、その光に当たればそれほど寒さは感じられない。
 レオンさんとの約束の時間は、朝食後。一緒に食事をして、それから肩を並べてツリーハウスへと向かう。すっかり私より背の高くなったレオンさんをそっと見上げれば、彼は「どうしたの?」といった視線を投げかけてくる。なんでもありません、と返す私の瞳。するとレオンさんは穏やかに微笑った。そして私の手を取って、指を絡めた。頬が熱くなる。手を繋ぐなんて、初めてというわけでもないのに。寧ろ、幼い頃から何度もしてきた行為だ。けれど最近の私は彼に触れられると、どうも心の奥と頬のあたりが熱を持ってしまう。どうしてだろう、と考える度、ひとつの答えの一歩手前までは辿り着ける。しかし、その答えが正解なのだとは言えず、私は戸惑うだけ。だって、レオンさんは「弟」なのだ。血の繋がりが一切無かろうと、彼は私の「弟」として育ってきたし、私だって彼の「姉」として育った。本当の姉弟ではないとはいえ、思い出は、記憶は、何も変わらない。
「ねえ、本当にどうしたの? カムイ姉さん」
 レオンさんが足を止めた。彼は心配そうに私を見ている。まさか熱でもあるの、と言いながら私の額に自分の額をあてた。急激に狭まった距離に、心臓がどくどくといった。先程以上に身体が熱くなる。レオンさんは「ちょっと熱っぽいかな」などと言いながら顔を遠のけた。あちらこちらが熱を持っているのは、彼のせいだ。しかし彼は、そんなこと露知らずといった様子である。私が風邪でもひいていると思って、もう一度心配そうに私の名を呼んでくる。
「カムイ姉さん。今日はゆっくり休んだほうがいいんじゃないかな」
「え、ええと……」
「僕だって鬼じゃないからね、具合の悪い生徒に無理はさせられない。それに、悪化したら大変だからね」
 そう続けるレオンさんはどこまでも優しい目。
「課題は、また今度提出してくれればいいよ」
 彼の中では、私が体調を崩していることが確定事項であるらしい。ここで「大丈夫です!」と言い張っても、彼のことだから受け入れはしないだろう、彼はとても優しいから。

 ツリーハウスまでは送るよ、と言うレオンさんはやはり優しい。彼の手と私の手は繋がれたまま。本当に熱いね、レオンさんは言った。カミラ姉さんに知られたら大変だよ、ああ、白夜のきょうだいたちにも知られないほうが良いかもね、なんて少し呆れた様子で付け足しながら。
「じゃあ、僕はここまで。ゆっくり休んでね、姉さん」
「あ、ありがとうございます……」
 レオンさんは笑って、そして背を向ける。そのまま去っていくのかと思いきや、彼は振り返った。踊る金色の髪。
「もうすぐ今年も終わりだね。もしよかったら、今年最後の日、一緒に出かけない?」
「えっ?」
「楽しみを作っておくのも、いいと思って。どう?」
 私は大きく目を見開いた。レオンさんと一緒に――そう考えるだけで心は沸き立つ。今年の最後の日から、来年が始まって数日間は、やはり休みが与えられている。それぞれやることがあるだろうし、何より新年を祝う場所は戦場であっていいはずがない。私はコクンと頷いた。それを楽しみに早く治します、なんて続けながら。レオンさんも頷き、そして今度こそ立ち去っていく。
 私は、風邪をひいているわけではない。これはきっと、いや、もしかしたら――恋の病というもの。そう気付いた瞬間、押し寄せてくる感情の波。幼い頃、よくそばにいてくれた優しい彼に、いつしか向けてしまっていた想い。血の繋がりがあったなら、気の迷いで済んだはずだった。けれど、私たちは腹違いの姉弟ではなかった。暗夜と白夜。それぞれ違う竜の血をひいた存在。私はドアを開けて中に入り、レオンさん、と呟く。私は彼に恋をしている。それこそが真実だった。



 恋心に気付いて数日。今年最後の日がやってきた。昨日のうちに私はレオンさんと今日の予定をたてた。一緒に出かけるのは昼食後ということになっているので、午前中はそれぞれの時間を過ごしている。私がいるのはカミラ姉さんの部屋で、アクアさんも一緒だ。
「今日はレオンとお出かけなのでしょう?」
 紅茶を飲み、カップを置きながらカミラ姉さんが微笑した。私は「えっ」と声を漏らし、「どうしてそのことを」と付け足せばカミラ姉さんは再び頬を緩める。
「だって、ずっとレオンがそわそわしていたもの。あの子がそういう姿を見せるのは、あなたが関係している時だけよ」
 つまり、姉さんはカマをかけただけ。あっさりそれに嵌ってしまった私に、アクアさんも小さく笑った。
「良かったわね、カムイ。あなたの相手がレオンなら、何も言うことはないわ」
「えっ?」
「誤魔化さなくていいのよ。あなた、レオンのことが好きなのでしょう?」
 アクアさんの台詞に、また身体が熱くなる。真っ赤になっていく頬。これでは「そうです」と言っているようなものだ。カミラ姉さんとアクアさんはそれぞれ同じような表情。
「やっと気付いたのね。あなたも、レオンも」
「え、ええと、その、軽蔑……しないのですか。血が繋がっていないとはいえ、私は弟のことを」
 私の声は次第に細くなる。この想いを隠そう、と思っていたのはそのせいだ。血縁関係が無かったとはいっても、レオンさんと私は「姉弟」として育った。普通ならばありえないような恋心。だから、私は。
「あなたとレオンは、小さい頃からとても仲が良かったでしょう? 私とマークスお兄様は、私たちとあなたに血の繋がりがないことを、レオンやエリーゼよりも早く知っていたわ。でも、言わなかった。それはね、あなたたちにはありのまま絆を深めて欲しかったからよ」
「カミラ姉さん……」
「私も応援するわ。レオンなら信頼できる。あなたを幸せにしてくれるって、確信が持てるわ。告白はまだなのでしょう?」
 その問いに、私は頷く。告白。そんなことが出来るだろうか。想いに気づいただけで、こんなにも心が震えて言葉を綴りにくいのに。そんなことを考える私に気付いたのか、カミラ姉さんが私の肩に触れる。
「大丈夫。おねえちゃんはいつだってあなたの味方よ、カムイ。レオンはきっと、いつまでもあなたを愛してくれるわ。あなただって――そうでしょう?」
 もう一度、首を縦に振る。私は前を向いた。窓の向こうに見える景色。よく晴れている。冬晴れだ。そろそろ昼食時だから、食堂へ行きましょうか、そうアクアさんが言って、私とカミラ姉さんも腰を上げるのだった。



 食後、私とレオンさんは約束通り星界を出た。何処へ向かうのかは知らされていない。体調が早く良くなって本当によかった、とレオンさんは笑って手を伸ばしてきた。私はそれを取り、お陰様で、と続ける。

 レオンさんが私を連れてきたのは、異界の暗夜王国のようだ。空は暗い。幾つもの星たちが我こそはと競うように光を放っている。そして祭の日だったらしく、人の姿も多い。いろいろな屋台の光が見える。キャッスルのある星界とは時間のズレがあるようで、実際の時間は日付が変わる少し前のようだ。と、いうことは新年を祝う祭なのだろう。
「カムイ姉さんは祭に行ってみたい、ってずっと言っていたからね。今日、祭をやっている異界を事前に探しておいたんだ」
「まあ、ありがとうございます!」
 私は思わずレオンさんに飛びつく。私はずっと憧れていた。外の世界に。そしてそこで行われている祭に。北の城塞で過ごしていた頃は、きょうだいたちの話でしか知ることのできなかったそれに。勢いよく飛びついてきた私を、レオンさんは難なく受け止めて背に手を回してくれる。その手は思っていたよりも大きい。
「ほら、カムイ姉さん。どこを見たい?」
 レオンさんがそっと身体を離して尋ねてきた。どこを、と言われてもなかなか答えられない。何があるのか、私はよく理解していないからだ。それを察し、レオンさんが手を引く。じゃあゆっくり回りながらでいいよね、と。

 祭は思っていた以上に盛り上がっていて、同時にわくわくする楽しいものだった。それはきっとレオンさんが隣にいるからだ。林檎の飴を買って一緒にそれを食べたり、踊る人々を眺めたり、美しい歌声と演奏を目と耳で楽しんだり。
「――いらっしゃいませ」
 ふと足を止めた私に、店の女性が声をかけた。どうやら綺麗なアクセサリーを売っているらしく、それらはランプの灯りによってきらきら輝きを放っている。どれもこれも美しい。欲しいの?とレオンさんが問いかけてくるので、私は顔を赤らめながら頷いた。
「じゃあ、好きなのを買ってあげるよ。記念にもなるし」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます、レオンさん!」
 私たちとやり取りに、女性がくすくすと笑った。少し恥ずかしい。私は目移りをしながら、ひとつのネックレスに手を伸ばした。赤い宝石が使われた、美しいそれに。
「これは暗夜王国でとれる石を使ったものですよ。昔から、深い愛情や勝利をもたらす石とされているのです」
「へえ、それはいいね。これでいいの?」
「は、はい!」
 お代を払い、レオンさんはネックレスを私の首にかけてくれる。よく似合っているよ、と言う彼に全身が火照っていく。嬉しい。なんて、幸せ。胸元で光る石は私たちを希望へと導いてくれるかのよう。いってらっしゃい、と手を振る女性に別れを告げて、私たちは歩き出すのだった。

 その後、レオンさんが私を連れていたのは街のはずれ。人影はない。けれど、遠くに人々の営みの光がちらちらと見える。夜のある国でしか見られない美しい景色なのだろうな、とぼんやりと思いながら私はレオンさんを見た。そろそろ、年が変わる。ふたりきりでその時を過ごしたい、とレオンさんはネックレスを買った直後に言っていた。手を繋いで、空を見る。星の光は優しい。
「これからも、僕のそばにいてくれる?」
「はい、勿論ですよ、レオンさん」
 答える私に、レオンさんはもう一度口を開いた。彼らしくもなく、その言葉は途切れ途切れだ。
「僕は君にきょうだいとしてじゃなくて、その……愛する人として、そばにいて欲しいんだ……ずっと、ずっと」
「れ、レオンさん……」
「君のことを、僕は愛してしまったんだ。……ごめん、困るよね、こんなこと」
 今までずっと姉弟だったのに。そう彼は俯いた。私はそんなレオンさんに「顔を上げてください」と言った。しかし、彼はなかなか顔を上げてはくれない。だけれど、今なのだ。この抱え込んできた想いを告げるのは。
「私だって、あなたのことを……愛しています。ひとりの男性として、心から」
「カムイ……」
 やっと絡まった視線。その直後、ひゅう、という音がした。そして私たちを見守るかのように大輪の花が空に咲く。花火だ。新年になったのだろう、今この時に。何回も打ち上がるそれは、まるで私たちを祝福し、見守ってくれるかのよう。
「私の一番はあなたですよ、レオンさん」
 胸元の石に触れる。深い愛情をもたらしてくれるという石に。レオンさんが私を抱きしめる。何度も私の名を呼んで。新しい年は、こうして私にとって最も幸福な年として始まったのだった。


thanks


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