君の君たる所以の光

 ふたつの大国を揺るがした、あの戦争が終わってから、それほど短くはない時が流れていた。
 長く、そして悲しい戦いの日々は、暗夜王国の勝利という形で終わりの時を迎えた。暗夜王国は、太陽の光がほとんど降り注ぐことの無い、いわば闇に愛された常闇の王国である。
 数多くの涙の上に「今」が成り立つことを、若き暗夜王――マークスは身を以て理解している。
 彼の実父であり、かつてこの国を総べたガロンは、まさしく暴君といえる王だった。彼の命令や策で命を落とした者は多く、この国の発展は戦乱の道の果てにある。
 次期白夜王とされていた第一王子リョウマ、その弟王子タクミが戦死し、敗戦国となった白夜王国は、第一王女として生を受けたヒノカが女王となる形で復興を進めている。彼女も戦により多くを喪ってしまったが、血を分けた妹のサクラや、共に戦った臣下たちが支えとなり、前を見据えている。
 この世界は、新しい時代の扉を開けつつある。皆が手を取り合い、前を見て、希望への道を進んでいく。それが両国で生きる者たち、共通の願いだ。

「おはよう、カムイ」
 朝――目を覚まし、食事を摂る為に私室を出たカムイに優しい声が届く。その声がした方向へと目を向ければ、立っていたのは、紫の髪をした妖艶な女性。名はカミラ。カムイにとっては、血の繋がらない姉にあたる人物だ。カミラは穏やかに微笑んでいて、カムイもつられて頬を緩める。
「おはようございます、カミラ姉さん」
 愛する妹の挨拶に、カミラは満足気に頷いた。ふたりは、そのまま並んで朝食の場へと歩んでいく。
 昨晩はよく眠れたのか。悪夢に魘されてはいないか。カミラは幾つかの質問をカムイへと投げかけてくる。彼女はとても家族思いで、自分たちが戦場に立っていた頃も、このように何かと気にかけてくれていた。その度に、カムイは心優しく美しい姉に感謝の気持ちを抱いたものだ。溺愛度合いが少々過ぎる気がしなくもないが――それでも、カミラからの愛情は嬉しかった。暗夜王族の血を持たない自分を、妹として深く愛してくれていることが。
「あーっ、カミラおねえちゃん! カムイおねえちゃん!」
 次の突き当たりを曲がって、といったところで、背後から新たな登場人物の声。振り返ると縦に巻いた金髪のツインテールがトレードマークの少女の姿。暗夜きょうだいの末妹、エリーゼである。まだまだ幼さが残る彼女も、白夜との激戦を共に駆け抜けた者のひとり。幾つもの戦いを乗り越えたいまも、彼女の純粋さや無垢な笑みは一切の陰りを知らない。
「おはようございます、エリーゼさん」
「えへへ、おはようっ! おねえちゃん!」
 そのまま抱きついてくる小さな妹の背中を、カムイは優しく撫でる。カミラも、直ぐ側で慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、妹たちのやり取りを眺めていた。
「ふふっ、今日も元気いっぱいね、エリーゼ」
「うん! カミラおねえちゃんもよく眠れた?」
「ええ、ぐっすり眠れたわ。ありがとうエリーゼ」
 姉妹同士で仲良く語らっていたいところだが、時間は止まってはくれない。食事の時間が差し迫っている。少々遅れてもそれほどの問題はないのだが、兄を待たせてしまうようなことになるのは、あまり良いこととは言えない。カミラは妹たちにそのような言葉を綴ると、エリーゼは名残惜しそうにカムイから身体を引き離した。
「――では、行きましょう」
 カムイが穏やかな声で言う。カミラとエリーゼが、それに大きく頷いた。



「おはよう。姉さんたち」
 辿り着いた食堂には、既にレオンの姿があった。彼はマークス、そしてカミラとカムイの弟にあたり、エリーゼにとっては下の兄にあたる人物だ。大変に博識で、重力や生命を司る神器「ブリュンヒルデ」の継承者でもある。戦時には、その強大な魔力を武器に戦い、カムイは幾度となく彼に助けられた。金色の髪は兄マークスとよく似ているけれど、顔立ちは母親似なのだろう、兄とはまた違った印象を受ける。
 そう、暗夜のきょうだいたちは皆、母親が違う。マークスもカミラも、レオンもエリーゼも、それぞれ異なる女性を母として生まれてきた。それでも、カムイを加えた五人は、とても親密な関係を築き上げている。
 血と鉄の道を進んでいた過去を持つこの国を、マークスは正しき道へと導くことを誓っている。それにはきょうだいたちの助力が必要だ、とも。先王ガロンの犯した過ちは、その王座を継いだ自分が償うのだとはっきりと言った。カムイたちはそんな兄を――王を支えることを選んだ。この戦いが終わった世界で、人々の背負った痛みと悲しみが、少しでも早く癒えるように。
「――ああ、お前たち、揃っているな」
 カムイが思考を巡らせているうちに、その兄――マークスが姿を見せた。おはよう、と続ける彼に、弟妹たちは口々に朝の挨拶をする。定位置に座した彼らのもとに、若いメイドたちが食事を運んできて、朝食の時間がはじまりを迎える。カムイたちはいつも通り、祈りを捧げてから食事に手を付けるのだ。
 焼きたてのパンを千切って、バターを落とす。熱々のそれはあっという間にバターをとろりと溶かしていく。それを口に運ぶカムイの隣で、レオンがサラダに銀のフォークを突き立てた。新鮮な野菜をふんだんに使ったそれは、彼の好物でもあって、特に真っ赤に熟れたトマトは、レオンの一番好きな食べ物でもある。その正面ではカミラがコーンのスープをふうふうと冷ましていて、エリーゼはというとパンに木苺のジャムをたっぷり乗せてから頬張っており、マークスは紅茶の入ったティーカップを傾けていた。
 家族だけの、何処までも穏やかで優しい時間。少し前までは、とてもではないがこんな風には過ごせなかった。そこが星界という特別な場所であっても、それでも、だ。いつだって醜い戦いがカムイたちを束縛していたから。
 だからこそ、言えなかったことがカムイにはあった。ちらりと傍らの弟を見る。レオン。彼は、確かにカムイの義弟だが――ただ、それだけの関係ではなかった。あの戦いの中で、ふたりは特別な感情を互いに向け合うようになった。そう、「恋人」という関係を得ているのだ。周囲の誰に対しても隠し通した、秘密の関係を。
 戦いが落ち着いて、世界が平和を取り戻したら、きょうだいたちにちゃんと話そうとふたりで決めていた。だが、なかなか切り出せずにいる。カムイはレオンという男性を愛しているし、レオンもまたカムイという女性を一番に想っている。「いつかは話そう」という決意はずっと抱いているのに、どうしてなのだろう、マークスたちに話せないまま、時間だけが降り積もってしまっていた。
「……」
 一滴も血が繋がっていないとはいえ、「姉弟」として育った、という事実が、柵のようなものになってしまっているのかもしれない。カムイの視線に気付いたレオンが「どうしたの」と不思議そうに小首を傾げるのを見て、カムイは何度か首を横に振った。「姉」として「弟」のことを愛する。それとは違う、明確な恋心が自分の胸には在る。きっと、レオンもそうだ、誰もいない夜には「愛している」と何度も甘い声で囁いてくれた。引け目に感じていることなんて――何処にも無い。
「……レオンさん」
 カムイは覚悟を決めた。
「うん? どうかしたの? カムイ姉さん」
「あの、お食事の後、少しだけで構わないので……お時間を頂いてもいいですか?」
 カミラたちには聞こえないよう、カムイは声量を落として彼に言った。
「えっ? あ、うん。……勿論、構わないよ」
 レオンの返答に、カムイが笑む。ありがとうございます、と続く言葉。それを聞くレオンの方も何かを察したかのようだった。



 食後。マークスが一番にこの場を離れ、カミラもそれに続く。エリーゼは、臣下であり、親友でもあるエルフィが迎えに来た。なんでも、今日は魔道の先生が来るのだと言う。彼は厳格で、特に時間に厳しい人物であるらしい。残されたのは、カムイとレオン。とはいえ、ここで話をするのもなんだから、とふたりはカムイの私室に移動をすることにした。

 そうしてカムイの部屋に入ったレオンは、彼女の指し示す椅子に腰を下ろすと、改めてカムイの名を呼んだ。何か僕に話したいことがあるんだよね、と確認の台詞を発した彼に、カムイは大きく頷いた。
「……あの、ですね」
「うん」
「……えっと……その」
 伝えたいと思っていた言葉が、喉元でつかえた。だが、レオンは静かに待っていてくれている。どれだけ時間を要しても、彼はカムイのそれを待ってくれるのだ、心臓がいつも以上に早く鼓動した。
「……そろそろマークス兄さんたちに、……私たちのことを、話したいな、と……そう思ったんです」
 その声は硬かったかもしれない。表情だって、そうだ。レオンは目を大きくさせ、それからひとつ、深く息を吐き出した。
「確かに、そういった頃合いかもしれない」
 戦いが終わって。兄が暗夜王となって。本当の意味での、平和な時代を迎えて。醜く歪んでいた世界が、良い方向へと進みつつある今こそ、この気持ちを繋ぎ合わせた事実を、明らかにすべきなのだろう。心から愛するきょうだいたちに。
「――カムイ」
「……はい」
「僕は、君のことを愛している」
 レオンはじっとカムイのことを見た。
「マークス兄さんやカミラ姉さん、それからエリーゼ……みんなのことも大事だし、愛している。何があっても、彼らは僕の、かけがえのない家族だからね。でも……ひとりの女性として愛しているのは、君だ。僕は、僕に与えられた全てを……君へ捧げたいと思っているよ」
 彼はすっと手を伸ばした。カムイが恐る恐るそれを掴むと、レオンは微笑んでくれる。繋がる体温に、鼓動は更に早まる。
「この手は離さないよ、永遠にね」
「レオン……さん……」
 カムイの目尻が光る。
「私も、あなたのことを――レオンさんのことを愛しています。ですから――」
 ずっとずっと前から、彼を好いている――はじまりは、優しい弟に対する、家族としての愛だったかもしれない。
 北の城塞。鳥籠のように小さな城に囚われていたカムイのもとへ、足繁く通ってくれた、歳の近い王子さま。気付けば、愛の形は変わっていた。互いに互いが、愛しくて愛しくてたまらない存在になっていた。
 だからこそ、家族にこの関係を認められたい。そのように思うようになったのだろう。
「マークス兄さんたちからも、認めてほしいです。いまの私たちのことを……」
 そして出来れば、祝福の言葉が欲しいです。そうカムイは言い、レオンが満足げに頷く。
 窓の向こう側には変わらない闇。そこから大地を見下ろすのは細やかな光を放ち、輝く星々。色彩に乏しい暗夜王国で、何よりもずっと美しい色を持つ、愛の花が咲く。それは大輪の花。まるで、この暗い国で生きる彼らの道標になってくれているかのよう。
 カムイ、とレオンが立ち上がるのと同時に、最愛の人の名を呼んだ。
「はい――レオンさん」
 様々な困難の果てに愛し合ったふたりには、きっと優しい未来が待っている。その未来への道には、彼らにとって大切な家族の微笑みも在り続けていて欲しい――はい、と応えるカムイにレオンは口付ける。
「ん……」
 触れ合った唇は柔らかくて、ほのかに甘い。心の奥に広がる幸福。こんな感情を教えてくれるのは、彼だけだ。カムイは実感する。冷静ではいられない関係だけれど、この世界で誰よりも幸せにしてくれるのは――レオンだけ。レオンさん、と改めて呼ぶカムイの華奢な身体を、彼はそっと抱きしめた。



 兄さんたちに僕たちから大切な話があるんだけど、とレオンが切り出したのはその日の晩だった。改まってどうしたの、と首を傾げたカミラの隣で、マークスが黙したまま、弟の言葉を待つ。エリーゼも、兄姉の隣で驚いたような顔をしていた。
 レオンはまず、傍らのカムイを見た。夕食を摂り終えて、皆が私室へと戻る前に、心に秘め続けた事実を家族に打ち明けるのだと一緒に決めた、彼女のことを。
「実は――」
 手にぐっと力を込め、レオンは話した。
 自分がカムイを深く愛しているということ。そして、カムイも続ける。レオンさんを私は心の底から愛しているのです、と。少しずつではあるが、火照っていく頬。心臓がバクバクと音をたてているのが分かる。
「……そんな僕たちのことを、認めて欲しいんだ」
 レオンが頭を下げる。カムイもそれに倣って、豊かな銀髪が揺れた。
「……お前たちは、本気なのだな?」
 たっぷり時間をかけ、口を開いたのは長兄マークスだ。
「はい、マークス兄さん」
 先に頷くカムイの赤い瞳は、何処までも真剣で。
「レオン」
「……うん」
「お前には、カムイを守り抜く覚悟があるのか」
「勿論だよ、兄さん。何があっても……僕はカムイのことを離さない。……僕がこの手で、絶対に守ってみせる。何なら、剣に誓ってもいい」
 マークスのそれは固く、それでいて鋭いものだった。だが、レオンは即答した。それから暫くの沈黙がきょうだいたちを包み込む。兄は非常に複雑な表情をしていて、なかなかその口を開かない。実弟のレオンのことを、信じていないというわけではない。カムイの想いも分かっている。分かっているからこそ、次の言葉を口にすることが、なかなか出来なかった。
「――……良いだろう」
 マークスはやっと声帯を震わせる。
「お前たちの幸せを、私も心から願っているのだからな」
 視線を絡ませ合うレオンとカムイ。カミラとエリーゼの視線が、兄へと向けられた。
「だが、レオン。カムイのことを泣かせたら、この私が許さんぞ」
「……うん、分かっているよ、兄さん」
 ありがとう、とレオンはもう一度頭を下げた。
「私もレオンになら、安心してこの子を任せられるわ」
「そうだね、カミラおねえちゃんの言う通りだよ! だって、レオンおにいちゃんとカムイおねえちゃんは、ず〜っと前から仲良しだったもんね!」
「……ああ、エリーゼの言う通りだな」
 口々に言うきょうだいたち。目を細めるカムイとレオン。
 カチコチと正確に時を刻む音が聞こえる。外はいつもと変わらない闇に満たされているだろうが、レオンとカムイの心は晴れやかだった。



 それから――時は流れて。
 暗夜王国が戦で負った傷も癒え、白夜王国の復興も進み、新しい時代は人々へ微笑んでいる。
 レオンはカムイと正式に籍を入れ、クラーケンシュタインの離宮での生活を送るようになっていた。
 数年の歳月の間に、レオンはカムイとの間に男児を授かり、彼は父親の名を取ってフォレオと名付けられた。顔立ちは瓜二つと言っていいほどレオンに似ていたが、けれど、髪色だけはカムイにそっくりで。
「戻ったよ、カムイ。フォレオもいい子にしていたか?」
 執務を終え、姿を見せたレオンにカムイは微笑った。父の登場に、まだまだ幼いフォレオも笑顔を見せる。カムイは大きくなってきた自身の腹部を何度か擦る。彼女の身体には、第二子である男児が宿っているのだ。
「ふふっ、この子も、お父様の帰りを待っていたみたいですよ」
「そうか。……お前に会える日が楽しみだよ。フォレオ、お前にもきょうだいが生まれるんだぞ?」
 レオンはまずカムイとそのお腹の子に笑いかけ、それからフォレオの方を向いた。父の眼差しを受けて、フォレオが屈託のない笑みを見せる。カムイも同様の表情を浮かべながら、まずレオンを見、フォレオのことを見つめ、そして最後にもう一度お腹を撫でた。
 かけがえの無い家族。これから、平穏の保たれた世界で、時を紡いでいく大切な存在。
 フォレオが眠たそうな目をしていることに気付いたカムイが、我が子のことを呼んで、そのまま寝台に寝かせる。思っていた以上に遅い時間だ、いつもなら幼子は夢の中にいるような、そんな時間帯に差し掛かっている。
「おやすみなさい、フォレオ」
 カムイは優しく息子の頭を撫で、濃紺の柔らかな毛布をかける。それから、彼に安らかな眠りが来るようにと祈りの言葉をひとつ。レオンも同じように我が子へ「おやすみ」と声をかけた。
 やがてフォレオが瞼を閉じ、夢の世界に足を踏み入れるのを見届けてから、レオンは再び愛する女性の名前を呼ぶ。カムイ、というその声に、彼女が花を開かせるように微笑った。
 こうして家族で過ごせる時間は、何よりも幸せだ。自分たちの間にはいろいろあったし、フォレオと、今後生まれてくるその弟にも、数々のことが待ち受けていることだろう。生きていれば困難だって、当然のように転がっている。でも、自分たちの間に深い絆がある限り、すべてを乗り越えていける気がした。
「愛しているよ、カムイ」
 レオンは言う。僕らのこの想いは永久に朽ちることが無いと。
「……ええ、レオンさん。私も、あなたを愛しています」
 想いを通わせ、この関係を得て、どれだけの月日が流れ落ちても、変わることのない愛情。緩やかに夜が更けていく中、レオンとカムイは見つめ合っていた。


公開日:2023/01/11
いつもお世話になっているお友達の誕生日に、リクエストを頂いて書いたレオカムちゃんです。
たぶん3つのルートの中でも一番幸せ・穏やかな気がする、暗夜王国ルートエンディング後のお話です。
家族とレオカムちゃん、というリクエストだったのですが、せっかくなのできょうだい&子どもたち、両方とふたり……なお話を考えてみました。久々にレオカムを書いた気がします。発売から随分経ちますが、やっぱり好きですね、レオカムちゃん。
とても楽しく書けました、ありがとうございました!

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TITLE:誰花

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