愛と光の降る世界

 最低限の明かりだけが残された、薄暗い一室。窓の向こう側に満ちているのは、夜の闇。璃月の朝はまだまだ遠いようだ、鍾離は視線を動かし、寝台の上に身体を横たえる「彼女」のことを見つめる。
「……」
 彼女は深い眠りに落ちていて、目を覚ます気配は一切感じられない。無理もない話だ、と鍾離は思う。自分たちは少し前まで肌を重ね合わせ、互いの熱を分け合っていた。彼女を優しく愛してやりたいと願う自分が居るのは事実なのに、そういった行為に及ぶと、理性が弾け飛んでしまう。胸中に広がる欲望が、自分で思っていた以上に大きいということに気付いたのも、今夜だった。滾るそれを抑え込むことくらい、容易いことだと思っていたのに。
 鍾離は彼女から目を逸らさない。印象的な長い睫毛。その奥に在る高価な宝石のような瞳は、一体どのような夢を見ているのだろうか。規則的な呼吸の音が、少なくとも悪夢では無いことだけは教えてくれる。
 カチコチと無機質な、それでいて、正確な秒針の音が聞こえた。あとどれだけ時が流れ落ちたら、彼女は――甘雨は目を覚ますのだろうか。鍾離は考え込む。ごく普通の「人間」とは違って、非常に長い時間を紡いできた自分たちだ、「これから」というものも充分に用意されていることだろう。それなのに、甘雨と今すぐ言葉を交わしたい、そんなことを望んでしまう。彼女は疲れている。長い交わりで、草臥れている。分かっているのに、鍾離の唇は彼女の名を形作る。それでも、彼女は目を開こうとはしなかった。つまりは、もう暫く眠らせてやれ、ということだろう。時間帯的にもそうだ。
 鍾離はそっと彼女の頭を撫でる。綺麗な水色をした、絹糸のような手触りの長い髪。そこで存在を主張する、ふたつの黒い角。甘雨が半仙であることを語るものだ。彼女の身体に流れる仙獣「麒麟」の血。その血は彼女に多くのものを齎したのも事実だが、同時に多くのものを奪ったことだろう。数千年にも及ぶ生の中で、甘雨は幾つもの困難を乗り越えてきた。鍾離はそれを知っているし、彼女という存在があったからこそ、今が在るのだとも思っている。もう一度だけ名前を呼んで、鍾離も目を静かに閉じた。



 璃月の大地を、燦々と光り輝く太陽が照らす。契約の都は、普段と特に変わりのない朝を迎えた。
 先に目を覚ましたのは鍾離の方だった。ゆっくりと、そして、出来る限り物音をたてないように注意しながら身体を起こす。目を閉じたままの甘雨を一瞥し、それから身支度を整えた。今日は、特に予定が無い。冒険者協会を通じて依頼を受けているだろう旅人は、何人かの仲間を引き連れ、この璃月港を発つことになるだろうが。
 そう、鍾離や甘雨は現在、旅人の仲間として行動を共にしている。勿論、鍾離には往生堂での仕事があり、七星の秘書である甘雨にも、やるべきことがある。だから、いつでも旅人と一緒という訳にはいかない。旅人は、近々璃月の隣国にして、知恵の神の領域――スメールへ発つことになっていて、その準備などの為に、ここ璃月に滞在中だ。その間、鍾離や甘雨は、旅人に助力することになっているのだ。だから、自分たちは一時的な同行者、と表現するのが正しいかもしれない。
「ん……し、鍾離、さん……?」
 幾重にも思考を巡らせていた鍾離の意識を引き戻すのは、他でもない甘雨の声。すまない、起こしてしまったか。鍾離はまず、そんな言葉を口にした。いいえ、と甘雨が首を横に振る。豊かな髪が波のように揺れ踊った。いつもより、かなり早い起床だ、甘雨はやや眠たそうな目で鍾離の方を見ている。
 そんな彼女の衣服は乱れたままで、首筋には紅い印が残っているのが分かった。いつもの服でならば、なんとか隠れる位置ではある。鍾離は昨晩のおこないを思い起こした。沸々とわき起こった愛おしさは胸を満たし、溺れるように彼女を抱いてしまった。それが、数時間前の出来事である。
「――鍾離さん?」
 不思議そうに甘雨が小首を傾げている。じっと無言で見つめられたのだから、この反応も当然のことだろう。鍾離は「いや」と言葉を濁す。直後、朝食には早いから、少し散歩でもどうだろうか、と甘雨へと提案した。彼女は驚いたような目をして、けれども、すぐに嬉しそうに頷いてくれる。窓掛けの僅かな隙間から差し込む日光はとても穏やかで、あたたかい。その後、甘雨は手早く支度を整えて、彼と共に璃月の街へ繰り出すのだった。



 早朝であっても、この街には人の姿が多く見られる。大荷物を運ぶ若者や、船舶の手入れをする者。この時間から、商売をしている店もある。朝の日差しが降り注ぐ中、商業の街、璃月は今日という一日を紡ぎ続けているのだ。
 鍾離と甘雨は、そんな人通りの多いところから、やや静かな区画まで歩いた。そこには海が見渡せる高台があり、ふたりは並んで立って広大なる青で視界を染め上げる。海とは少し違った青色の空を、海鳥が悠々と飛んでいるのが見えた。長い翼で、何処を目指して飛んでいくのだろうか。潮風は、ふたりの長い髪や衣服の裾を揺らし、そのまま遠くへ消えていく。
「ここはとても穏やかで……静かで、綺麗ですね……」
 甘雨が目を細めた。素直な言葉に、鍾離も「ああ」と返事をする。青い海と空。見慣れた光景ではある。だが、見飽きてしまうことは無い。契約の国は、テイワットの七国の中でも、最大の繁栄を誇る。きっと、これからもそう在り続けることだろう。多くの人がそれを願い、懸命に生きていく限り。
「……」
 鍾離は何も言わず、甘雨の手を取った。白く小さな彼女の手は、思っていたよりも高い熱を持っている。指を絡めて、それから甘雨の瞳を見た。紫色に黄昏を滲ませた瞳には、鍾離の姿だけが映り込んでいる。この手に「自分」は何度支えられ、何度救われただろうか。こんなにも小さい手のひらに。不思議そうな目に変わった甘雨だったが、彼女の方も、何も言わなかった。無言のふたりの間を、またしても海からの風が走り抜けていく。
 今の自分は、今、ここに居る相手のことを心の底から愛している。過去や境遇は変えられない。自らの考えでその座から降りたとはいえ、鍾離は確かに「モラクス」であったし、甘雨は岩神と契約を結んだ半仙の娘である。そういった真実を受け入れた上で、彼らは愛し合った。甘雨は相当悩んだようだったし、鍾離も戸惑うことはあった。でも、今、こうして彼らは共にある。それが彼らにとっての現実だ。
「……そろそろ戻るか」
 いつまでもふたりで居たい、という気持ちはあっても、帰りが遅くなれば、旅人やパイモンたちに、迷惑と心配をかけてしまう。それに、朝食は基本的に皆揃って食べるのが暗黙のルールとなっている。そういった規則は、しっかりと守らねばならない。甘雨がこくりと頷いた。手を絡めたまま、彼らは帰路につくのだった。



 朝の食事を終えると、旅人とパイモンは数人の仲間を引き連れて、予定通り街を発った。今日の依頼はヒルチャールなどの討伐や、アイテムの収集など。これらは、いつも通りのことであるから、それほど危険がある依頼ではない。だが、甘雨も鍾離も、街を離れる旅人たちに「気をつけて」と声をかけた。うん、と応える旅人には、治療を得意とする者も同行しているから、あまり心配は要らないのかもしれないけれど。
 見送りを済ませて、鍾離と甘雨は宿の二階――自分たちが心身を休める部屋へと戻った。鍾離が椅子に座る。机の上には、読みかけの古い本が一冊。璃月の伝承について記されたものである。だが、鍾離はそれに手を伸ばさなかった。代わりに、甘雨の名を呼ぶ。何でしょうか、と彼女が小首を傾げるのを見て、彼は遠くへ視線を動かす。石珀に似た瞳は、ややあって甘雨のことをとらえる。
「……鍾離さん?」
 暫く続いた沈黙が破られた。口を開いたのは甘雨の方。どうかしましたか、と淀みなく続いた言葉に、鍾離はすぐに返答をしない。それを探すような表情。何かあったのだろうか、と甘雨の胸に不安が広がり、僅かに彼女の表情が陰った。そして、鍾離がそれを見落とすことは無く、ああ、いや、そういうわけではないんだ――彼はそう言って座ったばかりの椅子から腰を上げ、寝台にちょこんと座る甘雨の隣へと移動する。二人分の重みに、それが小さく軋む音が聞こえた。
「本は、いつでも読めるからな。それよりも」
 お前が側に居るのだから、俺はお前との時間を過ごしたい――鍾離はゆっくり時間をかけて言った。どこまでも直接的な台詞に、甘雨の頬がかあっと赤に染まる。そんな彼女の顔を、鍾離はまじまじと見つめた。淡い桜色の唇は閉じられてはいるが、つぶらな瞳は何かを伝えようとしているようにも見える。それが「何」であるか、鍾離はある程度察しがついていた。
「甘雨」
 改めて、名前を呼ぶ。誰よりも愛おしい人の名前を。すると、彼女はぴくりと身体を震わせた。意識をしているのは目に見えていて、鍾離は仄かに笑み、そのまま甘雨の手を取る。先程よりも強く指を絡ませれば、彼女は更に頬の辺りを紅潮させた。まるで、嫋やかな紅色の花が一輪、綻んだかのように見える。
「――」
 気付いてみれば顔と顔の距離は狭まっていて、吐息がかかるほど近くに、相手の姿があった。時が止まったかのような感覚を覚える甘雨の唇が、鍾離のもので塞がれる。隙間から「んんっ」とくぐもった声がこぼれて落ちていった。触れ合っただけの口吻のあと、一度は離れていく彼の姿。何処か名残惜しそうな、それでいて、物足りなさそうな甘雨の瞳を見てしまえば、流石の彼であっても、ここで終わらせることなどは出来そうになかった。
 まだ、日は高い。窓の向こうには蒼穹と、それが見下ろす碧海。それでも、彼は彼女が欲しいと思った。彼女の方も、彼に全部を捧げたいと、強く思ってしまった。もう、戻れそうにない。
「ん……、ふっ……」
 改めて、口付けが施される。甘雨の華奢な身体が寝台へ横たえられた。縋るような眼差しは、鍾離だけに向けられている。窓硝子の向こう側には、変わらない璃月の日常が広がっている。数多くの人が行き交い、他国からの船は港に停まる、いつもの姿が。しかし、鍾離と甘雨は、そんな日常から遠く離れることを――愛しい存在と睦み合って時を刻むことを望んだ。
「甘雨――いいか」
 彼の問いかけ――というよりは、確認の方に近いその台詞に対して、甘雨がたっぷり時間をかけて「はい」と答えてみせる。外は明るく、若干の躊躇いが甘雨にはあった。しかし、ここまで来てしまったのだ、彼から深く愛されたい。昨晩もそのようにしたというのに、なんて自分は強欲なのだろうか。これは、きっと醜い欲望だ。でも、そんな自分のことを、鍾離という存在は受け入れてくれる。繋ぎ合わせた想いは固い。彼女の返答へ、彼が満足気に頷くのが見えた。
 かちり、と分針が進む音が聞こえる。ふたりだけの世界にも、時は流れ行く。啄むような口付けを何度か繰り返し、鍾離の大きな手が、甘雨の身に纏うものを丁寧に脱がせていく。露わになった首筋から胸元にかけて、唇が寄せられる。その度に、甘雨の身体はびくりと震えた。そんな彼女の左胸に、鍾離の手が触れた。ドクドクと鼓動する心臓。それは、昨晩とほとんど同じくらいの早さだ。気付けば立ち上がっていた胸の頂点を、彼の指が掠める。
「あっ……!」
 与えられる刺激は非常に強く、まるで雷か何かのよう。甘雨の素直な反応に、鍾離が口角を上げるのが見えた。こんな風にみだれる彼女のことを知るのは、この何処までも広がる、広大な世界でも、自分だけ――そう思うと、冷たく暗い独占欲が、じわじわと満たされていくのを感じた。
 紅色を乗せた甘雨の頬に、涙が伝っているのが見える。それは、悲しみや痛みからの雫ではなくて、それとは対極に位置するもの。きらりと光る一滴を、鍾離は拭う。優しい指先に、甘雨が彼の名を無意識に呼んだ。鍾離が「ああ」と応えるのが聞こえる。甘雨の声は、酷く細いものだったというのに。
 そんな彼の手は、肢体を這い回る。このタイミングまで残っていた僅かな布も取り払われ、甘雨は生まれたままの時の姿だ。すらりと伸びた両足は、幾つもの戦いの場を乗り越えてきた。細く白いふたつの腕は、仲間という存在を幾度となく救ってきた。「契約」があったから、と言ってしまうのは至極簡単なことだが、甘雨はその契りを、数千年に渡って守り続けてきたのだ。そう簡単に出来ることではない。彼女の身体に半分だけ流れる、「人間としての血」が叫ぶ孤独というものを、彼女は乗り越えてきた。それら全部が、岩神へ対するものへと繋がっている。鍾離は、改めて彼女の名前を呼ぶ。はい、と甘雨が応えている。確かに震えた彼女の声帯。
「……綺麗だ」
 甘雨のことを見下ろし、鍾離が静かに言う。その細い身体には、傷が幾つか残っている。戦いというものを望まない「麒麟の血」。その叫びを耳にしながらも、甘雨は魔神戦争で混沌としていた暗黒の時代を突き進んだ。それもまた、契約なのだ――他でもない「彼」との。
 彼女の火照る顔に、鍾離は大きな手をあてがう。そこから感じ取れる確かな体温。今までも、これからも、お前には俺の側に居て欲しい。その願いを口にした鍾離に、甘雨は躊躇することなく、もう一度「はい」と応じる。即答だ。僅かな間すら無かった。
 鍾離が甘雨の唇を塞ぎ、舌を絡めあった後、彼の指先が、再び胸元へ伸びる。びくびくと甘雨の身体が跳ねた。何度、肌を重ね合っても、いっこうに慣れない快楽の波。ああっ、と上擦った声が一室で響き渡る。膨らんだ柔らかなそこに刺激が与えられていって、最早、甘雨には喘ぐことぐらいしか出来なくなってしまった。彼女は、明らかに昨晩よりも感じている――鍾離の目にはそのように映った。
「あ、ああっ……ん、んっ!」
 彼からの愛撫はやまない。やがて、脚は呆気なく割られて、とろりとした液を吐き出す部分に触れられる。これ以上無い程に、甘雨の顔が赤く染まるのが見えた。それでも、鍾離はその行為をやめようとはしなかった。続けざまに、秘められた蕾へと舌先が触れる。生暖かな感覚に、甘雨がより大きな声を発した。もう、何も考えることが出来ない――彼女の瞳がより潤んで、それ故に、視界が水彩画のようにじわじわと滲んでいく。
「あ、あああ、あっ……ん……」
 甘雨が身を捩る。溢れる蜜を啜るように動く舌。その度に、室内では嬌声と粘ついた水音が走った。丁寧にそれを繰り返す鍾離の目には、金色の光が灯されている。
「ん……ああ……ッ! あ、あっ……」
 敏感なところを入念にせめ立てられ、半仙の娘がより高い声をあげた。そろそろ、頃合いだろうか――鍾離は改めて、甘雨のことを呼ぶ。止め処なく押し寄せてくる快感に、甘雨は溺れそうだった。それでも、彼を何とか見据えて、彼の淡い色の唇が「自分」を求める台詞を待ち――やがて聞こえたその声に、甘雨は応じる。来てください。そう発せられた声に、鍾離が力強く頷くのが見えた。ほんの一瞬だけ、時間が止められたような、そんな不可思議な感覚が甘雨へと襲いかかる。
 彼の盛る半身が、蜜壺へと触れた。どくん、と胸が揺れるのを感じた。熱いものがゆっくりと最奥を目指して、進んでくる。甘雨がくっと目を瞑る姿が見えた。そんな彼女を見下ろす鍾離の双眸は、更にギラリとした光を孕んでいた。ああ、と甘雨が吐息混じりの声を落とすのが聞こえる。押し進められる熱杭。本当に、本当に、自分は彼に深く愛されている――今になって、実感する。また、涙が溢れた。その雫の意味をすべて理解した彼の指が拭い、甘く濡れた声を発する唇は容易く塞がれる。
「ん、ふあっ……ん……ああっ!」
 唇が離れ、開放されれば、彼女からは喘ぎが溢れる。身も心も結ばれ、この上ない幸福を感じつつ、甘雨が鍾離を見上げた。額には汗が光り、降り落ちる眼差しもいつもとは大きく異なる。こういう時にだけ見られる彼の姿。甘雨はそれも含めて、彼のことを愛していた。
 鍾離が「動くぞ」と囁いた。甘雨のなかを穿っていたものが、勢い良く引き抜かれ、かと思うと、再び捩じ込まれる。何度か繰り返される中、甘雨は声を上げ続けた。これも確かに自分の声であるはずなのに、普段の自分とは何もかもが違う声。正直なことを言えば、とても恥ずかしい。自分が自分では無くなってしまったかのような、そんな恐怖もある。だが、それでも、鍾離から愛されるのは倖せで、それと同じだけの愛を返せているのだと気付けば、更に幸福感が広がっていく。この一室に居るのは、想いを重ね合わせた一組の恋人。それ以上でも、それ以下でも無いのだ。身体に流れる血も、課せられた宿命も、今は――今この時だけは関係無い。
「あっ……ん、ふっ、ああっ……!」
 甘雨の反応が更に際立つ。繰り返しその部分を突き、彼女の首筋に印を施す。動く度に、音をたてて軋む寝台と、生真面目に時が刻まれていく音。たった一枚の窓硝子に隔てられた先で、鴎が鳴いている。だが、今のふたりの耳に、そういったものは届かない。外界からは完全に隔離された、小さな世界。彼らが居るのはそういった「ふたりだけの空間」なのだ、いつまでもその中に籠もっていたい――そんなことを願いたくなる程に、その空間は居心地が良い。
「くっ……甘雨――」
 彼の声が聞こえる。とても、近くで。
「いい、のか……?」
 一種の艶やかさすら感じられる甘雨の表情を見下ろしながら、鍾離が言う。涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、甘雨が「はい」と何とか答えを口にした。そうか、と声が返って来たかと思うと、また奥を攻められた。濡れた声が室内で響くと同時に、甘雨の身体が弓形に反る。これ程までの反応を見てしまえば、何とか保っていた理性も崩れ落ちてしまう。優しくしてやりたい――そう思っていた筈だというのに、気付けば行為が夜よりも激しいものになってしまっていた。
「あ、ああっ、あっ、あっ! もう……わ、わたし……!」
 駄目、と甘雨が悶えている。そして鍾離の方も、そろそろ限界だ。共に、と吐息混じりの声を発する。甘雨が鍾離の身体にしがみつく形になり、快感のあまり、彼の広い背中に爪が立てられる。そのせいで生じた、ちくりとした鋭い痛み。彼はそれを気にせず、また彼女の名前を呼んだ。もう、何度呼びかけたか分からない、愛しい名である。
「ん、あ……っ、ああああっ!」
 絶頂が襲う。びくんと大きく跳ねる身体。吐き出される熱がじわじわと広がる感覚。溢れた息もまた、非常に熱い。
「……んっ」
 いまの甘雨は酷く華奢な体つきだが、体力はしっかりとある方だ。戦いを望むタイプではないが、弓術に長け、神の目を持ち、必要になればその力を奮って仲間を守る――そんな彼女が疲れ果てて、荒い息を吐き出している。鍾離は彼女の体を抱き起こし、滑らかな背を撫でた。その手付きはとても優しく、温かく、安心感を抱かせるものだった。
「甘雨……」
 窓掛けの先には、変わらない太陽。先刻よりは当然少し傾いているが、それでもまだ黄昏は遠い。
「……は、はい」
 返ってきた声に、鍾離がもう一度、彼女を抱き締める。ふたりだけの世界に、終幕が降りた。それは寂しく、名残惜しいこと。でも、このテイワットという広大な大陸で生きている自分たちは居る。たったふたりきりで生き抜けられるように、この世の理というものは創られていない。
 でも、と鍾離は思いつつ、甘雨を抱く腕に力を込めた。またふたりで居られる時間は、きっとそう遠くない将来も訪れるだろうから、と。腕の中の甘雨が、彼の名をそっと呼んで、静かに目を閉じる。私は、とても幸せです――そんな、柔らかな言葉を残して。

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