鳥籠の中のつがい

ディミトリ×エーデルガルト/紅花の章エンディング後/ディミトリ生存if


 帝都アンヴァルは雨だった。激しく大地を叩きつけるその音にも、いつの間にか慣れてしまった。最初のうちは、酷く耳障りな雑音のように感じていたというのに。
 新生アドラステア帝国の皇帝、エーデルガルト=フォン=フレスベルグは、無意識に窓の向こうへ向けられていた視線を元の位置に戻した。今日のうちに処理しなければならない仕事は山積みだ。余計なことに気を取られていては、捗るものも捗らない。無意識に溜息が吐き落とされる。
 戦争は、もう、終わったのだ。あの戦いの日々は、一歩ずつではあるが過去のものに変わろうとしている。フォドラで暗躍した「闇に蠢く者」と呼ばれる勢力との、日陰での戦いも終わり、本当の意味での新時代がこの世界に訪れている。
 ファーガス神聖王国とセイロス聖教会は、フォドラの歴史から消えた。そう、かつてファーガスの王としてエーデルガルトと激戦を繰り広げた「彼」も、祖国と誇りと共に、あの冷たい雨の降るタルティーンの野で、終焉のときを迎えた――そのはず、だった。



 夜を迎えても、雨が止む気配は無かった。
 執務を終え、エーデルガルトはある部屋へ向かって歩み出す。石造りの階段を下り、突き当たりを左へ曲がる。入念に結界の施された一室の前まで来ると、一度深く息を吸い込んだ。重たい扉の鍵穴に銀色の鍵を差し込んで、いつものように解錠する。
「……」
 静かに扉を開ける。この部屋の中にいるのは、長身の青年。名前は、ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド――いや、今の彼には「ブレーダッド」という肩書など無いようなものだろうか。ディミトリはかつて存在した、ファーガス神聖王国の頂点に立っていた人物であり、女帝エーデルガルトとは浅からぬ因縁がある。
 タルティーンの野で、ディミトリは戦死したことになっている。彼は復讐願望と、煮え滾るような憎悪で心が乱れ、そのままエーデルガルトが率いるアドラステア帝国軍と交戦、冷雨の中で力尽きた。ディミトリにとって、最大の理解者とも言えるドゥドゥーが覚悟ののちに魔獣の姿に変わり――そのまま、絶命した直後に。
「……また、何も食べていないのね」
 今のディミトリに自由は一切無い。死んだ筈の王は、この地下室で「生かされて」いる。籠の中の小鳥のように不自由で、きっと彼にとってこの「生」は、望むものではないだろう。殺風景な部屋には少々不似合いにも見える大きな寝台。そこに座る彼は、エーデルガルトの発言に、視線すら寄越してこなかった。
 エーデルガルトは重い息を吐きだしつつ、彼をじっと見つめる。窶れた顔をしている。あの頃はきらきらと煌めいていた金色の髪も、その光をすべて失ってしまっているし、虚空を見据えたままの瞳は、何の感情も宿していない。エーデルガルトと会話する気は一切無いようだ。石のように無言のまま、彼女がこの部屋から去るのを待っているかのよう。
「ディミトリ」
 あなたに味覚障害があるのは私も知っているけれど、少しぐらいは食べないと――とエーデルガルトがぽつりと言う。それでも、ディミトリは彼女を無視している。
 地下であるが故に、雨の音は聞こえない。もしかしたら降り止んだかもしれないし、激しさを増しているのかもしれない。
 だがきっと、ディミトリにとって雨の音というものは、喪失の象徴だろう。タルティーンで、彼と彼の同胞がエーデルガルトに敗れた時も、暗い空は滂沱の涙を流していた。ドゥドゥー、シルヴァン、そしてメルセデス。エーデルガルトも、彼らのことはある程度知っているし、士官学校の生徒だった頃に、一定の交流があった。犠牲となったのは、彼らだけではない。アリアンロッドではフェリクスとイングリットが。フェルディアでは、アネットとアッシュが悲痛な顔で散っていった。
 そしていま生きているのは、ディミトリだけなのだ。「青獅子の学級」でディミトリと一緒に多くを学んだ者たちは、ひとり残さず旅立ってしまった。そのディミトリも、死を望んでいる、というのはエーデルガルトにも伝わってくる。何もかも喪った彼にとって、自分の心臓が鼓動する音は、絶望をもたらす音なのかもしれない。
「ディミトリ」
「……」
 黙り込む彼。一筋の光すら届かない海底で、黙する貝殻のよう。
「……また明日来るわ」
 何ひとつ会話が成り立たないまま、エーデルガルトは地下室をあとにした。階段を上がる足は気が滅入りそうなほど重い。響く無機質な足音と雨音が入り交じる。どうやら、まだ、止んでいないらしい。
 アンヴァルの夜が更けていく。私室に戻ったエーデルガルトは、窓掛けを少しだけ開けて、闇が満ちる世界を見た。何も見えない。星も、月も灯らない夜は、まるで奈落の底のようだ。自分が生を終え、この世界から旅立ったら、こんな暗闇だけが存在する処に逝きつくのではないか、とエーデルガルトは思った。恐らく、そこには誰も居ない。本当の意味での地獄だ、永久の孤独というものは。



 この世の何にも執着を持てず、何の欲求も沸き起こらない。それでも、夜は明けるものだ。ディミトリは瞼を開く。地下室は昨日と何も変わらない空気で満ち、しかし彼の心には大きな穴が穿たれたままで、そこからは凍てつくような冷たい風が容赦なく入り込んでくる。
 彼は夢を見た。同胞たちが揃いも揃って命を散らしていく夢だ。それは、何度も見ている内容だった。
「……」
 従者として尽くしてくれたドゥドゥーも、幼馴染であるフェリクスとシルヴァン、そしてイングリットも。それからガルグ=マク大修道院で出会い、開戦後も共に戦ってくれたアッシュとメルセデス、アネットも――全員が葬列に加わる夢だった。夢というより、記憶と表現した方が正しいのかもしれない。
 誰も喪いたくなかった。それなのに、自分ひとりだけが、生き延びてしまった。無様にも。
 あの日、自分はタルティーンで死んでしまえばよかったのだ、とディミトリはずっと思っている。あろうことかエーデルガルトに拾われ、こんな地下室に繋がれている――死よりも、この状況の方がずっと醜悪だ。守りたかったものは尽く崩れ去って、残されたのはちっぽけな自分の命ひとつ。
 夢の中での同胞たちは、揃ってディミトリに何かを託すような目をして、命を落としていく。その「何か」というものは、具体的に言えば、アドラステア帝国に蹂躙された祖国ファーガスの未来だ。でも、その託されたものも破滅の道へ至った。フォドラにファーガスという国はもう存在しない。帝国に飲み込まれ、冷たい風と痩せた大地の空には、双頭の黒鷲が舞う。現実は非情なまま、ディミトリを掴んで離さない。手放してくれたのなら、そのまま深海に沈んでいけるのに。海の藻屑となって、消えることが出来るのに。
「ディミトリ」
 気付かないうちに、部屋の扉は開けられていた。姿を見せたのは当然エーデルガルトである。ある程度の長さがある銀色の髪に、強い光を宿す藤色の瞳。ディミトリは彼女を一瞥したが、すぐにその目を背けた。彼女に見つめられると、胸にあるものの全部が見透かされているように思えて、怖いのだ。そんな恐怖を口にすることはきっと永遠に無いけれど。
 ねえ、とエーデルガルトが声をかけてくる。ディミトリは応じない。彼女も分かっているだろう、反応が一切得られないことも。
 そのエーデルガルトは、あるものを手にしていた。真っ白な花である。薔薇や百合のように大きく派手なものではない。控えめに咲く小さな花だ、彼女はそれをテーブルの上に花瓶を置いて、そこに生ける。
「……何のつもりだ」
 何を思って、花などを飾るのだろうか、もし、少しでも安らぎを感じて欲しいから――なんて言われたら、エーデルガルトの前でこれを全部手折ってやろうとすら思った。彼女はディミトリが声を発したことに驚いたらしく、目を一瞬だけ大きくする。
「特に意味は無いわよ」
「ならば、飾る意味も無いだろう。……さっさと捨てろ」
 吐き出すように言う彼に、エーデルガルトが眉を顰める。そんな勿体ないことをするわけ無いでしょう、と呟く彼女のことをディミトリは睨んだ。ディミトリにも、死者へ花を手向けるのは分かる。だが、今のディミトリは生きている。望まない生を紡いでいるのだ、現在進行系で。
「どうせ、たった数日で萎れるものを飾るなど、無意味なこととしか思えない」
「それは……そうかもしれないわね」
 エーデルガルトは意外にも素直に頷いた。彼女の白い指先が、花弁に伸びる。そっと触れたところが小さく揺れたのがディミトリにも見えた。花は儚い。たとえるのならば、雪のように。少しの熱度で溶け、その姿は消える。同じ色をしているせいだろうか――ディミトリは、冷たい空から雪片が落ちてくる今はなきファーガスの景色を思い出した。幼い頃の自分が、青い目で新雪を見つめている姿もまた、よみがえってくる。そんなディミトリの側には、「誰か」がいた。だが、その記憶はノイズ混じりで、誰であるか分からないくらいには霞んでいる。
「それ以上に、俺の存在は無意味だがな」
 ディミトリはそう言ってまた虚空へ目線を逸らす。
「意味や理由が必要なの? ただ、生きることに」
「何が言いたい」
 ディミトリの時間は、止まったままなのかもしれない。あの雨の降る日から。エーデルガルトはそう思いながら、彼を見つめる。
「貴方には、生きて欲しいと……私は願っているわ。だって、貴方は私の目の前にいるのだから」
「ふん、どの口でそんなことを……」
「私は貴方を此処に連れてきた。この壁の外に、貴方の居場所を……用意することがどうしても出来ないから」
 ファーガスの滅亡と同時に、その王、ディミトリは死んだことになっている。彼女は遠回しにそう言っているのだ。たとえ外に出られても、体力も落ち、槍を振るうどころか、満足に歩くことだって、今の自分には難しいことなのだろう、ディミトリは乾いた笑みを浮かべる。
「兎や角言わずに、さっさと殺せばいい」
 ディミトリの声は冷淡だった。
「……そうしたくないから、こうしているのよ」
「それは貴様のエゴでしかない」
「そうね。……そう、かもしれない」
 彼女は否定しない。俯き、悲しげに呟くだけで。
「でも、ディミトリ。私はそう簡単に、貴方を女神に渡す気はないわ。いいえ、女神以外にも渡さない」
「……どういう意味だ」
 ぴりりと空気が張り詰めたのが分かった。自嘲の感情しか灯さずにいたディミトリの顔に異なる色が帯びる。
「そのままの意味よ」
 まさか、死んだ筈の男を、この女は愛しているとでもいうのか。ディミトリは胸の中で呟く。今のエーデルガルトは、このフォドラ全土を導く存在。亡霊の影を追いかけるような、到底幸せにはなれない道を進むべきではない。ディミトリはそう思った。もっと、正しい愛を育んでいくべきだ、彼女の心が自分に向けられていることを知り、自身の心がぐらりと揺れたのは事実だが。
「……そろそろ時間だわ」
 エーデルガルトは背を向ける。
「あとでまた来るわ。……この話の続きは、その時に」
 女帝は足音を響かせ、去っていく。残されたディミトリは目を瞑る。そこに描くのは遠い日々。彼は、「これから」を望んでいない。幾ら、エーデルガルトが渇望したとしても。



 エーデルガルトは本当に姿を見せた。ディミトリは彼女が来ることを待っていたつもりではないが、それでも彼女の登場に心の奥が音をたてるのを否定しきれなかった。
「ディミトリ」
 彼女の声は、昔と変わらないように思える。ガルグ=マクで多くを学んでいた頃と、あまり。数多の戦地を駆け抜け、時には手を汚して――他者の未来を摘み取りながら、「今」を掴んだ彼女の声は。
「考えは変わったかしら」
「……ああ、貴様は俺が思っていた以上に愚かだとな」
 鋭い棘のある返答に、エーデルガルトは苦笑する。ええ、そうね、自分でもそう思うわよ。などと返す彼女に、ディミトリは黙した。淡藤の瞳に、窶れた自分が映っている。数年前の自分よりずっとやせ細っているのは間違いない。目の下にはくまもあり、衣服に隠れているものの、無数の傷も身体のあちこちに残っていて、酷く醜い。エーデルガルトはそんな自分のどこに惹かれたというのか。ディミトリは疑問しか抱かない。
 でも、とディミトリは数秒だけ、目を閉じる。ディミトリにとっても――エーデルガルトは特別な存在だった。もう、それが愛やら恋やら、といったものであったのかは、もう今となっては分からない。いっそ、記憶喪失にでもなれたのなら、楽だったかもしれない。士官学校での日々はきらきらと輝いていて、いまの自分には眩しいだけだから。
「……」
「……」
 しばらく重い沈黙が続く。なにかを伝えたい、という願いはエーデルガルトの胸の中で確かに在した。けれども、上手く言葉にすることが出来そうにない。ディミトリが言うように、ここにいる自分は哀れに思えるくらい愚かで、そして臆病者なのかもしれない。
「……エル」
 そんな中、ディミトリの唇が、酷く懐かしい音を発した。
「え……?」
 エーデルガルトが目を瞠るのがディミトリには分かった。頬が僅かに赤く染まる。彼女をそう呼ぶ人物は限定的で、特に女帝としてアドラステアを――フォドラの大地を統治する身になってから、そのように呼ばれるのは初めてだったから。
「……」
 しかし、ディミトリはそれ以上何かを発言することは無かった。悲痛な色の目は下方に落ちて、そのままディミトリがエーデルガルトに背を向ける。
 勝手なことかもしれない。独り善がりかもしれない。エーデルガルトはそう思いつつも、彼を見つめ続ける。自分がディミトリという人物を愛したように――いや、ずっと愛しているように、彼もまた同じ感情を持っているのではないか、と。心は通い合っているのかもしれないのに、エーデルガルトとディミトリの足元にある道の色が異なる。そういう「運命」のもとに生まれてしまったのだとは認めたくなどないし、そもそも運命という単語を信じる程、エーデルガルトは夢見がちではなかった。
「――ディミトリ」
 もう一度、名を呼んだ。この部屋には届かない筈の雨の音が聞こえる。彼が終焉を迎えたと思われたあの日、響いていたのと酷似した音だ。
「お願い、ディミトリ。こっちを……向いてちょうだい」
 エーデルガルトの喉が震えた。そして発せられたものは揺れ、掠れている。
「……もう一度だけ、呼んで。私の、ことを……」
 見据えた瞳が濡れているのは、自分自身でも分かっていた。これが雨ではなく、涙と呼ばれるもので潤んでいるということも、当然理解している。そんなエーデルガルトをディミトリは見ようとはしなかった。彼の広い背中を、エーデルガルトはずっと見ていた。



 幾つかの夜と朝が過ぎる。だが、時間が流れ落ちていったところで、ディミトリを取り巻く世界は何も変わらない。彼は、この暗い地下で朽ちる日を待つことになるのだろう、と思っている。
 エーデルガルトは、あれから姿を見せていない。彼女が信頼を置いているであろう若い女が、面倒を見に来るだけだ。エーデルガルトは統一されたこの世界を統べる者。多忙なのだろう、とディミトリにも理解出来た。
 そんな無為に過ごす日々が続く。眠れば、決まって死んでいった同胞の夢を見る。自分に絶対の忠誠を誓い、すべてを共に歩んだ従者。幼い頃から傍らにいて、いつでも支えてくれた友。大修道院で苦楽を共にし、最期まで自身の為に戦ってくれた仲間――彼らとの記憶は遠ざかるだけで、もう新しく増えることは永遠に無い。それなのに、夢が鮮明にディミトリを襲う。
 何も守れなかった。国も、民も、友も――何もかも。だから、このまま自分も死んでしまいたいと思っている。それなのに、エーデルガルトは許してくれない。すべてが無に飲み込まれたのだから、その中に溶けてしまいたいのに。何故、ここまで彼女が自分の生に執着するのかも、理解出来ない。ディミトリは寝台に横になったまま、瞼を閉じた。
「――」
 自分は息をしているだけだ、道端の植物のように。いや、光に向かって背を伸ばす草よりも、ずっとずっと、虚ろな生かもしれない。――ディミトリがそんなことを考えていると、がちゃりと鍵が回る音がした。またエーデルガルトに頼まれて、あの女が食事やら水やらを届けに来たのだろう、とディミトリは思った。しかし、扉はなかなか開かれない。ディミトリは視線をその方向へ動した。来訪者はなにかを躊躇っているのか。そんなことを考えた直後に、扉がキイという音をたてながら開く。
「……久しぶりね、ディミトリ。私がここに来るのは、何日ぶりになるのかしら」
 姿を見せたのは、エーデルガルト本人だった。絹糸のような銀髪も、ふたつの大きな瞳も、記憶の中の彼女と合致する。彼女は静かにディミトリの方へと歩んでくるが、ディミトリは反射的に目を逸らした。背けた視界に入り込むのは、何の変化もない無機質な銀鼠の壁だけ。
「こっちを向いて」
 エーデルガルトが言う。だが、ディミトリはそれに応えようとはしない。はあ、と彼女が息を吐き出すのが聞こえた。
「また今日も、同じ問答をするつもりなのかしら」
「……」
「ディミトリ」
 呆れたような、それでいて、悲しそうな声だった。胸の一番奥がぎしぎしと軋む音も聞こえて、ディミトリはここでようやくエーデルガルトの方を見る。凍てついた冬の湖のような色の瞳に、彼女が映り込んだ。そして、吐き捨てるように言う。
「このまま貴様に飼われて無様に生きるくらいなら、野垂れ死んだ方がずっとマシだ」
「――どうして……」
 エーデルガルトが俯き、すぐに顔を上げる。その顔には怒りにもよく似た激しい感情が浮かんでいた。
「どうして、貴方はそうなの!? 私よりもずっと、貴方の近くにいて、貴方を大事に思っていた彼らが、そんなことを望んでいるとでも言うの?」
 ドゥドゥーも、フェリクスも、シルヴァンも、アッシュも。そしてイングリットも、メルセデスも、アネットも。望んでいるわけがない。彼らはディミトリを信じて戦っていたのだ、きっと今も、空よりも高く遙かなるところへ――自分たちのところへ彼が来ることを望んでいる訳がない。再会の時はもっとずっと先であって欲しいと、そう願っているはずなのだ。死者の思いを生者が語るのは、よくないことかもしれないけれど。
「生きて欲しいから、私は貴方をここに連れてきたと言ったでしょう!? 女神のもとに、貴方を向かわせる気も無いって、前にも言ったわよね? お願いよ、ディミトリ……私のことが嫌いでもいい! 殺したい程憎んだままでもいいわ……! ただ……生きていてくれればっ!」
 エーデルガルトは叫んだ。涙ながらに訴える彼女を、ディミトリはじっと見ている。
「……前に、貴方は言ったわよね。これは私のエゴだと。そうかもしれないわ、でも……貴方が生き残ったことは事実なのよ。その意味を、貴方は見つけるべきだわ……」
 彼女の手がすっと伸びてくる。白い手が痩せこけたディミトリの頬に触れた。確かな熱度を持っていることが分かり、エーデルガルトは僅かに安堵する。
「貴方に自由を与えることは出来ないけれど……私の心は、全部あげるわ、ディミトリ。ずっと――ずっと、貴方を、私は想ってきたの……」
 声が震え、視界は滲み、胸は張り裂けてしまいそうだ。伝えられずにいた想いがいまになって、やっと言葉になる。エーデルガルトは彼をじっと見つめており、頬には透明の涙が伝っている。
「……エル」
 無意識だった。彼女をまた「そう」呼んだのは。
「君は――それで、いいのか」
 エーデルガルトの手に、それよりずっとずっと大きなディミトリの手が重なる。黙って頷くエーデルガルト。同時に、すれ違い続けた心と心も重なり合ったような、そんな気がした。


エーデルガルトちゃんのお誕生日にこんなお話でいいのかな……と思わないこともありません……。エデちゃんお誕生日おめでとうございます。
紅花のディミエデは本当に切なくて、悲しいですよね。どのルートでも辛いんですけど。
タルティーン戦が雨のなかだったこともあり、ディミエデには雨の印象が強いです。
この先のふたりがどんな日々を過ごすのかは想像にお任せします。わたしも今後いろいろ想像してみます。
ここまでのお付き合いありがとうございました。

TEMPLATE:朝の病

2022/06/22

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