愛の降る夜

 窓硝子を雨が打ち付ける。雨は、昨日の夕方から引っ切り無しに続いている。そして、止む気配は一切感じられない。メルセデスは窓辺に立ち、外をぼんやりと見つめる。
 メルセデスが、予てより交際をしていたシルヴァンと正式に結ばれたのは、戦後すぐのこと。ファーガスでも指折りの名家、ゴーティエ。その当主となり、ゴーティエ辺境伯となったシルヴァン。メルセデスは何かと多忙な彼を支える日々を送っている。ほとんど毎日机に向かい、時には他領にも赴くシルヴァン。まだ、この様な立場で無かった頃のように、自由な時間を過ごすことは難しくなってしまった。
 しかし、メルセデスは「これから」を彼と生きることを決めた。その決意は、何があっても揺るがない。仕事を終えて、彼が寝室に入ってくると、彼女はいつも決まって愛しい人に駆け寄る。そして、彼はメルセデスのことを優しく抱きしめてくれる。互いの体温を分け合うように抱き合って、唇を重ね合わせることも多い。
 今日もシルヴァンは朝早くから執務室に籠もっている。メルセデスは午前のうちにやるべきことを済ませて、調理場を借り、菓子を焼いた。彼女は、自分たちがガルグ=マクの士官学校の生徒だった頃もこうして焼き菓子を頻繁に作っている。甘い菓子が好きな友人たちに振る舞ったり、何かと世話になった先生にそれを分けたり。当然、シルヴァンと菓子や紅茶を楽しむこともあった。彼はいつだってそれを嬉しそうに食べてくれる。きっと今日も喜んでくれるだろう、メルセデスは彼好みの菓子を作ったのだ。
「……ちょっと、遅いわね〜?」
 メルセデスがぽつりと呟く。いつもならそろそろこの部屋に戻ってくるような、そんな時間だというのに。余程忙しいのだろうか。胸のあたりが騒ぎ出し、メルセデスは意味もなく室内をうろうろと動き回ってしまった。
 彼と過ごす時間を、メルセデスはなにより大事にしている。忙しい日々を送る夫と一緒に時を刻む数時間。それを一番の楽しみにしているのだ。シルヴァンが多忙であること、辺境伯として優先しなければならないものが幾つもあること。彼女はそれを分かっている。だが、それでも彼と一緒にいたい。それが、偽らざるメルセデスの本音なのだ。

 雨の音が少しだけ弱まっただろうか。メルセデスがそんなことを思いつつ、ベッドに座して十分程度が経過した頃。部屋の扉が何度かノックされ、メルセデスは無意識に立ち上がった。キイ、と音を立てて開かれた扉の向こうには、愛する人の姿がある。燃え盛る炎にも似た色の髪。優しさと光を宿した鳶色の瞳。すらりとした背格好の彼こそが、メルセデスにとって最愛の人――シルヴァンである。
「今日もお疲れ様〜、シルヴァン」
 メルセデスが彼へ歩み寄り、シルヴァンはいつものように彼女を抱きしめる。腕の中にいる彼女は華奢な体付きをしていて、これであの戦争を駆け抜けたのかと思うと、胸の奥が少し苦しくなる。
 ふたりが出会ったのは、フォドラのほぼ中央に位置する、ガルグ=マク大修道院。出会ったその時は「青獅子の学級」の生徒同士として。同じ師のもとで多くを学び、数多くのものを経験し、時には戦うことの痛みを知り――アドラステア帝国との間に戦争が勃発すると、共に王国の人間として戦いに身を投じた。
 ディミトリ、ドゥドゥー、アッシュにフェリクス。そしてアネットやイングリット。嘗て同じ学級で切磋琢磨した彼らは「級友」という関係から「戦友」に変わった。本来、戦いなどは存在しない方が一番良い。だが、あの戦争が起きたのは事実で、彼らとは背中を預け合い、命を守り守られた関係であることも事実。悲しい別れに、鋭い痛み。手を汚すということも知った。
 結果、ファーガスは勝利を掴み、ディミトリが新たなるフォドラの王になった。一時期自分自身を見失っていた彼も、今では立派な王として国を導き、護っている。エーデルガルトやクロード。そういった所属の異なる面々と共に在れた日々は、過去となって遠のく一方だ。しかしそれを受け止め、自分たちは進んでいく。足を止めることは許されない――激戦の中で、死んでいった者たちの為にも。
「遅くなってすまない。眠くはないかい?」
「いいえ〜、大丈夫よ、シルヴァン。実は、あなたに焼き菓子を用意したのだけれど……もうこんな時間なのよね」
 食べるのは明日の方がいいわよね、とメルセデスが少し残念そうな顔をする。シルヴァンとしても、すぐにでもそれを受け取りたいところだが、時間も時間だ。それに、今日は夕食も一緒に摂ることが出来なかった。愛する人に寂しい思いを味わわせてしまった。申し訳ない気持ちになり、シルヴァンが表情を歪めると、メルセデスはそんな彼の名前を呼んでくる。そんな顔をしないで、と続けられて、シルヴァンはもう一度メルセデスを抱きしめる。
「本当は、さ」
「ええ……」
「俺はずっと、君と一緒に過ごしたいんだ」
 でも、我儘ばかりを言っている訳にはいかない。自分たちはもう大人で、現実世界がふたりだけで構成されていないことを、よく知っている。ゴーティエ辺境伯として、シルヴァンはやらねばならないことが多くある。
「……メルセデス」
 シルヴァンはそっと名前を口にしてから、彼女の唇に自らのものを重ねた。触れ合うだけの優しいキスに、メルセデスの胸は強く、早く、鼓動する。
「……今夜は――君を、もっと求めても……いいかい?」
 彼の願いを、彼女は少しの間を置いて受け入れた。こくんと頷くメルセデスに、シルヴァンは再び口づける。メルセデスの榛色をした髪をそっと撫でてから、彼女の身体を白いベッドの上に横たえさせた。ぎし、と軋む音も、最早彼らは気にしない。
「ん……」
 三度目の口づけは深いものだった。舌を絡ませ、何かを貪るように。メルセデスの頬は次第に紅色に染まっていく。まるで薔薇の蕾が花開いたかのよう。何度も、角度を変えて口づけを繰り返す。メルセデスとシルヴァンの間に銀の糸が伝い、それがやがてまっさらだったシーツに痕跡を残していく。
「好きだ、メルセデス――好きなんだ」
 シルヴァンは込み上げてくる熱い想いを言葉にして、彼女の白い肌に唇を寄せていく。そんな彼に彼女も応える。ええ、私も、あなたのことを、世界で一番愛しているわ。いままで何度も口にした台詞だ。だが言葉にする度に、想いは膨らんでいく。
 この広い世界で、シルヴァンという人に巡り会えたこと。そんな彼と想いを通わせて、恋人関係になり――そして家族という関係を得たこと。よく考えてみれば、きっとそれは奇跡のようなものなのだろう。メルセデスは天上の女神に感謝した。愛し合うことを教えてくれた、シルヴァンに会えたことを。そんな彼女を組み敷いて、シルヴァンは至るところにキスを降らす。
「んっ……あ……」
 彼の大きな手が、メルセデスの肢体を撫でる。少々ごつごつとした手。自分よりずっと力強いそれは、数多くの戦場を駆け抜けた証のひとつ。メルセデスの衣服は少しずつはだけられていき、胸元はもう既に顕になっている。ふたつの膨らみの頂は、もう既に立ち上がっていて、自覚したメルセデスが頬を更に紅潮させた。
「……メルセデス」
 シルヴァンはまた名を口にし、それからすぐにその頂へ唇を寄せた。
「ああっ……!」
 敏感なそこをぺろりと舐められて、思わずメルセデスが強すぎる快感に身を捩った。声に、表情に、反応に――ぞくぞくとする。シルヴァンはもう一度そこに舌を這わせる。何度も、何度も。繰り返される度に、全身を電流が駆け巡っていくかのようでメルセデスはあられもない声をあげてしまう。自らの手で口を塞ごうとして、シルヴァンの手がそれを遮る。
「……聞かせてくれ」
 君の、可愛い声を。直接的に言われて、メルセデスはまた身体が熱を持つのを感じた。シルヴァンはそのスキに、下腹部に手を伸ばした。
「ああっ、あっ……んっ!」
 彼女の秘所は既に濡れていた。繰り返した口づけと、丁寧な愛撫によって。シルヴァンはメルセデスの頭をそっと撫でてから、その部分に指を押し入れる。最初はゆっくりと、人差し指を。奥へと進めていけば、メルセデスはぎゅっと目を瞑った。
 こうして身体を重ねるのは、はじめてでは無いけれど――彼に触れられ、彼に求められ、彼に愛され、自分のものとは思えない声が溢れると、胸の奥がじんじんと熱を持つのだ。自分が自分でなくなってしまうような、いわば一種の恐怖がメルセデスを包み込んでしまう。だが、相手が愛するシルヴァンで、そんな愛しい彼がすぐ隣にいる。その事実を改めて受け止めれば、その恐怖も霧になって消えていく。
「あああっ!」
 指が奥を何度か突く。そして勢いよく引き抜かれたと思えば、今度は二本の指がメルセデスのそこに刺激を与えてくる。水音が響いて非常に恥ずかしい。無意識に溢れたメルセデスの涙を、もう片方の彼の指が拭ってくれる。
「シル、ヴァ……っ……!」
 いつもはおっとりとしていて、やさしく穏やかな瞳のメルセデス。そんな彼女が自分の前でだけ見せる、女性的で、官能的な姿。むくむくと独占欲が広がっていき、も歯止めがかからない。
 シルヴァンの盛は、とっくに熱量も何もかも最大に近いところまで来ている。指を抜いて、濡れそぼったそこをもう一度外から撫でれば、メルセデスは喘ぐ。ほしい、とその目が言っている。深いところまで愛してほしいと懇願している。それを直接言葉にして欲しいところだが――流石にこれ以上、メルセデスをいじめてしまうのは心が痛む。それに、一秒でも早くひとつになりたかった。
「……辛かったら、言ってくれよ」
 耳元で囁くように言い、シルヴァンは自分のものを彼女の秘所へあてがう。同時に、そこからとろりと蜜が溢れてくる。吐き出されたそれをまとって、シルヴァンのものが奥へ向かって押し込められていく。メルセデスがぎゅっと目を瞑った。これまでとは桁違いの刺激がメルセデスを、そしてシルヴァンに押し寄せてくる。ああ、シルヴァン、わたし。メルセデスが何かを口にする。その刹那、彼女は意味を持たない言葉しか発せなくなってしまう。ああ、と何度も高い声が一室に響く。結合部からこぼれ出る水音、軋むベッドの音、熱情を打ち付ける音――静かなはずの夜が、姿を変える。
「ああっ! あああっ、んっ……!」
「いい、の、かい……? メルセデスっ……!」
「あ、あっ、ああ……シ、シル――ヴァ、あああっ!」
 律動が続く。寄せては返す波のような快感に、メルセデスもシルヴァンも抗うことが出来ない。愛しい存在とひとつになれたことへの、深い喜び。幾つも存在する感情のなかに、それも確かに残されている。理性の箍なんてものは、とっくに崩れ落ちてしまっているような気がするのに、その喜びは形を変えずに在り続けているようだ。

「くっ、メル――!」
 限界が近付いてきた。シルヴァンがそれを告げれば、メルセデスも薄っすらと涙が滲む視線で応えてくれる。まるで体と体がとろとろに溶けて、ひとつの存在になってしまうかのよう。一室に響き渡るメルセデスの甘い声と、それを包むようなシルヴァンの吐息。
「ああっ、あっ、ああっ、わ、わたしも――もう……っ!」
 メルセデスが達するのと、ほぼ同時だった。シルヴァンがそこに辿り着いたのも。その行為を物語る白濁。メルセデスの腹部に吐き出され、一部がシーツを汚している。はあ、と肩で何度か息をするメルセデスを、シルヴァンが「大丈夫かい?」と問えば、彼女は視線だけで答える。
 愛し愛されることの喜び。求め合っていることを再確認した夜。雨の音はいつの間にか止まっていた。あれほど強く降り頻っていたのに。メルセデスは、じっとシルヴァンの顔を見た。額には汗が光っている。行為の後だから、だろう、その表情はどことなく色っぽく見えた。もしかしたら自分もそんな風に見えているかもしれない。
「……あいしているわ〜、シルヴァン」
 いつもより少々辿々しい声。けれど確かに愛を伝えれば、彼はキスをくれる。俺も同じだよ、そう言いたげな瞳にメルセデスは微笑んだ。
2021/12/06
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