あなたという花へ贈るもの

 何処までも高く、そして真っ青な空が大地を見下ろしている。カムイはゆっくりとした足取りで星界内を歩いていた。暗夜王国に連なる彼女とその仲間たちは、白夜王国との戦時下にあったが、リリスの力で創り出されたこの不思議な世界で生活を送ることが出来た。本来であれば、戦場を渡り歩きながらの厳しい生活を余儀無くされただろうが。星界には、本来の世界と違った時の流れがある。そして、暗夜王国では得られない太陽の光が降り注ぐのも特徴のひとつだ。
「あっ、カムイおねえちゃん!」
 リリスと、そして同じ未来を思い描いて共に戦ってくれているきょうだいと、仲間に感謝の気持ちを改めて抱いた彼女の耳に、聞き慣れた少女の声が届く。鈴の音のようなその声の主は暗夜王国の末妹エリーゼで、彼女はトレードマークのツインテールを跳ねさせながらカムイへと駆け寄ってくる。まあ、エリーゼさん。そうカムイが微笑んでみせれば、小さな姫君は嬉しそうな笑顔を見せた。
「あのね、明日っておねえちゃん、時間ある?」
「明日、ですか?」
 エリーゼの問いかけにカムイが小首を傾げる。今日と明日は出撃の予定も無く、基本的に自由な時間が与えられていたはずだ。
「ええ、大丈夫ですよ」
「やった〜! カムイおねえちゃん、明日の朝に食堂へ来てほしいの!」
 エリーゼの言葉に、カムイは再び首を傾げたが、嬉しそうな妹に釣られるようにもう一度笑みを浮かべた。何かがあるのだろう、その何かが何であるかは分からないが。エリーゼはその場でくるりと回転する。金色の髪が踊り、そんな彼女の頭をカムイは撫でた。暗夜王国は、闇に閉ざされた国。侵略戦争によって発展を遂げた、血に塗れた国である。だがそんな暗夜王国にも、彼女のような存在がある。まるで一筋の光のような存在が。
「分かりました。でも、何があるのですか?」
「えっとね……明日まで秘密だよ!」
「ふふっ、楽しみにしていますね?」
 カムイが再びエリーゼの頭を撫でる。妹は嬉しそうだ。そんな彼女を追いかけていたのだろう、後方に見知った女性の姿が見えた。彼女は、休日であっても重たそうな鎧姿のまま。エリーゼの臣下であるエルフィだ。エルフィはエリーゼとカムイのそばまで来ると、一つ息を吐く。
「……エリーゼ様」
「あ、エルフィ! カムイおねえちゃん、明日大丈夫だって!」
「そうですか。良かったですね、エリーゼ様」
 エルフィは微笑した。どうやら彼女は「秘密」を知っているらしい。これから少し用事があるというエリーゼは、エルフィと共にカムイに背を向けた。エルフィはエリーゼの臣下でもあり、親友でもあった。互いに、とても大切な存在だということをカムイは知っている。妹とその友の背中を見届けてから、カムイは再び歩き出した。空には白い雲が幾つか浮かんでいる。木々に止まっているのだろう、鳥たちの囀りも響いてきて、本当にここは穏やかな場所だな、とカムイは思う。この戦争が早く終わって、このような時間が本来の世界にも齎されるといいのに。そんな願いをカムイは抱く。そう簡単に叶えられるものでは無いと、分かってはいるけれど。

 その後、カムイは散歩を終えて、自室として使っているツリーハウスまで戻った。部屋に入って、上着を脱ぐ。それからテーブルに置かれたままの本を手にとってから、椅子に腰を下ろす。これは弟のレオンから借りている戦術書だ。暗夜の第二王子である彼は、カムイに様々なことを教える「先生」でもあった。レオンは博識で、天才とも呼ばれるような人物。幼い頃から魔道の才能があって、暗夜王家に代々伝わる神器「ブリュンヒルデ」の継承者でもあった。生命や大地を司るそれは、レオンにとって大切な拠り所であるとカムイは知っている。血の滲むような努力をして、ブリュンヒルデに認められたのだという話は何度も聞いたことがあった。
「……レオンさんは、どうしているのでしょう」
 彼のことを考えていると、無意識にそんな言葉が零れ落ちた。実を言うと、今日の散歩にはレオンを誘ったのだ。カムイは勇気を振り絞ったのに、彼は頷かなかった。ごめん、姉さん。そう続けた彼は、足早にカムイの前から立ち去ってしまったのだ。何か大切な用事があったのか。それとも、自分と一緒が嫌だったのか。もし後者だとしたら――カムイは泣いてしまうかもしれない。
 そう、レオンは特別だった。昔から。カムイは最近になってそのことに気付いた。北の城塞と呼ばれる小さな世界で暮らしていた頃から、カムイはレオンのことが大好きで、彼が来る度に心を弾ませていたのをよく覚えている。年下のはずなのにしっかり者で、頭がよくて。けれど時々見せる年相応の姿。そんなところも引っ括めてカムイはレオンが好きなのだ。
 それは「家族」に対する「思い」だと彼女はずっと言い聞かせてきた。だが、カムイは暗夜王国の王家の血をひいていなかった。白夜王国の王女として生まれたのだ、この不条理な世界に。つまり、レオンたちとは一滴も血が繋がっていない。悪く言っているようだが「他人」だったのだ。それを知った時カムイは衝撃を受けたし、悲しんだ。しかし、レオンに対する「想い」に気付くことにはそれほど時間を要さなかった。ああ、いつの間にか芽生えていたこれは恋心だったのだ、とカムイは知ってしまったのである。
「……レオンさん」
 カムイはもう一度彼の名前を呼ぶ。返事なんて、何処にも無いというのに。


 夕食の時間になって食堂へ行っても、そこにレオンの姿は無かった。カムイは空席を見て、心にちくちくとした痛みを覚える。エリーゼも、カミラも、そしてマークスも、レオンがいないことに不思議そうな顔をしている。カムイにとってそれは救いだった。自分だけが、彼のことを知らない訳では無いと分かったから。いったい、こんな時間までレオンは何をしているのか。カムイはその日、あまりたくさん食べられなかった。並んでいる料理はどれもこれもカムイの好物だったのに。
 自室へ戻って、そのままベッドに倒れ込む。彼のことを想えば想うほど、自分のそれが本気の想いであると分かってしまう。レオンに会いたい。そろそろ、部屋には戻っているだろうか。明日が少しずつ迫っている。カムイは目を瞑り、何度も何度も繰り返し彼の横顔をそこに描いた。そうしているうちに彼女は夢の国へと落ちて、そこでも彼のことを想うのだった。

 そして夜は明ける。暗夜王国とは、違う光に満ちた星界。朝のうちに済ませることは手早く済ませ、カムイはエリーゼとの約束を果たす為に食堂へ急ぐ。扉に手をかけた。いつもと同じような光景が視界に飛び込んで来る――と思ったが、彼女の目に映ったのは普段とは違うものだった。
「せーの、お誕生日、おめでとう〜!」
 まず、人の数が多い。そこにはエリーゼがいて、カミラがいて、マークスがいて――そしてレオンの姿もあった。勿論、臣下や仲間の姿も見られる。誰もが笑顔で、そして食堂内には色鮮やかな花がたくさん生けられていた。
「ええと、これは……」
 カムイは呆気にとられたように辺りを見た。
「今日は、カムイ姉さんの誕生日じゃないか」
 忘れていたの、と付け加えながら言うのはレオンだ。彼の手には贈り物なのだろう、小さな包がひとつ。
「そ、そうでした。いろいろとバタバタしていて、すっかり忘れていました」
 自分たちは白夜王国と戦っている。毎日ではないけれど、得物を手に戦場に立っているのだ。それは暗夜王国と、そこで生きる大切な者の為。かけがえのない存在の為。カムイは祖国を敵に回している。リョウマにヒノカ、タクミとサクラ。本来であれば「きょうだい」だった彼らも含まれているし、自分のことをずっと案じてくれていた母親も、暗夜の策で命を落としている。本当に辛い日々があった。そして、いつかまたリョウマたちとは戦わねばならない。そんな生活を送っているから、忘れていた。自分がこの世界に産声をあげた日のことを。
「私の可愛い可愛いカムイ。あなたが生まれてきてくれたことを、みんな嬉しく思っているのよ」
「カミラ姉さん……」
「私も勿論、その中の一人だ。おめでとう、カムイ」
「マークス兄さん――」
 兄姉の言葉に、カムイは涙ぐんだ。彼らもそれぞれプレゼントを用意してくれていたようで、それをそっと妹へと手渡す。最後にレオンが手にしていた包みを彼女へ差し出す。
「……姉さん。お誕生日おめでとう」
「レオンさん……ありがとう、ございます」
「あのさ、これ……あとで僕、カムイ姉さんの部屋に行くから……その時一緒に開けてくれる?」
 レオンの不思議な願いに、カムイは目を丸くした。つまりはここでは開けるな、ということらしい。よく分からないがカムイは頷く。見つめ合ったカムイとレオンに、エリーゼの明るい声が降りかかる。今日はいっぱい美味しいものをジョーカーやピエリに用意してもらったよ、と。そんな声によって、カムイは美味しそうな香りに気付く。エリーゼによって、今日の主役たるカムイは奥へと引っ張られていくのだった。


 パーティを楽しんだあと、カムイは約束通りレオンと共にツリーハウスへ戻った。レオンは道中ずっと黙っていた。機嫌が悪いのかとカムイは不安に思ったものの、口にはしない。時折、彼はそういった様子を見せることがあったから。
 部屋に入って、明かりをつけ、カムイはレオンを椅子に座るように促す。そして自分も彼の正面に座った。受け取った包をテーブルに置いて、カムイはじっとそれを見る。
「ええと、その……これ、開けても、いいですか?」
 一応、と確認すればレオンは「うん」と答えた。カムイはおずおずと包に手を伸ばす。赤いリボンをそっと解けば、中から出てきたのは小さいけれどきれいな箱。カムイは丁寧にそれを開けていく。レオンはずっと黙したまま。
「……!」
 箱から出てきたのは、きらきらと輝く花の形をした硝子細工。驚くほどに綺麗で、カムイは息を呑む。そしてその花の名前をカムイは知っていて、同時に花言葉も分かっていた。これは、一番大切な人へ贈る花を模したもの。レオンがあの場では開けないでほしいと言った理由を、カムイは知る。彼女は彼を見た。彼は頬を紅潮させている。どうやら誤解ではないらしい。昨日レオンが姿を見せなかったのは、これを探しに街へ出ていたからなのだろう。
「……誕生日、おめでとう、」
 火照った顔の、彼は言う。
「ありがとうございます、レオンさん……!」
 まだ、互いに、声にして想いを綴ることは出来ないけれど。
 それでも、ふたりの「一番」は此処にいる存在で。
 この想いは許されない想いなどでも無くて。

 ――今日という日は、カムイとレオンをのせて流れていくのだった。
2020/06/25
FEif 5周年おめでとうございます!!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -