Fire Emblem Three Houses
これから先、君と交わる道があるなら

「やあ、メルセデス」
「あらあら、シルヴァン。こんにちは」
 ガルグ=マク大修道院。いつもの昼食よりはやや遅い時間だった。食堂に足を運んだシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエは、ひとり座って食事を摂るメルセデス=フォン=マルトリッツに笑みながら声をかけた。
「――隣、いいかい?」
「ええ、勿論。どうぞ」
 相手がメルセデスであるから、拒否されることはないと思ったが、シルヴァンは一応彼女に断りを入れて椅子を引いた。テーブルに置かれた皿を見たところ、メルセデスも食事を摂り始めたばかりのようだ。講義が少し長引いたのか、それともまた別の理由があるのか。シルヴァンは前者だった。今日は本当によく晴れている。木々の緑は眩しいし、その梢で歌う鳥の声も美しい。シルヴァンもメルセデスも酷く寒冷なファーガス神聖王国の人間であるから、暖かくて穏やかな気候に感謝の念を抱くほど。
 前述の通り、ふたりはファーガスの人間。故に、同じ学級――ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドが級長を務める「青獅子の学級」に所属している。この学級を導く担当教師はベレス。彼女は傭兵上がりとのことだが、教え方も上手で、とても丁寧であるから生徒からの人気も高かった。
「それにしても今日はいい天気だな」
「そうね〜、お散歩したりするには、丁度いいかもしれないわね〜」
 メルセデスは微笑む。本当に穏やかな日だ。講義が半日で終わるのはラッキーかもしれない、こんなにいい天気だ、長時間の座学で埋められていたら勿体なく思える。メルセデスはテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。中に注がれているのは紅茶だろう。ふわりと芳しい香りが漂ってくる。シルヴァンも自分のティーカップを手にした。
「……な、なあ、メルセデス。今日は時間、あるか?」
 カップを置くメルセデスに、シルヴァンは意を決して問いかける。メルセデスの大きな瞳が一瞬さらに大きさを増して、それから彼女が「ええ」と頷いた。シルヴァンは心臓の鼓動がだんだんと早まっていくのを感じた。これはチャンスかもしれない。
 シルヴァンは少し前から「彼女」のことが気になっていた。ファーガスの教会で長く暮らし、王都フェルディアで魔道を学んだというメルセデスのことが。同じ学級で、同じように時間を過ごすうちに、その興味は次第に膨らんでいった。
「もし、良かったら……だけど、さ。これから街にでも出ないか?」
 なんとか続けた言葉に、メルセデスは「えっ」と声を漏らす。僅かにではあるが、彼女の頬の色が変化していくのをシルヴァンは見た。
「……そ、そうね〜、いいわよ。でも、シルヴァン。あなたは私でいいのかしら?」
 メルセデスが確かめるかのように尋ねてきて、シルヴァンは「勿論」と頷く。むしろ君が良いんだ、という台詞を足すことが出来なかった。いつもなら容易に出来ただろうに。それくらい、胸の鼓動が普段のそれとかけ離れている。
「それじゃあ、食べ終わったら行きましょう?」
「あ、ああ」
 お互いに頬のあたりがかっと熱くなるのを察知しながら、フォークとナイフに手を伸ばすのだった。
 
 ◆
 
 街は活気付いていた。ガルグ=マク大修道院を取り囲むようにそれはある。若い女性たちが高い声で喋りながら歩いている。その少し後ろでは、幼子と手を繋いでゆっくりと歩く女性の姿。士官学校の生徒だろう、見知った制服の青年が並んで歩いているのも見える。
 シルヴァンはここに来て「どうしたらいいのか」という気持ちになった。メルセデスと、ふたりっきりで出かけるなど初めてだったからだ。買い出しに出たことはあるけれど、その時はアネットやアッシュも一緒だった。イングリットがいたこともある。しかし今回は違う。買い出しではない。一番しっくりと来る表現を見つけることは出来たが、自分とメルセデスはそういった関係までは踏み込んでいない。そこでシルヴァンはひとつの答えを見つけた。自分はメルセデスが――メルセデス=フォン=マルトリッツというひとりの女性へ、想いを寄せている、ということに。今になってそんな事に気づき、全身が焼けるような思いに包まれる。気になっている、という言い方からはもっと進んでいて、これは間違いなく「恋心」であると分かってしまった。メルセデスがそばにいて、ともに歩いて、時折自分に見つめてくれる――それに途轍もない幸福感が浮かび上がってくる。
「な、なあ。メルセデス。何か欲しいものはないか?」
 何か話をしなければ、と思い、シルヴァンの口から出たのはそんな問いかけだった。
「い、いや。今日の記念にでも俺が君に買おうかと思ってね」
「あらあら……でも、本当にいいのかしら〜? シルヴァン?」
「ああ。いつも君には何かと世話になっているし、それに」
「それに?」
 メルセデスがシルヴァンのことをじっと見る。長い睫毛に、大きく澄んだ瞳。なめらかな肌。この距離で見つめ合うと、愛しさというものが膨らんでいく。シルヴァンの次の台詞を待つメルセデスも、普段よりもずっと頬が紅潮している。
「君は……特別だから、さ」
 そう告げた途端に、ざあっと風が吹く。メルセデスの長い髪が揺れている。青獅子の学級のシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエという男は素行に問題があり、女性を見ればすぐに口説く――士官学校では皆がそう思っている。それはある程度事実だ、メルセデスも分かっている。だが、今、彼の口から出たのはそういった類のものではなかった。メルセデスがどう受け止めるか、彼は若干不安に思った。けれど、それでも、真剣に綴ったつもりだ。
「……そ、そうね〜。シルヴァン。でも……あなたからもらえるなら、私、何だって嬉しいわ」
 だって、とメルセデスが言葉を切った。ふたたびの風が通り抜けていく。
「私にとっても、あなたは……シルヴァンは、特別だから」
「メルセデス――」
 街の賑わいも、何もかも気にならない。相手がそう思ってくれているだけで――世界は色付いていく。美しく、優しく。いままで感じていた幸福感より、ずっとずっと深いそれに包まれていくかのよう。
 ふたりはそのまま互いの存在を瞳に映し続けた。まだ、隣を一緒に歩幅を合わせて歩く、そんな関係。けれど、いつか手と手を結びつけて歩くようになるかもしれない。そう遠くない未来、甘いなにかを得るかもしれない。シルヴァンも、メルセデスも、そんな同じ未来を願うのだった。


title:エバーラスティングブルー
template:ACONITUM
2019-12-25

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