祝福と羨望と、ほんの少しの嘲りと。

 今日も雨なのですね。目を覚まし、身支度を整え終えた彼女が言った。ああ、そうだね、と僕は返す。二日くらい前から冷たい雨が続いている。天気なんてものは、どうにもならないものの代表格。どんな権力者であろうと、覆すことは出来ないのだ。
 
 暗夜王国。その名の通り、闇に支配されたこの国は白夜王国との戦争に敗れた。長くこの国を統べていた父王と、次期国王とされていた立派な兄と、いつも無邪気に笑っていた妹の死。そして数え切れないほどの犠牲の果てに、僕はこの国の王となった。望んでなどいなかった。暗夜の王になるのは兄で、僕は彼を最期の最期まで支えて生きていくものだとずっと思っていたのだから。
 そんな運命を捻じ曲げたのは、彼女だ。僕はベッドに腰掛けたままの彼女を抱き寄せる。カムイ、と名を耳元で囁いてみる。カムイはもともと白夜王国の王女で、けれど暗夜王国で育って。どちらの国の人間として戦うかの選択を迫られて、カムイは白夜王国を選んだのだ。つまり、僕たちから離れていったのだ、ずっと一緒に育ってきた僕らを。
 長い戦いが終わり、カムイは暗夜王国に戻ってきた。僕の手を取ってくれたのだ、この女性は。何もかも無くなってしまった世界で孤独に死んでいくだろう僕に、寄り添う道を選んでくれたのだ。そんなカムイに「ならばどうして暗夜王国を離れたのか」と冷たく言う者も少なからずいた。彼女がずっと暗夜にいたのなら、失われずに済んだ命だってあっただろうに。そんな容赦ない言葉に、カムイは穏やかな目を向けるだけだった。僕のことを愛していると言って、共に生きていくことを受け入れてくれた。カムイは本当に数奇な運命を辿っている。
「まあ、どうしたのですか、レオンさん」
 黙ったまま、だかしかし身を寄せる僕にカムイはくすくすと笑う。その声は優しくて、眼差しも優しくて、ずっと彼女という存在に溺れたくなってしまう。
「たまには良いだろ? 君と一緒にいる時間、僕は大切にしたいんだよ」
「ふふっ、私もそう思います」
 僕が珍しく素直な気持ちを口にすれば、カムイは大きく頷いてくれる。幾重にも思いを隠してきた僕と違って、カムイは正直者だ。故に、嘘がとても下手だ。そんなカムイだからこそ僕は好きになったのかもしれない。この闇に覆われた国で、僕に――僕たちに光をあててくれていた、この人を。
 暗夜を離れたカムイのことをすべて許せたかと言うと、すぐには頷けない。愛していることは事実。一緒に生きていくことに幸福感を抱くのも事実。けれど、カムイは僕のきょうだいを悲しませ、結果的に言えば何人もの命が溢れていった。
 想いを通わせた夜。僕はそれをカムイに打ち明けた。君のことは愛しているけれど、僕たちの間にあるすべてを受け入れられた訳ではないんだ、と。カムイにとっても、マークス兄さんやエリーゼは大切な存在だった。互いが望んで命のやりとりをしたのではないとも、聞いている。それでも僕は言ったのだ。本当のことを。するとカムイは涙ながらに言ったのだ、どうか永遠に許さないでください、と。その言葉を僕は今思い出していた。
「……レオンさん?」
 無言のまま数分経過していたのだろう、カムイは首を傾げた。何も言わない僕を不思議に思ったのだろう。
「ああ、ごめんね。ちょっと考え事をしていただけだよ」
「そうですか」
 雨の音が断続的に響く。
「……あの、私のこと――ですよね?」
「え?」
「あっ、ち、違いました?」
 カムイに僕は目を向ける。赤い瞳と瞳が絡まり合うのが分かった。
「い、いや、違わない。君のことを考えていたんだ」
 暗夜王国で育って、白夜王国に戻って。戦争が終わると両国の橋渡しになることを願って、僕の想いに応えてくれた。カムイのことを僕は深く愛している。同時に、まだ、憎しみが消えていないのだ。愛情と憎悪は紙一重、なんて昔は疑問に思ったことも、今では上手いこと言うなと感じるようになっていた。
「もう、何処にもいかないでね」
「ええ。私の居場所は、ここですから」
「約束だよ、カムイ。その約束さえ守ってくれれば、僕は」
 君を愛し続けるよ、心には棘が刺さったままでも。幾らその場所が疼いても。
「勿論ですよ、レオンさん。私は……ここで――あなたと隣で、ずっと生きていくのですから」

 きっと世界が祝福してくれているのだろう。翌朝には雨の気配は消えていた。

title:弔辞
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2019-09-18

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