常に在る死に絆されていつか闇に堕ちても
「こんな結末を、姉さんは望んでいたとでも言うの?」
 叩きつける雨の音。何もかもを責め続けているかのように、それは止むことを知らない。だが、今はそんなことはどうでも良いことだった。
 暗夜王国。闇に支配されたこの国でも、最も暗いとされる場所で、カムイはレオンと交戦した。天蓋の森と呼ばれる地帯だ。カムイが暗夜の第二王女として、北の城塞でひっそりと暮らしていた頃から、何度か聞いたことのある名だった。カムイが「白夜王国第二王女」としてその場所に足を踏み入れた時――彼女はそれを思い起こした。鬱蒼とした森。僅かな光さえそこに立ち入ることは出来ない。けれどね、姉さん、とレオンはこう続けていた。闇の中でしか在れない美しいものだってあるんだよ、と。いつか見せてあげる。レオンは言った。その「いつか」が来る前に、すべてが変わってしまったのだけれど。
「ねえ、答えてよ。姉さん?」
 目の前にいるレオンは、柔らかく微笑んでいたあの頃の彼とは大きくかけ離れている。それでもカムイのことをわざとらしく「姉」と呼ぶ。カムイはずっと黙していた。彼の、血を思わせる赤い瞳。そこに昏い何かが宿っていることに気付いたまま。何も言葉を発そうとしないカムイに、レオンは一歩近付いた。ここは天蓋の森の奥地にある古い塔。この場にいるのはレオンとカムイのふたりだけ。
「僕とは話もしたくないってこと?」
「……」
 切り口を変えても、カムイは何も言わない。否定も肯定もしない彼女に、レオンはくっと嗤った。ああ、そういうことなんだ。彼はひとりで答えを見つける。それの答え合わせをすることなく、レオンはカムイにまた近寄る。狭まった距離。その空間には相変わらずの冷たいものが満ちていた。季節は進んだというのに、あまりにも冷たいものが広がる。心身を凍てつかせるほどのものが。
 レオンはやや強引にカムイの手を掴んだ。細い手足。ちょっと力を入れれば、簡単に折れてしまいそうだ。こんな華奢な身体で、夜刀神を手に戦っていたとは。だが、その戦いもここまでだ。レオンはふたたび嗤う。もう彼女は戦場に立てない。その剣は誰にも届くこと無く、折れた。暗い満足感がレオンを満たす。カムイはもう、自分のもの。兄にも、もうひとりの姉にも、妹にも、もちろん父にだって渡さない。
「……痛いです、離して」
 やっと口を開いたかと思えば、カムイはそんなことを言った。それでもレオンは嬉しい。どんな感情であれ、自分に「何か」を発したということが。我ながら狂っている――レオンは思う。しかし、自分をそんな風に狂わせたのは、間違いなくこの少女なのだ。カムイの細い手首に力を込めた。そしてそのままベッドの上に押し倒す。もう既に大半の色を失っていたはずのカムイの顔色が変わった。ああ、このまま、彼女の全てを奪えば――少しは救われるのだろうか。レオンはそんなことを思う。
「離すわけ無いだろ、カムイ姉さん。もう逃さないよ」
 レオンの台詞は、大きくひずんでいる。
「ああ、でも、君はもう僕の姉でもなんでもないのか。じゃあ、呼び方を改めないとだね」
 カムイ、とレオンは耳元で囁く。低く、それでいて、何かを宿す声。ぞくりとした。背筋に何かが走るかのように。カムイは逃げなければ、と思った。しかし身体中が悲鳴を上げている。僅かに動くことすらままならない。それだけのダメージを受けているのだ、レオンとの先の交戦で。
「このまま、僕のものでいてよ。カムイ」
「……」
「父上からも、世界からも、何もかもから隠してあげる。君は此処に居るだけでいいんだ、カムイ。それだけを叶えてくれるなら、僕はあの頃みたいに優しくしてあげるよ?」
 ね、とレオンが言う。ああ、とカムイは熱い息を漏らす。彼は変わった。大きく変わってしまったのだ、けれどきっと自分も変わってしまった。暗夜だとか、白夜だとか、そういった分かりやすい箇所だけではなく――もっと別の部分も。カムイの赤い瞳が光る。涙が溢れたのだ、堪えきれずに。滲む視界でレオンは微笑っている。そんな彼女の大粒の雫を、彼の指はそっと拭う。カムイが彼の名前を発そうとした、そのときだった。
「それとも、何があっても逃げるとでも言うの」
 声色が変わった。一瞬にして世界が凍ったかのよう。
「逃げ出そうとしたって、無理だよ。ここには結界が何重にも施されているんだ。北の城塞の比じゃない。それに……そんなことをしたら、殺すよ。君の仲間を、順番にね」
 カムイは直感した。レオンは本気で言っていると。カムイとの決別が――あの日を境に、レオンは変わってしまったのだ、それを改めて思う。暗夜王国の冷血王子と囁かれるレオン。彼は自分を得るためならば、何もかも奪うと言っている。カムイは何も言わず、そのままレオンを見上げた。ベッドが軋む音がする。それと同時に、心でも同じ音が響いてくる。
「――だから、此処にいて。お願いだよ、カムイ。僕を置いていかないで」
 それは懇願。カムイはぽろぽろと涙を落とし、そのまま彼の口付けを拒まなかった。


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2019-09-08
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