孤独からの旅立ち

 蛍たちは冒険者協会からの依頼で璃月の外れまで来ていた。依頼内容は数体の遺跡守衛の討伐。それは難なく済んだのだが、足止めを食らっている。激しい雨に降られてしまったのだ。ちょっとした雨であれば急ぎ街へ戻るところだが、雷鳴すら轟く豪雨だ。叩きつける雨の様子を見ながら、「暫くは動けないだろうな」と言ったのは鍾離だった。
 鍾離は少し前から蛍たちと行動を共にしている。旅人にその理由は告げられていない。きっと蛍は疑問に思っていることだろう。だが、彼が強力な力を秘めていることは事実。つい先程の遺跡守衛だって、彼の槍術と岩元素の力にかかれば一瞬で動きを止めた。
 それにしても雨が止まない。木陰でパイモンが大きく欠伸をした。直ぐ側に立って苦笑しているのがパイモンの相棒である「旅人」の蛍。蛍は見知らぬ神に奪われた「双子の兄」を探している。彼の手がかりは未だ掴めない。だが彼女は諦めようとはしない。そんな固く覚悟を決めている蛍を見て、自由の国モンドの騎士であるジンやその仲間たちは力を貸すと決めたのだ。蛍はモンドを救い、璃月を救った。いまは鎖国状態で入国出来ていないが、永久の国「稲妻」でも活躍を見せることだろう。鍾離は漠然とそう思っている。 
「もう少し此方に来たらどうだ?」
 風邪をひくぞ、と鍾離は水色の髪をした華奢な女性にそっと声をかける。
「……ありがとうございます」
 はっとした様子を見せ、けれど礼を忘れない礼儀正しい彼女の名前は、甘雨。彼女は璃月七星の秘書をしている人物。純粋な人間では無いのだが、テイワットではそれもそう珍しい存在では無い。麒麟の血をひいているのだ、彼女は。その為、甘雨は半仙として途方もなく長い時をこの世界で生きている。きっとこれからもこのテイワットで時を紡いでいくのだろう。凝光や刻晴といった者たちがこの世から旅立ったあとも。
 甘雨はおずおずと鍾離に近寄った。彼がどういった存在であるかは把握している。「彼」との「契約」で生きてきた甘雨は、彼に絶対的な忠誠を誓っており、それが揺らぐことは永遠に無い。打ち付ける雨の音はふたりの間でやけに高く響いていた。
「甘雨。お前はこれからずっと旅人とこの世界を巡るのか?」
 鍾離は静かに問い、甘雨が目を丸くする。テイワットには七つの国が存在する。自由の国であるモンド。契約の国と呼ばれる璃月。永久の国稲妻、スメール。フォンテーヌにナタ。そしてスナージナヤ。各国はそれぞれひとつの元素を持ち、それらが絡み合うことでテイワットが成り立つ。旅人は、そのすべてを駆け抜けることだろう――だが、その時自分たちは何を求めて戦うのか。蛍の目的は七神と会い、兄との再会を果たすこと。ならば自分はテイワットの大地で何を為そうというのか。
「私は……ずっと、帝君の為に戦ってきました。このテイワットに生を受けたその時から」
 甘雨は静かに答えを紡ぐ。
「そして、それに変わりはありません。何があろうと私が仕えるべき存在は岩王帝君……あなただけです」
 雨音が強くなった。まるで甘雨の感情に比例するかのように。
「……そうか」
 璃月にある葬儀屋「往生堂」に招かれた客卿。それが「今」の鍾離だ。だが、彼の真の姿は甘雨が強く慕う、岩王帝君――岩神モラクスである。テイワットでも最大の繁栄を持つ「璃月」という美しい国を創り出し、長きに渡り民を護り、導いた存在だ。故に甘雨は鍾離にそう簡単には言い表せない想いを抱いている。その想いの正しい名を、甘雨はまだ知らないのだが。
「私の居るべき場所は帝君の側……。私に与えられた時間はとても……とても長いものです。けれど、その時間のすべては帝君の為に充てたいのです」
 真っ直ぐに甘雨が鍾離を見つめた。甘雨の瞳はまるで宝石のような輝きを放つのと同時に、神秘的な色をしている。
「……」
 鍾離は思考を巡らせる。自分は確かに岩神として民を導いてきた。古い――とても遠い過去に交わされた契約の為に人間を守護してきた。だがその役割は終わったものだと感じ、神の座から降りるためにあの計画を立てたのだ。人間に、テイワットの民に失望したとまでは言わない。だが、「これから」を神として生きるのは嫌だったのだ。しかし甘雨を見ていると、彼女の為なら力を尽くしても良いと思えた。それがどのような姿を取った自分でも、甘雨は受け止めてくれるだろうから。
「甘雨」
「……はい」
 雷鳴が聞こえる。先程よりはやや遠くなっただろうか。
「お前や俺に用意された時間は、お前が言うように人間のものよりもずっと長い」
 彼の声は優しく、そして甘雨はずっと彼から目を逸らさない。
「その長い時の中で、お前が孤独に縛られないように……俺は側にいよう」
「……帝君」
「そして、いつかは俺を名前で呼んで欲しい」
 甘雨、と確かめるように鍾離は呼ぶ。ざあざあと雨の音が煩いというのに、彼の声は甘雨の耳に確かに届いた。

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