永遠に結ばれない両想い

 彼らは恋人ではない。
 そもそも、全く違う道を歩いていく筈だった。

 ◇

「う……んん……」
 窓掛けの僅かな隙間から、朝の日差しが射し込んでいる。その柔らかな光が、蛍の瞼を抉じ開けてくる。目を覚ました蛍の隣に、長い夜の中、欲望と心身の熱を分け合った彼の姿は無い。
「……」
 蛍は広大なテイワット大陸を駆ける「旅人」だ。離れ離れになってしまった双子の兄を探す、長い長い旅の途中である。この美しい世界を巡り、元素を司る神々と接触し、手掛かりを探す。それが彼女の目的で、今は雷神バアルの領域である「稲妻」に向かう為に、「璃月」に滞在し、情報を集めているところだ。
 七国の中で唯一の島国である稲妻は、現在鎖国下にある。故に、そう簡単に入国することは出来ない。なんとか方法を見つけなければならない。蛍は何があっても稲妻へ、そしてその先へ行かなければならなかった。
「――ああ、起きたんだね」
 部屋の扉がキイという音を立てながら開き、長身の青年が姿を見せる。おはよう、と穏やかな微笑を浮かべる彼の名前はタルタリヤ。蛍は彼の登場に小さく頷いた。そろそろ起こそうと思っていたんだよ、と続ける彼を見る蛍の頭はまだぼんやりとしていて、覚醒しきっていない。窓の向こうで小鳥が鳴いているのがやけに遠く聞こえる。
「もしかして、まだ眠いのかな?」
 タルタリヤは部屋に入って、扉をゆっくり閉めた。それから時間を確認すると、ベッドに座ったままの蛍に歩み寄る。今日はこれといった予定の無い日だ。依頼も受けていないし、もう少し起きるのが遅くなっても大きな問題は無いだろう。もう少し眠るかい、とタルタリヤが蛍へ問う。昨夜、随分と長いこと行為に耽り、彼女に負担をかけて、草臥れさせてしまったのではないか、と彼は思ったのだ――それをそのまま口にするのは流石に憚られるが。
「……ううん、大丈夫」
 少々舌っ足らずな声だ。蛍は何度か目を擦る。
「……本当に? なら、いいけどね」
 タルタリヤは「じゃあ俺は先に下に行くから」と告げて、蛍に背を向ける。そんな彼に蛍が「待って」と引き止めた。しかし、すぐに振り返ったタルタリヤへ、蛍はなかなか口を開かなかった。黙ってしまった彼女に、彼は首を傾げる。
「……やっぱり、なんでもない」
 返ってきた台詞へ、タルタリヤは「そう」と短く応じて、今度こそ部屋を離れる。彼女が何を言いかけたのか。正直なことを言えば、とても気になる。だが、あのように口を噤まれてしまった以上、問い質すのは正解と思えなかった。階段をいつもより少々時間をかけて下りる。少し経てば蛍も下りてくるだろう。その後のことは――その時の自分に託そう。璃月港は晴れ渡る空の下で普段と変わらない姿を見せていた。

 蛍が階下に姿を見せたのは、ほとんどの仲間が朝食を終えてからだった。タルタリヤは他の仲間から少し離れて、隅の方にある椅子に座っている。今は旅人の仲間としてこの場にいるものの、ファデュイの執行官である彼を警戒する者は少なくない。無理もない話だ、彼は蛍とその仲間と剣を交えたことがあったし、ファデュイから完全に抜けたという訳でもない。勿論、蛍を傷付けたりするつもりは無いし、彼女を陥れるような計画を立てている訳では無い。それでも、だ。ファデュイは各国で暗躍し、圧力をかけている。
 タルタリヤは無意識に蛍の姿を見続ける。今日はちょっと起きてくるのが遅かったな、と言うパイモンや、ちょっと疲れているんじゃない、と心配そうに声をかけているバーバラ。そんな彼女たちに「大丈夫だよ」と返す蛍は無垢な笑みを見せていて、長い夜を共に過ごしたあの彼女とは別人のようにすら見える。
 バーバラがジンと一緒に宿を出ていくのを見送ってから、蛍は朝食に手を伸ばした。パンは少し冷めてしまっているが、彼女は特に気にしない様子のままそれを手で千切る。部屋に残っているのは蛍とタルタリヤ、それからパイモンだけだ。
「なあなあ、今日はどうするつもりなんだ?」
 パイモンがふわふわと浮遊しながら蛍に近付く。
「うーん、特に予定は無いんだけど……どうしようかな? 何も予定が無いと、なんだか逆に困るよね……」
「まあ、たまにはそういう日もあるよな。公子はどうなんだ?」
 今度はタルタリヤの方をパイモンが見た。タルタリヤは蛍と同様の返事を口にした。
「じゃあ、オイラは美味しいものでも食べに行こうかなぁ!」
「今さっき、朝ご飯を食べたばっかりなのに?」
「うっ……でも、何日か前に香菱が言ってたぞ。新メニューがある、って! オイラずーっとそれが気になってたんだ!」
 香菱というのは、璃月港でも人気の食事処「万民堂」の料理人、卯師匠の愛娘のことで、彼女自身も料理人として活躍している。卯師匠は勿論、彼女の腕はかなりのもの。
「俺は――そうだね、たまにはのんびり過ごそうかな」
 タルタリヤはそう言って伸びをした。明日は璃月港を少し離れて、ヒルチャールなどの討伐依頼が入っている。今の蛍たちにとって、ヒルチャールは難敵では無い。けれど、そういった戦いに備えて身体を休めるのも「戦う者」には大事なこと。蛍も彼の意図が分かったので、私もそうしようと思う、と発言する。
「じゃあオイラは行ってくる! ふたりとも、後でな!」
 小さな身体の相棒は嬉しそうに言うと、蛍とタルタリヤの前から姿を消した。蛍たちに見送る僅かな時間すら与えずに去ったところから察するに、香菱が言っていた新メニューが、相当気になっていたのだろう。蛍は苦笑いをしつつ、食事を再開する。
 タルタリヤは蛍が食事を摂る様子を無言で眺めていた。彼は食事を終えているのに、この場に残っている。パンと同様に少しだけ冷めてしまったスープ、それから瑞々しい野菜が多く使われたサラダなどを、蛍はゆっくりと食べた。最後に果実を絞ったジュースを飲むと、蛍は「ご馳走様でした」と手を合わせる。
「それで、疲れの方は本当に大丈夫なのかな?」
 静かに問いかけながら、彼は立ち上がる。それからすぐに、蛍の隣の空席へタルタリヤが腰を下ろした。急に距離が詰められ、蛍は目を丸くする。うん、と応じる言葉がやや震えていることを、タルタリヤは無視してくれない。
「――蛍」
 タルタリヤは名前を呼んだ。彼がこういう風に彼女の名前を直接呼ぶのは、周囲に誰も居ない時ばかり。意味深な眼差しが向けられて、蛍の心臓が大きく跳ねる。彼の大きな手が蛍の手を取った。彼の手は想像以上に温かく、それでいて何かを求めているかのようで、彼女は戸惑いを隠せない。その何かが意味するものを蛍は靄の先に見た気がした。
「……やっぱり、無理をさせたかい?」
 なにで、とタルタリヤは言わなかった。しかし、蛍には彼が意図することがすぐに分かってしまう。恋人同士でもないのに肌を重ねている、なんて。それも一度や二度ではない、なんて。とてもではないが、仲間には言えない。日に日に彼への想いが募っていく一方だということも。蛍の頬がかあっと熱くなる。
「……そ、そんなこと」
 無いと言おうとした蛍の唇が、タルタリヤの唇で容易く塞がれる。それは、触れ合うだけの軽い口付け。けれど、ついさっきは頬だけに集中していた熱が全身に回る。まるで、毒薬のようだ。蛍はくらくらとした。
 そんな彼女を見てタルタリヤは言う――今日はずっと一緒にいてもいいかな、と。ずっと、という言葉に蛍は戸惑う。彼は蛍の答えを待たずに立ち上がった。つられるように彼女も腰を上げてしまう。にやりとタルタリヤが笑った。しまった、と思ったがもう遅い。蛍は彼に連れられる形で二階への階段を上がっていくのだった。

 ◇

 他の仲間は皆出払っている。蛍は少し前まで身体を横たえていたベッドに座らされた。タルタリヤはその正面にある小さな椅子に座し、じっと蛍のことを見ている。特に何の会話も無い。ただただ時間だけが流れていく。カチコチと秒針が進む音ばかりが高く鳴り続けていて、それ以外の音はなにも無い。
「ひとつだけ、聞いてもいいかな」
 沈黙を破ったのはタルタリヤの方だった。蛍は無言で頷く。淡い色の髪が無造作に揺れた。
「……俺のこと、嫌い?」
「えっ」
 どうしてそう問われたのか、蛍には分からなかった。そして彼はどこかに深い傷を負ったような、そんな色を帯びた表情をしている。
 タルタリヤのことを、最初は油断してはならない人物だと思ったし、実際そういう立場にある存在だった。ファデュイはテイワットの各地で何やら動きを見せているし、タルタリヤはそんな組織でも十一人しか居ない執行官のひとりである。氷の女皇直属の部下である彼を信じてはならない――それは分かっていたが、最早既に心は彼で満ちてしまっている。だから、今の彼の問いに返事をするのであれば、否定の言葉を発するべきなのだ。
 だが、何も声が出ない。彼と越える夜はいつだって背徳感を抱かせたが、同時に幸福な気持ちも確かに抱かせていた。それなのに。
「俺は、君のことが好きだよ、蛍」
 タルタリヤは何の音も立てずに、椅子から立ち上がった。
「でも、本当の意味では、君と俺は結ばれてはならないと思っている」
 静かに、そして、自分に言い聞かせるように彼は続けた。
「……こんな俺は嫌いかな?」
 彼はそのまま蛍を寝台に押し倒した。ぎし、と軋む音がする。それは寝台だけが上げた声ではなく、蛍の心の奥でも同じような音がした。
「このままの曖昧な関係のままで居たい……そう願う俺のことが、君は嫌い?」
 やはり、蛍は何も答えない。答えられない。どうしたらいいのか分からない。嫌いなわけが無いのに。そんな彼女の唇がまた彼のものと重なった。何度も角度を変え、執拗に口付けられる。顔が僅かに離れる度に、蛍の熱い吐息と意味を成さない声が溢れた。
 まだ陽は高く、こんなことをして良い訳がないと、胸の底の自分が大きな声で言っている。しかし、蛍はタルタリヤを振り払えなかった。彼は今も酷く傷付いた顔をしている、そして彼の瞳に映し出される彼女もまた。
「……んっ」
 蛍は抗えない。もうとっくに、彼のことが好きになってしまっている。戦いの場になれば、情け容赦無く力を振るう彼のことが。それでいて何かと自分を気遣ってくれる彼のことが。それだけではない――彼のすべてが蛍の心を掻き乱してしまうのだ。
「――っ……」
 口付けが何度も繰り返される。全身が火傷してしまったかのように熱い。蛍はとろんとした目でタルタリヤのことを見る。彼も複雑な表情をしていて、何かに苦悩しているようだった。蛍も同じだ。きっと、想いは随分前に通わせてしまっているのだろう――両者共にそれに気付いてしまっている。タルタリヤが先程「好きだ」と発する前から、蛍はそうであると分かっていた。
「……ごめん」
 突然、タルタリヤが謝罪の言葉を口にする。どうして謝られたのかが今ひとつ分からず、えっ、と蛍が小さな声を漏らすと、彼は深い傷を負ったような表情のまま蛍の頬に触れた。
「……本当に酷い男だろう、俺は」
 彼の声がらしくもなく強張っている。
「こんな関係のままでいたいと言いながら、君のことを貪り食おうとしている」
 そう続けたタルタリヤの目が揺らいでいるのを、蛍は見逃さなかった。蛍は手を伸ばす。そして、たった今彼がそうしたように、相手の頬に手のひらをあてがう。彼の肌は思っていた以上に温かい。
「っ……」
 今度はタルタリヤが小さく声を発する番だった。
「わ、私は……」
 蛍が声を絞り出した。
「……タ、タルタリヤになら、いいよ……」
 白磁のような肌が一瞬にして紅色に染まる。歪な関係のままであることを、互いに望んだ。窓硝子一枚隔てたその先には、眩い太陽に照らされた変わらない日常があるというのに、彼らの周りだけが明らかに違う空気が満ちている。
 タルタリヤは蛍の首筋に唇を寄せた。赤い痕を残さないように、優しく啄む。それを何度か繰り返され、その度に蛍の喉から甘い声が漏れ出た。彼の愛撫はいつも大変に丁寧で、焦燥感は無い。だが、これが正しくない行いであるという自覚はある。それでも――やめられなかった。彼だけではなく、彼女も「やめて」と言うことが出来なかった。拒否することなんか、出来そうにない。
 窓掛けをしっかり閉めても、室内は充分に明るい。故に蛍の表情の変化がいつも以上にはっきりと見て取れる。蛍の胸元をはだけさせ、直後、膨らんだものの頂きの片方にそっと指が触れる。びくんと震える彼女の身体。タルタリヤが大丈夫かと問えば、蛍は目線だけで答えてくる。タルタリヤの胸は焦熱に包まれていくかのようだ。
「んっ……」
 蛍が声を溢れさせた。濡れそぼったその声は、おそらく堪らえようとして、それが出来なかったものなのだろう。恥ずかしそうに彼女は右手で口元を覆っている。そんな手をタルタリヤは静かに取り上げた。ちゃんと聞かせてよ、と耳元で囁く。すると彼女は更に頬の色を変えた。その空きを見て、タルタリヤは蛍の耳朶を食んだ。
「――あっ」
 どうやらここが彼女の弱いところらしい。タルタリヤが察して口角を上げる。良いのかい、今度はそう囁いて、柔らかなそこをぺろりと舐め上げた。
「ああっ……!」
 蛍の甘い声は、あまりに容易くタルタリヤの理性を木っ端微塵に打ち砕いてしまう。溢れ出そうになる愛の言葉を――「好きだ」と再び言ってしまう前に、その唇を彼女の唇で塞ぐ。この微妙な関係のままでいる為には、もう、その言葉を重ねる訳にはいかない。
「ふっ、あ、あっ……」
 彼の指は胸を捏ね繰り回す。もう片方の頂きが立ち上がっているのを見て、タルタリヤはぞくぞくした。そこに口を持っていき、躊躇うこと無く舐る。蛍が身体を捩りながら喘いでいる。乱れた金色の髪も、無意識に濡れてとろんとした瞳も、何もかもが愛おしい。タルタリヤは中途半端に残っていた彼女の衣服を取り払う。彼女はもう何も拒まない。
 ほとんど生まれたままの姿となった彼女を、彼は不躾に上から下まで眺めた。胸底にある想いが、ゆっくりと浮上していくのをタルタリヤは認めざるを得ない。
 だが、それでももう「好き」とは言わない。「愛している」と囁かない。正しい関係にはなれないと、分かっているから。自分と彼女は「恋人」というものになってはいけないと、とうの昔に分かってしまっているから。
 心がぎゅっと強く締め付けられる。こんな痛み、どんな戦場でも感じたことが無い。またこうやって肌を重ね合おうとする度に、自分はこの苦しみを味わうのかと思うと、遠くで何かが砕ける音がする。
 愛というのは、懊悩の塊だ。タルタリヤは何度か首を横に振って、その後、蛍の秘所へ触れる。ああっ、と蛍が甲高い声を上げた。そこはもう既に濡れていて、彼女はぎゅっと目を瞑った。そんな彼女の名を呼んで、彼はゆっくりと指を沈めた。
「んっ、あ、ああっ、ん……」
 蛍が声を上げている。こういう時にしか聞くことの出来ない、艶やかな色を帯びた声。
「もっと欲しいかい」
「……ん、あっ……だ、駄目、んんっ……!」
 返答を待たず、タルタリヤは蛍の弱いところを攻めた。そういったところを、彼はもう熟知している。駄目じゃないだろう、本当のことを言ってごらん。タルタリヤが少々意地の悪い顔をして言えば、蛍は顔を真っ赤にする。それが答えのようなものだと分かっているので、タルタリヤは小さく笑ってまた指を動かす。そこからは絶えず蜜が溢れ出ていて、彼が弄る度にくちゅ、といやらしい音を立てている。
「あああっ!」
 頭がくらくらした。蛍は荒い息を何度も吐き出す。もっと欲しい。彼という存在のすべてが欲しい。いつから自分はこんなに欲深くなってしまったのだろう。だが、その欲望を完全に満たすことは出来ないと蛍もまた理解している。繰り返すが、彼女と彼は恋人ではないのだ、そしてそれは――これからずっと変わらない。
「た、たる、た……ああっ、んん……あっ!」
 波が押し寄せるように、一度目の絶頂が訪れ、蛍は全身を震わせる。胸が熱い。激しく燃えているかのようだ。蛍は滲んだ視界の中にタルタリヤの姿を見る。彼は複雑な表情を浮かべながら、蛍が無意識に溢れ出させた涙を指先で拭ってくれる。
 自分たちの関係を何かに喩えるのならば――徒花だろうか。咲いても実を結ばない、哀れな花。自分たちによく似ている。幾ら身体を繋いでも、得られるものは一時の快楽だけだ。未来に繋がる道ではない。タルタリヤも蛍も理解している。
「……もう、いいかな」
 何が、と彼は言わない。蛍も見つめ返すことでそれに応える。
「――」
 タルタリヤが自らの盛りを濡れたそこへと押し当てる。また水音が響いた。まるで彼の半身が来ることをずっと待っていたかのようで、とても恥ずかしい。そんな蛍の奥へ彼は躊躇せずに入っていく。
「――あああっ、あっ、あっ」
 あまりにも強すぎる快感が走り、大きな声が出た。一番奥まで到達すると、彼は一度大きな息を吐く。蛍はもう、意味を成す言葉を綴ることも出来ない。喉から出るのは喘ぎ声ばかりで、彼の名前すら満足に言うことが出来ない。
 愛し、愛され、周囲から祝福を受けられる、そんな間柄になりたかった。快楽に溺れながら、蛍は泣いていた。そんな彼女の気持ちを理解して、彼はまた涙のしずくを拭う。先程触れた涙とは、何もかもが違うものだ。この世界には神と呼ばれる高貴な存在が居る。しかし、その神様とやらは蛍とタルタリヤに最大の幸福を与えてはくれない。世界は非情だ、このままひとつになったまま溶けていくことを認めてくれない。もしそれが叶う世界であったなら――。
「……蛍」
 タルタリヤの声も揺れている。
「あっ、ああ、んっ……あっ、わ、わたし――もう……あっ!」
「ハハッ、そんなに……いいの、かい? 蛍?」
「ん、あああっ、んん……」
 ギシギシと音を立てる寝台。未だ、陽の光が溢れる時間帯。そういった世界を構成するものを蛍は見ていない。タルタリヤという存在だけを見ている。そしてそれは彼の方も同様で――互いに限界へ近付きつつあった。そこへ至るのは少しだけ怖い。自分が本当に弾け飛んでしまうようで。タルタリヤが動きながら唇を重ねる。舌と舌が絡み、その隙間から銀色が落ちた。
「ああ……ああっ……!」
 しがみついて、また涙が伝う。寝台を覆う白に小さなしみが増えていく。
「だ、駄目、もう……ああっ!」
「――くっ!」
 殆ど同時に達する。直前に引き抜かれたものが吐き出した白濁により、少女の肌が汚れる。荒い息のまま、タルタリヤが蛍の唇にキスを落とした。柔らかい舌を優しく食んだあと、顔を徐に離し、瞳を覗き込む。それは、こんな行為のあとだというのに清らかな光を宿している。愛しくて、もう一度だけ口付けた。
「……」
 窓の向こうから、小鳥の囀りが聞こえる。囀りとは基本的に愛の歌だ。鳥はいいな、とタルタリヤは思う。本能のままに、愛というものを貫き通すことが出来ていいな、と。蛍の顔には疲労の色が見て取れた。何度か優しく頭を撫でる。日光を織り込んだような色の髪は、いつ見ても綺麗だ。
「蛍」
 名前を呼ぶだけ呼んだタルタリヤを、蛍は無言のまま見つめた。もう少しだけ余韻に浸っててもいいだろうか、そう思ったのはタルタリヤだけではなく、蛍もそうだったのかもしれない。
 視線を絡ませる彼らの耳に、もう囀りは届かない――愛を囁き合うことも出来ない彼らの耳には。

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