共に在れたら
必要最低限の灯だけが残された薄暗い一室で、若い男女が濡れた音にまみれている。草木も眠る時間帯。橙色の髪をした青年は、愛しげに淡い金髪の少女に口付ける。青年の名はタルタリヤ。少女の名前は蛍。蛍は白い四肢をやはり白いシーツに投げ出し、タルタリヤに組み敷かれる形になっていた。
蛍は「旅人」だ。この七つの元素が絡み合う「テイワット大陸」の七国を駆け回っている。長く、厳しい旅路をゆくのは「天理の調停者」を名乗る謎の神に奪われた双子の兄「空」を探す為。その旅の中で知り合ったタルタリヤは氷の国「スネージナヤ」の人間で、しかも「ファデュイ」の一員である。ファデュイはテイワット各地で暗躍する組織だ。氷の女皇に絶対的な忠誠を誓った者たちで、あちらこちらに根を張り巡らせている。
そんなどうあっても交わらない道を進むはずのふたりだったが、夜が来るとこうして互いに相手のことを求めてしまう。タルタリヤは蛍のことを愛してしまったし、蛍もタルタリヤという人物に惹かれてしまった。本来なら許されるようなものではないだろう。引け目を感じた蛍は、何人もいる仲間の誰にもこの事実を打ち明けられずにいる。
「んっ、ああっ……」
タルタリヤの長い指が蛍の胸元を弄る。頂はすっかり立ち上がってしまっていて、まるで自分のものとは思えないような声が溢れ、蛍は赤面することぐらいしか出来ない。何度も彼は執拗に刺激を与えていく。恥じらう蛍に「可愛いよ」と囁やけば、彼女の身体がびくんと大きく揺れた。その様子も愛しく思えたタルタリヤは、そのまま蛍の耳朶に舌を這わせる。
「んん、ああっ、いや……」
「……嫌なの?」
無意識に零れ出た言葉を丁寧に拾い、タルタリヤが意地悪く問う。蛍が更に頬を赤らめた。その色は、まるでよく熟れた夕暮れの実のよう。どうやら相棒は耳が弱いらしい――それを知ったタルタリヤは、気を良くしてもう一度そこを舐めた。わざとらしく音を立てながら彼は耳朶を舐る。その度に声をあげる蛍は、全身の力がとっくに抜け落ちてしまっていた。
戦いの場となれば片手剣を華麗に振るい、凛とした姿を見せる彼女も、ベッドに横たわれば普通の少女と大差無い。だからこそ愛しいのか。タルタリヤはそんなことを思いながら、蛍の唇を自らの唇で塞いだ。何度も角度を変えて繰り返されるキス。最初は触れ合うだけだったが、段々と深いものへと変化していく。舌を捩じ込められたかと思うとまた離れ、蛍がつい物欲しげな表情になると彼はまた唇を重ねてくる。
いったい何回口付けたのか。タルタリヤですら分からない。しかし、身体に宿る熱は上がっていく一方だ。タルタリヤは蛍が中途半端に纏っていた衣服を完全に取り払う。シーツの白と、色白の肌の境界線があやふやに見える。壁の時計は深夜を指し示し、カチコチと規則的な音で時間を刻んでいく。だが、まだ朝は遠いのだ。それに、タルタリヤは蛍を寝かせてやる気は微塵もない。
「――綺麗だ」
彼は言う。舐め回すように肢体を見るタルタリヤ。彼女の身体には幾つかの傷が残っている。戦っているのだ、毎日のように、この広い世界で。荒野を我が物顔で闊歩するヒルチャールやスライムといったモンスター、人類の敵である「アビス教団」に属するものたちなどと。だから、生傷が絶えないのは仕方のないことである。旅人は、何処にでも居るような少女ではない。自由の国モンドに、契約の国と呼ばれる璃月。それから永遠の国稲妻を旅した。その旅には戦いがつきもの。タルタリヤだって蛍と戦ったし、あの黄金屋での戦いがあったからこそ、彼女の実力を認めたようなものだ。
「……そ、そんなに」
「うん?」
「見ないで……」
恥ずかしいから、と蛍の声が尻窄みになっていく。
「ハハッ、それは出来ないかな」
タルタリヤは蛍の髪に触れる。淡い金色のそれは闇に差し込む光のよう。こんな行為に耽っているというのに、その色だけは異質な程に清らかだった。
「こんな姿のお嬢ちゃんを見られるのは、俺だけだと思うとね……」
そう続けて、タルタリヤは飽きもせず口付ける。頬に、額に、唇に。それから彼女の二の腕や首筋、胸へ。至る所に熱を灯されていくかのようで、蛍は唇が寄せられる毎に声を溢れ出させる。
しかし、それはもどかしさを感じさせるものでもあった。もっと、と求めることははしたないし、欲しい、だなんて言うのはやはり恥ずかしい。だがタルタリヤはそこを狙っているのだろう。蛍は、下腹部が熱くなっていくことを否定出来ずにいる。強請るような目をタルタリヤに向けた。彼は全てを見抜いたかのような顔をしているのに、「どうされたいのかな」と問いかけてくる。
「……意地悪」
彼女が細い声を発した。その声は少々掠れてもいる。
「……ちゃんと言わなきゃ分からないよ?」
そんなこと言いつつ、タルタリヤの指がまた胸を弄った。ああっ、と蛍が喘ぐ声が部屋中に響き渡った。右に触れたかと思えば、左にも刺激が与えられる。蛍は泣き出しそうな顔をしていて、タルタリヤはそんな彼女が可愛らしく思えて仕方がない。璃月の街で知り合って、彼女とはそこそこ長い付き合いになるけれど、こういった行為に溺れている時の蛍の顔が、タルタリヤは特に好きだった。
「相棒」
彼はいつものように彼女をそう呼んで、足を開かせた。そこはもうとっくに濡れていて、蛍がこれ以上無い程に赤面する。青年は蛍の次の台詞を待っていた。そう、彼女が自分の意志で、タルタリヤのことを求めてくるのを。
「――」
その時、窓硝子の向こうで強い風が吹いた。ざあ、という大きな音が、蛍のか細い声を掻き消す。港町特有の潮風だろう。タルタリヤからすればもう一度言い直して欲しいところだが、あまり虐めてばかりいるのも悪い。彼女が望むように、そして彼自身も望んでいるように――タルタリヤは蛍の秘められたところに触れた。じゅく、と水音が立つ。蛍がぎゅっと目を瞑ったのが見えた。割れ目をなぞるように指を動かす。その動きを待っていたかのように蜜が溢れて、無意識だろう、蛍がシーツを掴む。恥ずかしい。それなのに、「もっと」と欲しがる自分がいる。
「目を開けて」
タルタリヤが言った。その声色はこんな行為中であっても優しい。蛍は恐る恐るといった様子で瞼を開いた。視界に飛び込んでくるのは恋焦がれてしまった彼だけで、彼の左手が蛍の涙をそっと拭ってくれる。
この人に溺れてしまう。それで本当にいいのか。蛍は頭の片隅で考えた。タルタリヤはスネージナヤの人間であり、その氷国が抱える闇――ファデュイに属している。完全な味方であるとは言えない。だが「弟」に見せた笑顔は「兄」としてのもので、一切の陰りも無かった。蛍も血を分けたきょうだいがいる。だから、その愛情は理解出来る。タルタリヤのそれは少々行き過ぎたものに見えたけれど、それほどまでに家族を愛しているということだ、蛍はじっと彼のことを見据える。
「……タル、タリヤ」
辿々しい声。名前しか紡がれなかったものの、蛍のそれに彼は頷き返す。タルタリヤの中指が蛍の中へ入ってくる。ゆっくりと奥へ沈められていくそれに、蛍は狂いそうになる。けれど、拒みはしない。内側を撫でるように何度も動く彼の指。
「――ああっ……!」
はじめて肌を重ねた時のような強張りや違和感はもう無く、蛍はさらなる快感を求めるように声を上げてしまう。最奥まで入ってきたかと思えば、浅い位置まで引き抜かれ、そしてまた奥まで遠慮無く押し込められ。そんなことを繰り返していくと、蛍のそこは更に蜜を溢れさせていく。漏れ出る吐息は熱く、同時に何処と無く甘い。また風が吹いて木々がざわめくのが遠くで聞こえた。
「あっ、あああ……んっ……」
テイワットを駆け回るようになって、パイモンやアンバーなどといったかけがえのない仲間を得た。それでも、埋まらない部分が蛍にはあった。双子の兄との長い別れが、彼女に大きな空白を作ってしまったのかもしれない。でも、もっと別の部分は酷く満たされている。タルタリヤ。彼との出会いが、そして実ってしまった恋心が、蛍に大きな変化と愛情を齎したのだ――たとえ、その愛が罪深いものだったとしても。
「……いいのかな、蛍」
こういう時、彼は大変に優しく彼女の名前を呼んでくる。ん、となんとか答える蛍の秘部へタルタリヤの盛りが触れた。何度かそこを擦るように質量のあるそれが動かされる。じゅくじゅくと淫らな水の音がまた響いた。
蛍の頬に涙がつうっと流れていくのをタルタリヤは確かに見る。自分は無理強いをしているのでは、という不安がよぎるが、蛍はそれを見抜いて否定した。来て、という非常に短い台詞がタルタリヤの背を押す。彼はもう一度だけキスをして、熱いものを捩じ込んだ。
「くっ……あああっ、んん――あああっ……!」
一気に奥へ進むそれを、蛍は最早抵抗すること無く受け止めた。雷のように身体中を快感が走っていく。タルタリヤが「大丈夫かい」と気遣う声をかけてくる。ああ、これが彼の本質。闘いを求め、強者とやり合うことを最大の喜びだと感じるような、あのタルタリヤが胸に抱えていた優しさ。蛍は眼差しで応え、手を伸ばす。彼の頬に伸びた手は温もりを感じ取った。
「……動くよ」
「んんっ……ああっ、あっ……たる……っ!」
いつもと色合いが異なる甘やかな声は、タルタリヤの理性を溶かしてしまうだけの破壊力があった。しかし、手荒いことはしたくない。なんとか、それだけは守らなくては。タルタリヤは蛍の背中にぐるりと手を回し、上半身を起こさせると、そのまま繰り返し腰を振った。何度も、何度も、蛍に快楽の波が押し寄せてきて、ああ、と蛍は意味の成さない言葉しか発せなくなる。
こうして肌を重ね合わせ、愛し合う行為をするのは、初めてではない。回を重ねる度に彼への想いは膨らんでいく一方だ。そしてそれはタルタリヤの方も同じだった。蛍の弱い部分をタルタリヤはしつこく攻める。溢れ出る声も、零れ出る蜜も、快感に揺れる瞳も、何もかもが愛らしい。この関係は誰に対しても秘密だ。どうしても打ち明けることは出来ずにいるのに、彼らの熱く長い夜は、愛欲に満ちあふれている。
「あっ、んっ、あああっ……わ、私――もう……」
「やっぱり君はここが弱いんだね?」
ちゃんと覚えているよ、そう耳元で囁いてからタルタリヤは動いた。
「あああっ! そこっ……だめ……! 私……!」
達した蛍がより高い声をあげる。身体がびくびくと小刻みに震えていた。
「はっ、俺も、もう……くっ――!」
ほとんど同じタイミングでタルタリヤも限界へと至り、熱い白濁は顕になった蛍の下腹部へ吐き出された。
「――」
本当に愛おしい。いつか来るであろう「最期」まで、この人と共に在りたい――そんな叶わないであろう願いを蛍は願ってしまう。旅人である蛍。自分は、もともとテイワットの理から外れているのだ、「神の目」が無くとも元素力を扱える旅人はどう考えても異質な存在。だから、いつかは離れ離れになるのだ、「天理の調停者」の思惑が明らかになったその先にタルタリヤと生きる道はきっと伸びていないから。
愛に満たされた筈なのに、悲哀にも触れた蛍はゆっくりと目を瞑った。
「……蛍」
そのまま意識を手放した彼女の名を、タルタリヤは繰り返す。蛍の頬はまだ少し赤く染まっていて、普段よりずっと艶っぽい寝顔をじっと見る。
もし彼女がもっと普通の人間で、自分もファデュイで無ければ、もっと違う祝福と幸福が得られたのかもしれない。だが、そんなことを考えても、得られるものは何一つとして無い。いっそあの日の闘いで、自分が蛍に完敗し、死まで落ちていたら、こんな葛藤は無かっただろう、この胸に広がる想いも無かったことになるけれど。
まだ朝は遠い。空は黒く塗り潰されたまま。けれど、タルタリヤは一睡も眠れる気がしなかった。こんなにも誰かを――血も何も繋がっていない「他者」を愛することが出来るようになった自分。ファトゥスの「公子」として、祖国スネージナヤと、氷の女皇に害を為す者を滅することだけが願いだった筈の自分。もう自分が何であるのかすら、深い霧の向こうに隠れてしまっている。ただ、それでも蛍の体温が、凍てついていくタルタリヤを守ってくれているようで、もう一度彼女の寝顔を見た。
「……相棒――君は、どんな夢を見ているんだろうね」
そこにも俺は居るのかな。タルタリヤは蛍の髪をそっと撫でた。