あなたとわたしとこれからを

※甘雨の伝説任務「雲の海、人の海」で旅人より先に鍾離と会っていたらという設定です。


 私は、孤独だった。
 璃月港は多くの人で賑わっているけれど、その雑踏に私は馴染まない。
 私の身体に流れる麒麟の血。それと同じだけ流れている人間の血。
 何方にも属せない私の本当の居場所は、何処に在るのだろうか?
 ――その問いに神は答えてくれない。
 
 ◆
 
 璃月から逃げるように仙人の住処である絶雲の間へ足を運んだ私は、眼下に広がる景色をぼんやりと眺めていた。流れ行く雲と、吹き抜けていく風。此処は璃月よりずっと静かで、空気も美味しい。
「……」
 私が此処に来ると、幼い頃から面倒を見てくれている留雲借風真君は少々訝しげな様子だったが、追い出すようなことはしなかった。半仙の私を受け入れてくれるのは、緩やかに流れていく静寂と、長い時を生きる仙人だけなのかもしれない。そこまで考えて、私は苦笑する。テイワットで数千年もの時を紡いできたけれど、私は仙人として何も遺せていないではないかと。
 岩神モラクスとの「契約」が私の全てだったのに、「璃月七星」の秘書として仕事をしている時間だけは充実していたのに、それらから離れると自分の存在意義が何処にも見つけられない。璃月港はもう私を必要としていない。人間から「要らない」と冷たい言葉を突きつけられる前に自分からあの街を離れ、絶雲の間まで来てしまった。あまりにも弱い私を帝君はどう思うだろうか。
 
 ざあっとまた強い風が吹く。先程よりも冷たい風。もしかしたら雨でも降るのかもしれない。私はぐるっと周りを見渡した。木陰へと移動し、再び目の前に広がるものを見つめる。
「……」
 予感は的中し、十五分もすると雨が降り始めた。大地を叩きつけるそれを、緑は待っている。私は、傘をさして雨降る璃月港を歩いていた日のことを思い起こした。
 あの時は仕事がある程度片付いて、少しだけ自由な時間が作れたからと月海亭を離れ、外に出たのだ。もともと雨は嫌いでは無い。草木を潤し、緑の生長を促す雨――それが私の名の由来となったものだから。あの日はしとしとと降り頻る雨の中を歩いて、雨音と潤っていく空気を楽しんだものだ。
 でも今は、驚くほどに何も感じられない。草木が待ち侘びた恵みの雨。少し前の自分だったら、と考えたところで俯いていた顔を上げる。誰かの気配を感じたのだ、こんなところに誰が来るのか、と思考を巡らせる余裕も無く振り返ればそこにいたのは長身の男性で。
「――風邪を引くぞ」
 その低い声にも、あまり感情を宿していない瞳にも、覚えがあった。璃月の葬儀屋、往生堂に招かれた客卿。旅人と共に行動をしているはずの人物――名は鍾離。彼は大変博学で、知らないことなど何も無いのではないかと言われる程の人物。何故鍾離さんがひとりで此処にいるのか、どうして私に声をかけたのか、私には何も分からない。
「もう少し雨の当たらないところまで移ったらどうだ?」
 彼は言った。確かに私がいたのは木陰だが、たいして大きくない樹木の下だったせいで髪や肩がそれなりに濡れてしまっている。私は疑問の答えを見つけられないまま、鍾離さんの言う通りに大木の下へと移動した。鍾離さんは当然のようにそこに立っている。
「お前は何故此処に?」
 それは此方も聞きたいことだ、と思ったが私は何も言わず俯く。ぱさりと落ちるのは私の水色の髪。少しだけ湿ってしまったそれを私は手櫛で梳いた。
「……居場所が無いのです」
 声にするつもりはなかった。なのに、言葉が溢れた。
「ほう?」
「私は人間と麒麟の混血……。多くの人間たちが暮らすあの街に、私の居場所はありません」
 鍾離さんは、黙って私の次の台詞を待っているようだった。彼のことを私はよく知らない。前に会ったのも旅人が「送仙儀式」の準備をしていた時に、幾つか言葉を交わしたくらいで。知っていることと言えば、鍾離さんは旅人とテイワットの七国をまわっている者のひとりであることぐらいしか。でも、と思う。よく知らない人物相手だからこそ言えることも有るのかもしれない、と。
「たとえ、どれだけ親しい人間が現れたとしても、私は彼らと違う。全く違う時間を与えられているのです。いつかは私を置いて手の届かぬところへ逝ってしまう。そう思うと、誰かと関係を築いても、絆を深めたとしても、……私は、結局……すべて失ってしまうのです」
 溢れた言葉と同時に涙が浮かぶ。凝光様だって、他の七星だって、私と同じではない。いわば璃月の異物なのだ、私は。
「……人の生は一瞬です。けれど私は、違う。あの場所で私はもう何も得られません」
「甘雨」
 鍾離さんは私の名前を呼んだ。私は彼が名を覚えていてくれた、ということが異様に嬉しかった。その気持ちが顔に出てしまったようで、彼はふと笑う。
「お前は普通の人間では無い。それは事実だ。だが、その身体に人間の血が流れていることも事実だ」
 彼の真っ直ぐな瞳は、驚くほどに澄んでいる。
「その事実はお前に何も齎さないのか?」
「……」
「得れば失うのは世界の理だ。だが、失う為に得るのでは無いはずだ」
 甘雨、と再び私の名前が彼の口から零れ落ちた。
「それに、俺はお前が人間だから話をしているわけでも無いぞ。半仙である本当のお前を受け入れて、話をしているつもりだ」
「鍾離さん……」
「お前が此処に――絶雲の間に留まるのなら、俺はお前の意志を尊重しよう」
 だが、と鍾離さんは言葉を一度区切った。降り止む気配が無い雨の音が響く。
「居場所が無いなら探せばいい。世界は広いのだから、お前と分かり合える者や、悩みを共有し理解し合える者もいるだろう。それだけは言わせてくれ」
 俺はそのひとりになりたいと思うのだがな、と彼は言い、私は目を見開く。鍾離さんは何故ここまで私に優しい言葉をかけてくれるのだろうか。それも、ずっと欲しかった言葉を。
「……まだ璃月へ戻る覚悟は決められていません。けれど」
 私は鍾離さんをじっと見た。
「あなたの言葉、とても……とても、嬉しかったです」
 私の居場所。私を理解してくれる人。孤独な私に、手を差し伸べてくれる人。
 雨はあがらない。大地に降り注ぎ、草木はそれを受け止めて、やがて大輪の花を開かせるはず。私は胸の奥で何かが芽吹くのを感じた。
 

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