青の窒息

※帝国ルートのお話です。


 彼は落ち着いた雰囲気をした、それでいて真っ直ぐな青年だった。だが時折その顔に影が落ちる。あれはいったい、何故なのだろう――今になって考えても、その答えを見出すことは酷く難しい。
 
 今から思えばずっと平和だった頃。それは、約五年前。ベレスは士官学校でアドラステア帝国出身者の集う「黒鷲の学級」を担当としていたから、他学級――「青獅子の学級」の級長を務めるディミトリとそれほど深い関わりがあった、というわけでも無い。しかし何度も顔を合わせたし、その度に二、三の会話はした。ディミトリは、次期ファーガス神聖王国の国王としての責任感と誇りを忘れずに日々を過ごしていたように思える。日々鍛錬に励み、仲間との関係も良好で、ベレスの耳にも、彼の話は毎日のように飛び込んできた。
 
 その彼が、命を落とした。ディミトリというファーガスの若き王は、アドラステアの皇帝エーデルガルトの手によって、その生に終止符を打たれたのである。
 彼女が彼に「それ」を与えたのを、ベレスは間近で見ていた。崩れ落ちる彼の身体。燃えるような瞳は、最期の最期まで変わらないままで。ベレスは心臓が焼けるかのような感覚に陥った。ディミトリの従者であったドゥドゥーも自らの意思を貫き息絶え、彼とともに歩んできたかつての同級生も、その命を散らした。
 もし、自分が青獅子の学級の担任となっていたら。そんなことを考えてしまう。「もしも」の話を考えることに、意味など無いかもしれない。仮定の話をしたところで、現実が変わるわけでもなければ、積み重ねた罪が消えることも、この手にこびり付いた血が落ちることもない。しかし考えてしまうのだ、大きななにかがきっと違っていただろう、と。
 
 傍らでエーデルガルトがベレスを見る。その瞳には、そう簡単に言い表すことの出来ない感情が宿る。いつかは来ると知っていた。セイロス教団を――世界の半分以上を敵に回して、帝国軍につき、エーデルガルトを守り抜くと決めた日から。ベレスのもとには、かつて士官学校で彼女に学んだ教え子たちがいた。共に辛い戦いに身を投じた、大切な仲間。学級の名を取り、「黒鷲遊撃軍」として戦場を巡る過酷な日々を一緒に過ごした者たち。
 ベレスは涙が溢れ出そうになるのを、必死になって堪えた。戦争は殺し合いだ。相容れない人間と人間が行う、恐ろしく、そして悲しい行為。他の選択肢があるのならそちらを選びたかった、と今になっても思うほどに愚かなる行為。かつてフォドラには多くの血が流れた。そして、今この時も同じように争いが勃発し――血の匂いが充満している。
 覚悟をしたではないか。ベレスは、なんとか自分にそう言い聞かせる。あの時、教団に天帝の剣を向けた時に、すべてが敵になってもエーデルガルトというひとりの少女と、彼女に連なる者たちの為に戦う、と。彼女たちは可愛い教え子たちだ、大司教レアの手を振りほどいたのは、彼女たちとともに生き抜く為。
 結果的に、レスター諸侯同盟は解散。ファーガス神聖王国も今ここで王が命を落とし、滅びへと落ちている。あとは白きものを、世界を包むセイロス教団の頂点に立つ彼女を撃てばすべてが終わる。アドラステア帝国がフォドラを統一する時が来る。
 だが今は、今この時だけは、涙を落とすことを許して欲しい。目を瞑れば何度でも蘇る。士官学校での日々が。彼と交わした言葉が。死したディミトリは、自分のことを嘸かし憎んでいることだろう。彼は、ベレスの敵だった。帝国の為に戦いの道をひた進んだベレスの。それでも、彼と過ごした時間は本物だったのだ、いくら僅かな時間であったとしても。崩れ落ちた彼に、ベレスは目を伏せた。全部が救われることなんて、あり得ない。帝国も、王国も、そして同盟と教団も――すべてが手を取り合えるような優しい未来なんて、望んだところで叶うことなど無いのだから。物言わなくなったディミトリに、エーデルガルトが背を向ける。しかしベレスは暫しその場で立ち尽くしていた。彼と刻んだ時を思い起こしながら。


title:失青



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