──いつもの朝



そもそも日常とはなんだろうか。
一般的には、平凡でありふれた時間を言うものらしい。



「――ねぇ、姉さん。日常って何だと思う?」
「日常?んなの決まってんでしょ。朝は納豆、味噌汁、鰺の開き、昼は空いた時間にランチを押し込んで、夜は景気づけと一日の労いを兼ねた晩酌。ま、慎ましい限りね」


淡い光が窓から差し込むダイニング。
生成りのテーブルにお揃いの椅子が二脚。
向かい合って座る同じ髪色の少年と女性、二人の足元には丸まる黒猫。
いつもの朝の風景。


「食事のことばっかりだね。……で、その割に今朝はコレなワケだ」


テーブルにはコーヒー、トースト、スクランブルエッグにハムが二枚。
女性が言う朝の“日常”とはある意味正反対。


「食は人なりっていうでしょ、日常も然り。あと、規則の中にも変則はあるもんよ」


示した定義と違うからといって特に気にすることもなく食事は始まる。


「今日の予定は?」
「仕事です。姉さんは非番でしょ?」
「そーよ。晩ご飯何がいい?せっかくだからアタシが作るわよ」
「いや、遠慮しときます」
「……ふぅん。アンタも言うようになったわねぇ、司。この咲夜姉さんの作る飯が食えないと。へぇ…そう」
「じゃ、僕仕事に行ってくるねー。マグロぉ、姉さんとお留守番よろしくー」


言うが早いか少年はすぐさまハムを口に放り込んで立ち上がる。
マグロと名付けた猫を一撫でして、少し慌ててダイニングから廊下へと出る。

女性がいってらっしゃい、と言えば少年はいってきます、と返す。


「姉さぁん、」


玄関から出る直前、少年が振り返る。


「何ー?忘れ物?」
「違うよ。言葉遣い、もう少し気を付けなよー。また唐木さんから注意されちゃうんだからー」

言葉の尻尾を捕らえると、ダイニングから廊下へ丸まった紙屑が見事なシュプールを描く。


「無駄口叩いてないでさっさと行く!」
「はーい、いってきまぁーす」


玄関のドアが閉まると同時に紙屑も物理的効力を失う。


「……ったく変な所だけ似てくるんだから。
マグローおいで、ご飯よ。今日はねぇ、」






朝一番の哲学染みたやりとり。
それが彼らの“日常”、平生、平凡、常日頃。

女性の名前は春日咲夜(カスガサクヤ)。
年の頃は二十九。
職業は警察官、階級は警視。
腰まで伸びた淡く透き通った亜麻色の髪に色素の薄い鳶色の瞳。
先の物言い通り勝ち気な女性である。

少年の名前は春日司(カスガツカサ)。
年の頃は十七。
諸々事情があり高校には通っていない。
咲夜に似た髪色と瞳。
見かけはおっとりしているようで意見はそれなりに述べる強かな少年である。

二人は血を分けた姉弟だ。
司は咲夜を「姉さん」と呼び、咲夜は司を「司」と呼ぶ。
咲夜が司を呼ぶ呼び方は変わらないが、司が咲夜を呼ぶ呼び方は以前居た家から黒猫のマグロと共にこのマンションにやって来てから少し変わった。

以前、司は咲夜を「咲夜姉さん」と呼んでいた。
変化の理由は至極簡単。
そう区別をつけなくてもよくなったから。


原因は三年前。
あの夏の日から。




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