壱、【紅の狂宴】 






昏黒の闇が帳を降ろし、眼下に広がる家々の光を遮る。
星の瞬きさえ奪ってしまいそうなその漆黒は、月を隠し音を覆うように隅々まで街に浸透していた。

何一つない暗闇。
だが、それは空ばかりで、地に生え歪に聳える石造りの塔の群衆や対称(シンメトリー)を誇る洋館、その間を縫うように立つ街灯は煌々と星の輝きにも引けをとらない光を灯していた。

少し闇を含むのはそれらとは一線を引く和式の軒家や屋敷。
古くからこの国にある造りの建物が昏がりを湛える。

歪みとも調和ともとれる文化の交錯が相見る街を見下ろすように立つ者がいた。


毒々しいまでに紅い女物の着物を着崩し立つのは、
闇でも艶が分かる絹糸のような少し長めの黒髪をなびかせ、左眼を覆うように白い包帯を巻く輩が一人。
包帯より白いのではないかと思われる肌は滑らかだが、女のそれのような柔らかさには欠け男のものだと分かる。
それにしては少々華奢な造りの体躯が金色の蝶をあしらう着物から覗いていた。


「さぁて、今宵はどう興じて頂こうか」


厭に紅く濡れた唇がさほど低くない声音で楽しそうに言葉を紡ぐ。
手に持つ朱塗りの煙管をくるくる回し、紫煙を燻らせ男は嗤う。



「今日はそうだな、」



男の晒された右眼が紅く光る。


  紅玉のような

  血を滴らせた緋の瞳



「『花火』といこうか」



空いた手を軽く空にかざして指を鳴らした。
まだ生温い湿り気を帯びた夜の空気に乾いた指の音が微かに響く。

その刹那、




 ドォォオオオンッツ!!!




地響きのような轟音に閃光が交じる。



「たーまやー」


間延びした声で男はまた嗤い、紅の衣を翻してその場を後にした。


男の後ろに広がる景色は、
塵芥で曇る合間から覗く、見事に瓦礫の山と化した石塔の残骸だった。


【了】 


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