十三、【黒の戒律 二】 







 髪を高く結い直す。

 音がするほどきつく結ぶ。

 その信念が解けないように。




闇に沈んだ廊下を抜け、月が一点だけ光を放つ外界へと駆け出す。
伴にあるは愛刀・夜須千代国景一振り。
紅は漆黒の隊服を闇夜に溶け込ませ、唯々円鵠楼に向かって疾走する。


「紅!!」


軍の敷地を出て直ぐに名を呼ばれた。
それは軋んだ車輪の音と共に発せられて幾分聞き取りにくかったが、何とか自分の名を呼んでいるのだと認識して紅はその足を止めた。


「アンタ走って行くつもり?!」


声の主は第四分隊隊長、日野榧。
彼女は黒い車の運転席から叫んでいた。


「さっさと乗って!!」


声と同時に紅が後部座席に乗り込む。


「姉さん非番じゃなかったのか?」

「そうよ。それで帰ろうとしたらばっちり巻き込まれたって寸っ法!」


そう言うや否や榧は目一杯アクセルを踏み込み急発進する。
軍の敷地付近とあって洋式の石畳と区画整理が施された道ではあるが、その道を削りながら進んでいるのではないかと思うほど尋常でない速さで区画の森を縫って車は走っていた。


「爆発音の方向は円鵠楼のある第三管区、でいいんでしょ。何かタレコミでもあった?」

「監査が円鵠楼付近で数人の不審者を発見、追跡中って連絡受けたらドカンときやがった」


カツン、カツン、
砂利を弾き飛ばす音の中に鍔と鯉口がぶつかる高音が車内の空気を断続的に斬る。


「夜郎衆?」


今まで一瞥もくれなかった榧がようやく紅に目線を向ける。


「違う」


── カツン。
刀が鞘に納まる。


 「宗璃王だ」


その声は確信をもって紅の口から発せられた。
確固たる決め手はない。
あるのは目撃談のみ。
それも確証とは言い難い。だが、紅は確信していた。
奴はそこに、いる。
これは直感。当てなどない。
だが、言い切れる。


「何を根拠にそう思うの。
目撃されたのは複数で、不審者すべてが夜郎衆かどうかも分からない。何故そう断言するの」


短く、はっきりと言い放った紅に榧は怪訝そうに問い掛ける。
当の本人は憮然とした態度で車窓から外の世界を睨んでいた。


「根拠?犯罪者を捕縛するのにそんなもんいるとでも?」


外を睨んでいたかと思うと今度は喉を鳴らして嗤い出す。


「己は神でも仏でもねぇんだ。
そんな慈悲なんざ持ち合わせてない」


夜須千代の柄に掛かる手が痛いほど握られる。


「見つけたら、──」



眼が、何かを捕らえた。
振れる暗闇の風景に一瞬、
過(よぎ)る、 


「姉さん、車停めてくれ」

過ぎた時間は刹那。
しかしその紅は目に焼き付いて離れない。
頭が追い付く前に紅は後部座席の扉に手を掛けまさに開け放たんとしていた。


「ちょっと、紅?!何して ──」


それに気付いた榧が叫び終わる前に紅は扉を開け放った。
咄嗟に榧はブレーキを踏む。
同時に紅が飛び降りた。


 エンジンの回転音。

   タイヤの摩擦音。

     ドアの開閉音。


夜の西京に無機質な機械音が慟哭する。
ようやく止まった黒の車体から榧が身を乗り出した時には既に紅の姿は視界になかった。


「あんの馬鹿っ!」


車を捨て置き榧は目についた公衆電話に走った。
軋む赤い扉を力任せに開き、同色の受話器を鷲掴んでダイヤルを荒々しく回す。

「── はい、こちら」
「水崎君?日野よ。書記官の貴男に頼むのは悪いんだけど、私のところの隊史をこっちに回して。
場所は第三管区、登録番号二◯八の公衆電話のところまでお願い。そこから私か紅を探すように言っておいて」


早口で畳み掛け相手の答えを待たず、押さえ込むように受話器を置いた。


「何考えてんのよ、もうっ!」


うなだれる間もなく榧は銃を取出し走り出した。
見えなくなった銀の髪を追って。


【了】 




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