あ、い、う、え、お!
か、き、く、け、こ!

報告書をまとめるために自室でパソコンに向かっていると、開け放っていた窓から元気いっぱいな声が聞こえてきて名前は顔を上げた。
掛け声とも取れる気合いの入った声たちに自然と笑顔が浮かぶ。

「よーしっ! 私も頑張るか」

そう言って大きく深呼吸したあと、崩れていた姿勢を正しあらためてパソコンへ向き合う名前。
聞こえてくる声に耳を傾けながら、彼女は仕事を再開した。


はじめての
-
あいうえお-


「よし、じゃあ次は書きの練習だ。ちゃんと声に出しながら書けよ」

室内に響き渡る薬研藤四郎の声。
彼の言葉に兄弟たちから「はーい」と元気な返事が返ってきた。
鉛筆を持ち、各自慣れない手つきでノートに文字を書き始める。
言い付けどおり書いた文字を声に出しながら、真剣に机に向かう兄弟に薬研から笑みが浮かんだ。

とある日の本丸。二間続きの大広間に数名の刀剣たちが集まり机を囲んでいた。
教え手である薬研と、最近この本丸に顕現(けんげん)されたばかりの刀剣数名。
そこで行われていたのは読み書きの勉強会だ。

刀剣男士は基本的に読み書きができない。
部隊編成や内番の振り分け。当初は個別に、その都度名前から口頭で伝えられていたが、人数が増えるにつれそれは難しくなっていった。
そのため紙などの媒体でそれらの伝達、掲示ができるよう、この本丸では刀剣達に読み書きを教えているのだ。

平仮名からはじまり片仮名、漢字。
さながらそれは義務教育初期の学習内容によく似ている。

刀が勉学に勤しむなんて、刃生(じんせい)なにが起こるかわからないな。
筆記練習に集中する仲間たちを前に目を細めてクスリと笑みをこぼす薬研。
彼もまた、自身に与えられた漢字の教材を手に机へ向かう。

「?!! …芯が折れた」

皆が黙々とノートに文字を書き込む中、しばらくして筆記音に混じり小さな悲鳴が上がった。
「またか」と薬研の口から吐かれるため息。
目を向ければ、そこには眉間に深々と皺を刻んだへし切り長谷部の姿があった。

「何度も言うが、あんたは力を込めすぎなんだ。もうちっと楽に握りゃ問題ない」

言って鉛筆削りを長谷部へ渡す薬研。
言われずともわかっている。しかし、頭では理解していても上手くいかないのが現状なわけで。
長谷部は渡された鉛筆削りを受け取るも、その表情をさらに険しくさせた。

顕現したばかりの刀剣たちは、個体差はあれど人の形に慣れるまで多少の時間がかかる。
少し動いただけで息を上げてしまったり、力の加減を誤り物を壊してしまうことは日常茶飯事。
ましてや指先で細やかに動かさなければならい鉛筆となれば、折らないほうが難しい。

「確かに、力加減がちょっと難しいよな」
「俺も折れたぁー」

薬研と長谷部の会話に集中力が途切れてしまったのか、立て続けに厚藤四郎、後藤藤四郎の持つ鉛筆の芯も折れてしまったようだ。
机に伏せる後藤の姿に少し休憩するか、と薬研も足を崩した。

「太郎はなにしとうと?」

カリカリカリ。隣で文字を書くわけでもなく、白紙を黒く塗るように鉛筆を動かす太郎太刀に博多藤四郎は首をかしげる。
よく見れば、ノートの隅に同様に塗られた箇所がいくつか見受けられた。

「芯の先を丸めているのです。尖ったまま使うと折れやすいので、使う前にこうしておくと折れにくくなると主から伺いました」
「それは本当かっ?!」

太郎の言葉に勢いよく身を乗り出す長谷部。
先ほどから何度も鉛筆の芯を折っている彼にとっては(わら)をもすがる思いなのだろう。
太郎の手元を覗き込み、それを真似るように自身もノートの隅に素早く鉛筆を走らせる。
瞬く間に黒く塗りつぶされた箇所が心なしかくぼんでいるように見えた。

あぁ、これはまた折るな。
それは薬研を確信させるには十分なものだった。

「それにしても、この『あいうえお、かきくけこ』って覚えにくいよな」
「そいばゆうなら『あかさたな、はまやらわ』も難しいたい」
「こう、楽に覚えられる方法ってないもんかなー」

一瞬、シンッと静まり返った室内。
これはそろそろ兄弟たちの集中力を取り戻す必要がありそうだ。
机に肘をついていた薬研は短く息を吐くと、自身の姿勢を正し彼らを勉強に集中させるべくその口を開く。

「…『あ』るじは『い』んすたんとらーめんに『う』めぼし、『え』のき、『お』すをいれる」
「?!!!」

薬研が声を発しようとしたまさにそのときだ。黙々と筆記練習をしていた太郎の口から思いもよらぬ言葉が飛び出し、驚いた薬研は開いた口をそのままに瞬きを繰り返す。
それは兄弟たちも同じだったようで、ポカンッと瞳を丸くし太郎へ視線を向けた。

「今のって……『あいうえお』?」
「そうか! こうやって(うた)にして覚えりゃ良いじゃん!」
「『あ』るじは『か』れーらいすに『さ』とう、『た』まご、『な』っとういれるたい!」
「「おぉぉお!!」」

博多の詩に厚、後藤から歓喜の声が上がる。
その覚え方にはいささか問題があるのではないか。
次から次へと自身の主を題材に『詩』を紡ぎだす兄弟たちに困惑しつつも、こうして彼らが読み書きを覚えられるならそれでもいいか、と苦笑いする薬研。
そう。兄弟たちはけして悪気があってやっているわけではない。
これもちょっとばかし方向性が違った尊敬の念というやつだ。

「っ!! また――!」
「あー、誰か長谷部にボールペン渡してやってくれ」



とある日の本丸。勉学に勤しむ刀剣たちの昼下がり。
そんな彼らのもとへおやつの差し入れに訪れた名前は、なんとも不思議な歌を耳にした。

「「「ラーメン好きで料理が苦手、涙腺弱くて恋愛下手、ロマンチストな大将(主)♪」」」
「んんん?!!」



今日も本丸は平和です。


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