- ナノ -
Miroirs template - QUATTRO

花道を行く

※捏造両親
※夢主名字固定(事実を混ぜたかったため)
※夢主独自術式記載
※傑友情出演

以上、ご了承くださいませ。








「まだ肌寒い季節だし、外を通るから気にしないで着てて」

 傑の視線を一身に受ける女の姿に目を疑った。

 こんな風にこいつのことが見える日が来るなんて、知る由もなかった。そして、こいつがこんな表情をすることも、ここに居ることも。
 渡り廊下に桜の花びらが吹き付ける。耳にかかっていたらしいnameの髪が風にそよいでひらひらと落ちた。傑の学ランに。

 隣に微笑みかける横顔は見知ったもののはずなのに、心許なく鼓動が速度をあげる。

「どうして、お前がここに……てか男子寮に?俺に何か急用?でも何でお前」
「わ、本当に悟だっ!」

 きらきらきらきら、翡翠の色を帯びた琥珀地の瞳。大きな猫目をうるさいくらい輝かせて、こちらに手を振っている。
 子猫みたいに怖いもの知らずで、気まぐれで、でも誰にもじゃないけど人懐っこい。こいつと俺は『生まれ持ったモノ』という境界線の上で出会った。

 五条家、高辻家。遠い昔、菅原宗家から派生した術師の名門。それぞれが相伝の術式をもち、直接瞳力で制御する一族。

 ルーツも相まって家系から懇意だった俺たちは、同じ年に生まれて、そして互いに数百余年ぶりの瞳を受け継いでしまった。それはつまり、同じしがらみ、檻の中で生きることを意味する。

「え……は?で、用は」
「用も何も、転校してきたんだよ。寮に戻ろうとして──」
「あ、あの女子校どうしたんだよ!トップ校に合格してたって、去年の会合で高辻のオッサン鼻高々に言ってたけど」
「……あー!やっとお父様を黙らせてきたんだから、その話やめて」

 絵に描いたようなゲンナリ顔を披露した後、nameが吐きつけた『お父様』の言葉のあたりで、傑の瞳が大きく開かれる。

「キミは……」
「傑はいーから!その手、どけろって」
「……はぁ、憎いねぇ、悟」
「name、ちょっとこっち」

 nameの肩に乗った傑の腕を、上着ごとやれやれと突き返す。戸惑いの目をこちらに向けられる前に、nameの背中を今きた方向へと押した。

 家の看板代わりに飾り付けされた絢爛な帯もない、家の望む形に押し込むような、折り目正しいだけの味気ないボックスワンピースでもない、俺や傑と同じ、帳の色と同じ色の制服を着た背中。俺たちよりずっと小さくても、これまで見てきたどの姿のnameよりも誇らし気だ。

「もう、会えないと思ってた」

 相伝の身分で、まして女として生まれたら、普通校に通いながら呪術は家で学ぶのが慣例だ、というか例外なんて認められないはずだ。秘術を明かされないように、そして悪い虫がつかないように。それはなにも御三家だけじゃない。有力な家の子女なら皆知っていることだ。

「……ふふ、悟がそんなこというんだ」
「うっせ」

 実践に出る、ということは、単に対呪霊だけの危険性だけじゃない。相伝である以上、一定の自由と引き換えに、上層部の監視の目、家を気に入らない者、呪詛師、数えきれないほどの思惑が常に付きまとう。

 俺の高専入学が決まった直後、一年ほど前にnameの父親に話をつけに行った。俺にはもう時間がなかったから、四の五の考える前に、あの場だけに賭けるしかなかったからだ。
 真剣に交際させてほしい、そうして人生で初めて頭を下げた日。後頭部から降ってくるであろう、試すような色を孕む声なら織り込み済みのつもりだった。そうして膝の上で礼を支える拳を握った。
 
──きっと青春時代特有の、閉鎖的な空間での近しい女性への一時の憧れさ。それに、うちのお転婆では君の妻には役不足だよ。

 違うと、その言葉に思わず食い下がった。いくども自問したと、だから今こうして頭を下げている、と。次期当主の自分が選ぶのだからと。
 それでも、その後に続けられる静かな言葉の連なりに、あえなく俺の切り札は切って捨てられることとなった。

 四年後生きているかもわからない、相伝だからこそ、その力の全容に今後心身が保てるかなんて保証もない、その上、婿だってとれるnameの身を危険に晒したくない。それなのに、俺が選んだのは”学生”の身分。

──自分の力量を計り間違える君ではないはずだよ。

 高辻の現当主、つまりnameの父らしい、評判通りの簡明扼要な物言いは、冷静でいて柔らかだ。それがかえって畏怖の色すら滲ませていて、いかめしさが重く腹に落ちてくるのが分かる。
 寸分も言い返す余地のない理論と声色。俺に下された評価は不足でもなく、過剰でもない。四年後に、そう半ば一方的に言い放ち、踵を返していた。

 だから、少なくともその宣言の履行まで、nameを俺の近くに再び置くような状況を許すとは考え難い。現に話をつけにいった一つ後の会合では、まるで俺を牽制するかのようにnameの進学先のがどれほど素晴らしいかあれこれと話していたのに。

「どうやって、説得したんだよ」
「説得、っていうか……悟の真似した」
「は?」
「呪術では、家の者からもう学ぶことはないってこと、教えてあげたの。だから、また小さい頃みたいに、術式の似ている悟との実践で学びたいって」

 絶句する俺の事なんてつゆ知らず、ほぼ一年ぶりのふにゃりとしたnameの笑顔は、薄く施された化粧の下で、少し大人びている。

「悟が背中を任せてくれるくらい、強くなりたいな」

 期待してもいいだろうか、桜の木々に視線を移しながら紡がれる言葉に。ほの温い風が混じると、鼻腔に広がる陽光を帯びた花の匂い。

 細い肩口に手をかけて、ようやくnameの瞳を見れば、また光をよく反射している。瞼が隠すように伏せて、薄く張られていた水膜が破れた。口の端まで伝う涙に触れられないまま、nameが唇を噛んだ。

「ねえ、悟。なんで……なんで突然何も言わずに全部決めて出て行っちゃったの」
「何……泣いてんだよ……」
「もう、会えないと思ったから」

 いつの間に俺はnameを引き寄せていて、胸元に埋もれる小さな頭にごめん、と呟いた。くぐもった声に、白旗をあげて、一つ二つとこれまであったあれこれを並べていく。
 最後の一言が苦しくて、nameの背中に回していた両手を結んで握りしめた。

「すき、だから……」
「……っ!」

 腕の中、真っ赤な顔で小さく声を震えさせている。こんなにも簡単に虚を突かれた俺は、手持無沙汰にnameの華奢な身体を抱きしめる。子どものように泣くnameをなだめるのはいつぶりだっただろうか。

「付き合ってよ、俺と」

 ぎゅっとしがみ付くみたいに俺に抱きついて、こくこくと頷いた。見上げる瞳がいじらしく潤んで、こちらを不思議そうにこちらを眺めている。

「悟も、赤かったんだ」

 くつくつ子気味良く喉を鳴らすnameに、はっとして備え付けの鏡を見た。古びた柱にかかった、これまた古びた鏡でも分かるほど、赤い。一度認識してしまえば際限なく肌が紅潮していくのが分かる。

「はぁー、ダッサ……」
「私ばっかり、って思ってた」

 盛大に自嘲を吐き出すと、気にも留めずにまたnameの語尾が小さく揺れている。nameはいつだって真っ直ぐに俺をみてくれていたのに。自嘲に変わった後悔を握りしめるようにnameの指を絡めた。今度こそ二人で、歩み出そうか。

 教室へ繋がる廊下の手前、ドアの前で立ち止まる。取っ手に伸ばしかけた手をnameの輪郭に移すと、桃色の唇が薄く開いた。瞬きも忘れたまま、俺に口づけられるままのnameが愛おしくてもう一度抱きしめた。

「行こう」

 廊下へ出れば歓迎会の談笑する声が聞こえてくる。ぽかんとしたままのnameの手をもう一度引いた。皆の前に出すのが口惜しいほど、綺麗な微笑みを湛えた横顔を眺めながら。