- ナノ -
Miroirs template - QUATTRO

紛れもない朝

※軽微な夢主モブレ表現あり
※未成年者描写有






 無機質なコンクリート造りの部屋は、男の声が遠のいてもよく反響した。秩序なく跳ね返る音は濁って、言葉の意味はほとんど掴めないけれど。

 恐らく、十三回目の尋問。代わる代わるこの堅牢に立ち入る彼らは、十四日前までの年上の部下であった者や根出身の忍たち。

 主に上体を中心に張り巡らされた縄に吊られたところから、今しがた剥き出しのマットレスに身体が解放されたばかりだ。自分の意志で四肢を動かすのは数日ぶりで、関節は既に動くことを放棄したように軋む。

 私のものか誰のものか、背や肌に滲む体液に沈んでいく感覚がする。

 私はどうやらカカシさん以来の年少での入隊だった。少しすると、地下での一番の花形任務である暁の偵察任務に着任した。

 そして、少し前から個別に言い渡されていたうちはオビト生存確認の動向追跡の秘密裏の偵察任務。
 ずっと問題なく進んでいたのに、どういうわけだかここにきて内容の一部が漏れたのだ。

 そして、その夜は私を飲み込んでいった。

 ごく数時間の任務に出向いて返ってくる、という暗部の上忍にしては随分と低ランクの暗殺任務を”人手が足りないから”と唐突に言い渡された。

 この低級の任務に最初に抱いたのは何より違和感だった。それは私が上忍だからだとか、隊長だからだとか、そういうことではなくただ急ぐ理由が腑に落ちない。
 それも道中で他里の暗部に妨害を受けたことで、自分が簡単な任務に呼び出されたことにも一定の理解を抱えるに至った。

 けれど、別の任務帰りでの唐突な依頼に、装備変えもそこそこに軽装で赴いて応戦したためにほんの十数分帰還が遅れた。

 そこからまるで導かれることが決まっていたかのように、この分厚いセメント固めの立方体に押し込められた。
 
 しかし、はじめは尋問らしさをなしていたそれも、三日目には尋問担当であるはずの特別上忍が外されてからは、暗部の部隊長格以上が中心となっていった。

 特殊部隊、といえば随分と聞こえがいいが、結局地下の、狭く薄暗い世界。そこで息をし続けていけるのは、どこかに屈折した部分があるか、そこでしか生きていけないような異様な部分を持ち合わせる者だけだ。

 ともすれば、そこで好意が向けられるとしたら、それは大抵一方的に粘度高く押し付けられるものだったし、それ以外に比較的対等に、双方向的に感じ取れるものと言えば、剥き出しの闘争心だけだった。

 案の定四日目には、たちまち封印札は覆いかぶさる男たちに、手足首の縛めは身体を開くためだけの赤縄にかわっていった。今度の緊縛は規定の拘束手順にはない、肉の厚い部分を、女である身体を強調するようにして、天井まで伝っている。

 ここ数年、長期任務のキャンプでもたまに感じるようになっていたそれと同質の視線が堰を切ったように注がれる。
 そうして、いつもたいてい三、四人の男たちがじっとりとした視線をむけては、私の身体の隅々まで群がるように嬲った。


 最初は大義めいた意味を乗せていた声も、次第に下劣な言葉を吐くだけになって熱っていくばかりだ。

 入隊してまもなく幸か不幸か私の任務の等級は跳ねあがっていき、それに連なって階級も上がれば対薬剤や拷問耐性をつける訓練に参加した。身を守るためのものだから、年齢や性別も関係ない。

 だから今日まで随分と持ちこたえてしまったけれど、尋問とやらは、容易に私刑めいた凌辱に姿をかえていったから、私の表情や反応を執拗に追っていたことが少しこたえていた。

 だけど、一度に数人がかりで私の身体を効率的に貪っていくのが基本的動作だ。だから男たちは、最後に自分の体液で汚れた私の顔を眺めるという以外では、表情を楽しむことの優先順位を下げていった。このことは、ここ十三日の間で起こった、たった一つの良いことだった。

 連日昼夜を問わず、手や、腿や、口や、性器に、任務帰りの昂ぶりを孕んだ欲望が、ほぼ常に詰め込まれていたし、束の間の休息には、定期的に血管からは媚薬と、睡眠薬か、あるいは何かレーションに代わる栄養補給用の注射液が注入されていたと思う。

 ここに捕らえられる前に比べて、いま自分というものが物質的に何パーセントくらい残っているのか分からないけれど、とにかくまだこうして思案したり、今までの救助や、もしくは殺しの記憶も引き出せるようだ。
 


 どうして最終的に決断したかと言われれば、避妊処置の期限が切れそうだったから、が妥当だったかもしれない。つまり、面倒事は大抵つまらないし、そのつまらない下劣に長時間付き合わされるのは退屈だから。

「……お前ばっかり」

 太い腕に混じって、まだどこか頼りなさを残す前腕があった。前には任務も共にした記憶のある、現在の最年少となった二つ下の少年が、呼吸を荒くして私を責め立てる中でそう漏らした。

 つぎに、私からできる限りすべてを奪うように口内から犯す。

 他のすべての者は、単なる慰みものとして私に欲望を叩きつけて牢を去って行く。だけどこの少年だけはまるで腐乱した死体が形を無くすまで啄む獣のように、私への劫掠の瞳を絶やさない。

「ダンゾウ様の好みだけありますね」
「あっはは、あなたもね」

 ダンゾウの右腕となる者の中の最側近は寵童を兼ねている。これは公にされていないだけで、噂なんかじゃない。

 根を含めて暗部に幼いころから居続ける人間はみな、誰も気にも止めない孤児や売りに出されるような子どもたちだから成立している。どんな任務にあたっても誰も知ろうとはしないし、所在不明になっても誰も探さないのだから。

 かくいう私も、アカデミー帰りに自宅で義父に犯されていたところを忍に助けてもらったつてで暗部に入隊した。私の場合はダンゾウの手の者でなく、当時のミナト先生の班の忍たちだったけれど。

 地下とはいえ、奴隷かそれ以下のように使い古されていたところを、一人の忍として食事や衣服を与えられ、任務まできめ細かに指導を受ける。誰もがその仕組みから漏れることなく、だ。

 火影とダンゾウで分け合う形で成立している暗部の中で、突如として生きる意義を得た者がダンゾウの引き抜きに忠誠を誓うのも自然なことだと思う。

 それでも、飼い主と檻がかわるだけの生活なら、一人で自由にやっていきたい。そう思ったことでかえって目を付けられたのが私で、彼はこれに大義を感じた。

 ただ好みの差だろう。たとえば、行為の中で押さえつける部分が手首かもしくは、いまのように首かとか、そういったほぼ本能的な部分の好み。

「はは、何がそんなにイイんだか」
「っ……調子に乗るなよ」

 鼻で笑うと、首元にかけられた手が私の気道を塞ごうとぎりぎりと力を増していく。正直、薬と強制的な快楽に抗う術をなくしたままだった。下腹が熱に任せてひくひくと痙攣すると、なぜか胸のうちが凍るように冷えた。それをかき消すように胎内にじっとりと熱を感じる。

 私を縛めているこの間は、この少年も腰に輝く刃の小さな光のまやかしから逃れられているのだろうか。絶対的な隙ができるときに、格上相手に熟知された忍装束赴くほどなにが彼を染めていたのだろうか。陳腐な疑問が脳をかすめたときには、少年の首は裂けて、私の上体のうえでぐったりとしていた。まだ痺れの残る手指でも、防衛を忘れた格好では十分すぎる余白だった。


 十三日目までに、幾度かダンゾウという言葉とその文脈の断片を聞いた。志村ダンゾウが私の手持ちの任務に絡んでいたとするならば、木の葉に張る根は想像よりはるかに深度が深く暗いところまでのびている。

 そしてその根を肥やすための情報をはからずしも提供している私を、ダンゾウが使い捨てるとは思い難いからだ。面倒だから、ほぼ気まぐれで鎖を断って地下を抜けた。




 初めて家出した日の空を覚えている。やわらかいブルーとピンクで、優しい色をしていた。そんな日を思い出していた。そして空が破れた。

 久方ぶりに包まれた空、夜と朝とが溶け合った境界線。淡い直線が、ぐしゃりとしわを寄せる。そうして極黒の口を薄く開け、再び暁の空を取り戻した。

「はは、本当に……木の葉らしいな」
「っ、は」

 淡い光が明かしていく目の前の景色に、掠れた呼吸がさらに喉の奥で擦り切れていく。

「そうは思わないか、name?……お前ほどの忍を、癒みものにするなんて、なぁ?」

 手首に重たくもたげる鉄の縛めを、昨夜までとは別の男の手が掬う。息を喉の奥に詰める感情の所以は、珍しい術式に狼狽えたわけでも、ほぼ急襲の体を様してしまった恐怖でもなかった。
 ただ、とつぜんに源泉のように湧き出した願いに似た感情を持て余していた。

 輪郭に沿うように異質な面が肌を逆撫でる。すると、血液とは別の錆の臭いが鼻腔を掠める。

 鼓膜を揺らすのは、想定より低い響き。ひとたび足を取られれば、簡単に引き込まれる渦のような引力を帯びた音。

 片目の面の男が耳元に顔を寄せる。水晶体の奥から滲むように灯る赤。すべてを見通しながら、どこも見定めないその瞳は、いかなる他者の侵入をも許さない拒絶の既視感。


 まだ朝霧のかかる森の中、尋問の痕跡を全身に残したまま彷徨う私を包む影の投影するのは、火影の白い傘ではなく漆黒の外套だ。そしてその持ち主が面を上げる。偵察対象の瞳力、系譜。

「オ、ビト……」
「カカシにお前の父親を殺させて、お前は自由を手に入れた」

 あの日、居合わせたオビトとカカシさんは権力者である義父を捕らえに来たところで、私を犯し殺そうとしたところを、カカシさんが貫いた。

 オビトはそれを止める形だったと思う。私の父なのだから、と。オビトらしいと思った。

 つらい役目をカカシさんには追わせてしまったし、オビトもあのあとあの戦まで、ずっと申し訳なさげだった記憶が色を取り戻していく。

 私の方はといえば、すべてが暴露された義父のとっさの暴行で、視界の端で赤い飛沫が舞うのを見てそこで意識を失ったままだった。

 だから、その後彼らがどうして私をあの屋敷から出したかはよく知らないままだった。知る間もなく戦いは進行して、みんな散り散りになっていたから。

 私に起きたことはよく知らないけど、オビトにその後起きたことはここ数週間で急速に調べがついた。

 あとは、渦巻きの面の裏側にいるトビという人物がオビトに関することをどこまで知っているのか、というところだった。

「なあ。じゃあ今度は、どうすればいいと思う?name」
「……え?」
「言えよ、あの時みたいに。今度は、俺にも」
「……ころ、して。あの男を」

 背中にかかる異質の腕は少し冷たい。汚れたままの私の後頭部を撫でる手が小さく震える。愛を囁いた後みたいに呼吸するオビトの体温が私を包んでいた。

 忌々しい名前は吐き出す前に口づけがかき消した。今まで知らない、凝固していたどこかが解けるようなキスの感覚。
 朝露を含んだ草と、土の臭い。

 別った時をかき集めるように、オビトの背中に腕を回して背中にしがみ付いた。あの頃より随分とたくましくなった背中、あの頃よりずっと傷ついている背中に。

 視線を合わせると迷いのない瞳が赤く輝く。ぐらり、幻術に落ちる感覚すら心地いい。弛緩した身体を任せると、雫が頬を伝う感覚がした。

 一瞬オビトの瞳が見開かれた。下唇を噛み締めるなつかしい表情。だけど、その瞳の意志はあのころとは違う、黒と赤の意志を刻んだ瞳。

 この瞳をきっとこの外套は否定しない、そう確信できた。黒と、赤と、また黒にうずもれる。同じ陰に帰るから。