消えない痕 | ナノ

 彼と初めて会った時、私はこんなに格好良い人がいるんだと驚いた。あれは確か入学式の翌日、遠目で見た彼は上級生の女子たちからきゃあきゃあと黄色い声援を送られ持て囃されていた。
その女子たちが話していた会話から彼の名前は“及川徹”。
私よりも学年が一つ上なのだと知った。

それから暫く経ったある日のこと私の教室に彼がやって来た。

「あ、そこの君」

「は、はい?」

 理由は私が落としたキーホルダーを彼が偶然拾い持ち主を探していたら私のクラスの女子からキーホルダーは私の物と教えてもったのでわざわざ彼が届けに来たという訳だ。
よかった、よかった、と嬉しそうに微笑む彼を見て私は恋に落ちた。
多分、青葉城西の女子生徒なら誰しもが一度くらい彼に恋心を抱いても不思議はないと思う。見た目も格好良いのだが彼は女子には特別優しいのだ。
だって廊下で擦れ違う女子には必ずニコニコと優しく微笑みながら手を振っているような人だ。
まあ今となって思うのだけれど彼の本性を知らない人間は彼の罠にまんまと引っ掛かるのだろうな。
彼が私の落とし物を拾ってくれて数日経ったある日私に彼と再び話せる機会が訪れた。
職員室の前をたまたま通りかかった私に担任の先生が教室まで悪いけれどノートを運んでくれないか?と私に頼んできた。私は断れずにただ頷いてノートを受け取ったはいいが階段を上り自分の教室まで行くのは無理があった。そんな悩んで立ち尽くしていた私に声をかけてきてくれたのは彼だった。

「あれ、君は確かキーホルダーの…何してるの?」

振り向くと紙パックのジュース片手に彼は優しい笑みを浮かべながら首を傾げた。

「え、あの…先生からノート運ぶように頼まれて…」

突然現れた彼に私は驚いて喋るのも緊張して上手く説明しようとしてもなかなか言えず途切れ途切れになってしまった。
なのに彼は私が言おうとしてることを理解したようで私の頭を軽く撫でると「手伝ってあげるよ」と言ってきた。

「え、いやいいですいいです…そんなつもりじゃ」

「いいからいいから先輩には甘えときなよ」

彼は私が両手で持っていたノートを無理矢理引ったくるとひょいっと軽々しく片手でノートを抱えた。するとノートが意外にも重かったからだろうか彼は少しふらついた。

「せ、先輩っ」

「あはは、片手じゃ流石にキツいかも」

彼はそう言うと私に紙パックのジュースを手渡すと持っててと小さく呟いた。
私が頷くと彼は両手でノートを持ち直した。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫!あ、そのジュース良かったら飲んでもいいよー」

彼は冗談っぽくそう言うとゆっくりと歩き出した。私は慌て彼の後を追いかけながらも先程渡された紙パックのジュースに刺さってあるストローにどうしても少し目線がいってしまう。
そう、彼が口をつけていた場所に。いくら彼が冗談でそう言ったことでも私は意識してしまい頬を赤く染めてしまった。

「ねえ、こっちだよね?」

前を歩いていた彼が顔だけ此方を振り向いて尋ねてきたので私は顔を少し俯きながら「はい」と呟いた。彼にはこんな顔を見せたくなかった。

「…祐香ちゃんさ」

「は、はい?」

彼が私の名前を呼んだ瞬間、私の胸は高鳴った。何で彼が私の名前を知っているのかなんてどうでもいい。ただ呼ばれるのが嬉しかった。

「可愛いよね、素直で分かりやすくて俺祐香ちゃんみたいな子凄くタイプなんだよね」

これはお世辞だ、本気にしちゃダメなのに私の思考回路は混乱する。
何か言わなきゃいけないのに恥ずかしくて何も言葉が出てこないし顔はどんどん赤くなる。どうしよう。




「あ、ここだよね?祐香ちゃんの教室…」

結局教室に着くまでの間私は黙ったままだった。

「ありがとうございました」

「いいよ、いいよ…あ、結局飲まなかったんだ」

私が彼に紙パックのジュースを差し出すと彼はきょとんとした顔で私を見つめた。

「え、あ…だって流石に」

「残念だな〜、祐香ちゃんと間接キス出来ると思ったのに」

 彼はそう言うと時計を確認して休み時間が後五分しか無いことを確認すると少し慌てながら私に手を振って廊下を駆けていった。

03 始まり

(もう随分と昔のような気がするの)


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