「…実はな再婚することにしたんだ」
私を見るなり、真剣な顔をして目の前に居る父はそう言った。
父は横にいる女に見つめるとどこか照れ臭そうに微笑んでいた。私が驚いて何も言えずにいると父は再び私を見つめた。
「一緒に暮らすのも色々と気まずいと思ってな、お前は学校近くのマンションを借りてやるからそこに住むといい」
嫌だ。何でどうして勝手に決めるの?と私は言いたかったのに口から出た言葉は
「わかった、もうすぐ私高校生だし独り暮らし頑張るね」だった。
ピッ…ピピッ、ピピピピ
携帯のアラーム音が聞こえて夢から目が覚めた。私は慌て手を伸ばしてアラームを停止させた。久しぶりに見た夢は過去にあったことで私にとっては悪夢だった。
「…最悪だ」
私はゆっくりとベッドから起き上がり水を飲もうとふらふらと歩いて台所へ向かった。
ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して飲みながらリビングへと歩いた。
リビングのソファーには昨日突然私の所に現れた彼がすやすやと眠っている。
今の時刻は6時30分。
いつもより少し早めに起きた私は身支度をすませると台所に立って料理をし始めた。
ちなみに私と彼の今日の朝食と昼食をだ。彼の好物や苦手な物をまだ把握していないのでなるべくシンプルで無難な洋食を目標に私は歌を口ずさみながら私は包丁で材料を次々と切り分けていった。
リビングのテーブルに料理を並べ終わる頃には彼も起きていた。寝起きだからなのか彼はぼんやりとした目を擦りながら私を見つめて話しかけてきた。
「…これは朝食か?」
「はい、良かったら召し上がってください」
「葉月は料理上手なんだな」
私が作った朝食を見ると彼は笑顔でそう言った。私よりも年上なくせになんでこんな笑顔が可愛いというかカッコいいというか、とにかく素敵だと思った。
「あ、洗面所が奥行って左にあるんで良かったら…」
「ん、顔洗ってくる」
手をヒラヒラと振りながら彼は歩いて洗面所へと向かって行った。今のうちに洗濯物を外に干しておこうとベランダに出た。ベランダから見えた空は真っ青でこの天気なら洗濯物もよく乾くだろうなと思うとついつい歌を口ずさみながら洗濯物を干してしまう。ふと後ろを見ると彼が窓からベランダにいる私を覗き込んでいた。
「あ、アーサーさん?」
「洗濯物か?」
「ええ、今日は天気が良いのでたくさん干そうかと」
私はそう言いながら洗濯物を干し終えた。
今日私は学校が早く終わるのだが私が帰ってくる頃にはきっと乾いているはずだ。
「そうか…あの葉月はそろそろ朝飯食わねぇと遅刻するんじゃ」
「遅刻の心配しなくて大丈夫ですよ、でもそろそろ一緒に食べましょうか」
私がそう言うと彼は少し口許を緩めて笑ったような気がした。
家で誰かと食事をするのは久しぶりで少し胸が踊る。
私は椅子に座ると朝食を並べているテーブルを見つめた。こんなに張り切って料理を作ったのも久しぶりかもしれない。独り暮らしをしていてこんな風に誰かと一緒に過ごせるなんて思ってなかった。
「葉月は何年くらい独り暮らししてるんだ?」
朝食を食べている時に彼からの突然な質問。
私は少し驚いて持っていたフォークを床に落としそうになってしまった。
「あっ」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫です」
私はフォークをもう少しで床すれすれな所でキャッチをした。上手くキャッチ出来るとは思ってなかったので安心した。
「えっと、もう数年くらい前から」
「そうか…偉いな」
「ありがとうございます」
“偉いな”と彼が褒めてくれた本来ならばお世辞でも言われて嬉しい言葉なはずだが私は素直に喜べなかった。だって私はまだ不完全なんだから。
私の声のトーンが先程と比べて低くなったことに彼は不安そうに私を見つめてきた。
「なあ、葉月」
「すみません。
そろそろ行かなければならない時間なので」
本当はまだ時間はあったが居心地が悪かったので嘘を吐いた。嘘を吐くのは心が痛んだが私はそれを誤魔化すかのように立ち上がり食器を台所の流し場に置いた。
「お、おう…行ってらっしゃい」
「帰りは13時過ぎ頃になりますんで…行ってきます」
私はそう言うと鞄を持って外へ出た。異世界に来たばかりだと言うのに一人にさせるなんて彼には悪いことをしたと思う。心細いはずなのに彼はどこか冷静で私より年上だからって言うのもあるかもしれないけど、彼は見た目は二十代だが実際は二十代どころかもっと年上なわけで流石落ち着いているなとか思ってしまう。
だけど彼は時々悲しそうに眉を下げる、もしかして本当は寂しいんじゃ?
「結城さん、おはよ」
「葉月ちゃんおはよー!」
「お、おはよ」
学校に着くとすれ違うクラスメイトの女子達から挨拶言われて私は少し慌てて返事をすると手を振った。するとクラスメイトの女子達はニコニコしながら手を振り返すと駆け足で階段を上っていく、そんな女子達を見ていて私は朝なのに皆元気だなぁ、と少し羨ましく思った。
でもあんなに急いでもしかしたら今日は何かあったのだろうか?私は階段の邪魔にならない場所で少し立ち止まって考えてみたが何も思い浮かばない。
溜め息を吐きながら私は再び階段を上り始めた。すると携帯が鳴り響いた。
誰からだろうと思って確認したらバイト先の先輩からのメールだった。そういえば昨日の夜にヘタリアを私に贈った先輩に色々と訊こうと質問メールを送ったのを忘れていた。
メールを開くと女子特有のきゃぴきゃぴした可愛いらしい文章で私が質問した答えが返ってきていた。私が質問した内容とは、ヘタリアの漫画の内容とアーサー・カークランドさん、いやイギリスと言うキャラクターについての二点だ。
私が先輩から貰った漫画は、一巻と二巻だけだったのでその先が知りたかったのだが、まだ完結してない作品らしくて内容はよくわからなかった。キャラクターについては…まあなんと言うか先輩は私が彼を好きだと勘違いしてやや少しテンション高く送ってきた。
頼りになると思っていたのだが、期待が外れた。私は携帯を再びしまうと階段を上り終えて教室の前へと向かい教室のドアを静かに開けた。
何やらクラスメイト達が騒がしい、黒板の前に皆群がっている。黒板に何が書いてあるかを見ようとしたがクラスメイト達が黒板の前からなかなか離れないため、私はクラスメイト達の隙間から頑張って黒板を覗き込もうと背伸びをした。
するとやっと見えた黒板は「自習」の文字があった。どうやら先生が体調不良のため今日の一、二限の授業は自習となるらしい。
私はその文字を見た瞬間走り出していた。
今まで私は真面目に学校生活を送っていたサボるなんてことは一度も無かったのに何かが吹っ切れた。
家へと戻り鍵を開け中に入ると彼は目を驚いた様子で私を見つめてきた。
「わ、忘れ物でもしたのか?」
「いえ、違います…実はっ…その」
私は走ってきた所為で息を切らして途切れ途切れになりながらも喋り続けた。そんな私の話を彼は黙って聞いてくれている。私は少し黙って深く深呼吸をすると彼を見つめた。
「大丈夫か?」
「アーサーさん…っ、少し早いですけど買い物行きましょう」
私がそう言うと彼はきょとんと目を丸めて私の頭を幾度か撫でるとくすっと笑っていた。