「あ、もしかして電話番号間違え…」
「何度も確かめた、それに俺が彼奴の電話番号間違えるわけがない」
彼はそう言うと深く溜め息を吐いた。手違いで知らない場所に来て友人とも連絡が取れない、そんな状況におかれた彼の気持ちを考えると溜め息も吐きたくなるだろう。
「あの、アーサーさん」
「なんだよ、」
「良かったらお茶でも飲みませんか?」
「いや、今はそんな気分じゃ…」
「少し落ち着いてから、これからの事を考えましょうよ。私も出来る限り力を貸しますから」
私がそう言うと彼は「…それもそうだな」と呟くと何度か頷いた。
私は台所に向かうと紅茶の茶葉を探した。確か御中元で頂いたのを戸棚にしまいこんだはずだなのになかなか見つからない、何故だろうかティーバッグのお茶はすぐ見つかったのだが流石に本場の方にお出しするのに失礼だろう。
「大丈夫か?」
「あ、はいっ少々お待ちを」
私が台所で音をたてながら動き回っていると心配したのか、彼がとても優しく声をかけてくれた。私ったら自分からお茶飲みませんかなんて言ったくせに全然準備が出来ないなんて…
「あ、あった」
戸棚の一番上を手探りで探していたら冷たい缶がコツンと手に触れた。私は背伸びをして取ろうとすると彼が後ろからひょい、と手を伸ばして缶を取ってくれた。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
「他に何か手伝うことあるか?」
「大丈夫です、アーサーさんは向こうで休んでてください」
私がそう言うと彼は私の頭をぽんぽんと優しく撫でてから台所から出ていった。私は慌てながらお茶の準備を済ませると彼のもとへと向かった。
彼はリビングにあるソファーに座りながらテーブルに置いてあった新聞を読んでいた。
「アーサーさん、」
「お、早いな」
「いえ、遅くなってすみません」
「何で日本人ってのはすぐ謝るんだ?謝らなくていいのによ」
「癖でしょうか…あ、どうぞ」
「ん、頂く」
私はドキドキしながら彼にティーカップを手渡した。彼はそんな私を見て微笑むとティーカップにゆっくりと口を付けた。
「不味かったら残しても大丈夫なんで」
私が苦笑いしながらそう言うと彼は「こんな美味い紅茶を残せねぇよ」と言って紅茶を飲み干してしまった。
「あの、アーサーさん」
「ん?」
「もう一度電話かけてみましょうよ」
「あぁ、わかった」
彼が頷いたので私は再び携帯電話を彼に渡した。彼が電話をかけてる間に私は洗濯物をベランダに干しっぱなしだったのを思い出して慌てて洗濯物を取り込もうとしたら部屋の床に積んであった本を崩してしまった。私は溜め息を吐きながら崩してしまった本を片付けようと手を伸ばした瞬間だった。
「あれ?」
昔バイト先の先輩から貰ったはいいがちゃんと読んでいなかった漫画の表紙に彼そっくりのキャラクターが描かれていた。私は思わず唾をごくりと飲み込むと漫画を持って彼の下へと戻った。
「アーサーさん!」
「あ、葉月…やっぱりダメだった」
「それより、これ…っ」
私は彼に先程の漫画を見せると彼は驚いた様で漫画を見ると目を見開いた。
「な、なんだよ…それ」
「アーサー さん、驚かないで聞いてください私思ったんですがもしかして、アーサーさんは別の世界から」
「え、嘘だろ、」
そう呟いた彼の声は微かに震えていた。もし私が自分が居るのが異世界だったなんて知ったらきっと彼よりも慌てふためいているだろう。
彼は私よりも年上だからだろうか、それとも彼はもっと辛いことを体験してきたから?
「アーサーさん、ここ狭くて何も良いとこありませんが良かったら帰れるまで一緒に住みませんか」
「え?」
「きっと何か帰れる方法があると思うんです、だから」
「…気持ちは嬉しい、でも見るからにお前はガキだ、金はどうする気だ?それにお前は一人で住んでいるわけではないんだろ?」
「両親とは、とある事情で離れて暮らしているし、お金はバイトや両親からの仕送りでなんとかなります」
「でも」
「アーサーさんは私の家で暫く暮らすのが一番安全だと思います」
何故だろう、ついさっき初めて会った人なのに異世界から来た人だからとか同情してるとかではなくて彼に側にいて欲しいなんて。私が必死に彼を一時間くらいかけて説得すると彼はやっと折れた。
「わかった…お前がそこまで言うなら」
「アーサーさん…」
「これからよろしく頼む」
「此方こそ」
彼には今まで物置部屋にしていた部屋を使ってもらうことにした。片付けるのは明日にしてとりあえず今日はリビングで寝てもらうことになった。
色々話していたら時間はあっという間に23時過ぎになっていた。一応彼には夕飯を食べるか訊いたのだが今はとても食べる気分じゃないと言われた。それは私も同じだった。こんな非日常を経験するなんて初めてだし、まだ若干戸惑いがある。だけど私は今までと同じく生活していけばいいが彼は違う。
「あの、アーサーさん」
「ん?」
「私、明日は早く学校が終わるんです良かったら一緒に買い物に行きませんか?」
「え、でも色々とマズイんじゃないか?俺は漫画のキャラクターなんだろ」
彼が不安そうに眉を下げたので私は彼の手をとって「大丈夫ですよ、誰も漫画のキャラクターがいるなんて思いません」と言った。
私だって最初どこかで見たことあるなぁとは思った程度だし、きっと漫画のファンの人でも似てる人がいるなぁと思う程度だろう。
「そうか?」
「はい」
「わかった、是非一緒に行かせてもらう」
彼はそう言うと口許を少し緩めた。とりあえず明日は生活用品などを中心に買わなければ、と私は心の中で呟きながら彼に「おやすみなさい」と言ってリビングを後にした。