「うわっ」
「なまえセンパーイ、どうかしましたかー」
「いや、花弁が」
「花弁、ですかー?」
私は自分の頬についた花弁を取ると私の一歩後ろにいた後輩に見せた。欧州では滅多に御目にかからないのに、任務の帰りにたまたま一本だけ桜の木を見付けるとはもしかして私は結構運が良いのかもしれない。
暗闇で少し見えづらいが辺りを見渡すとこの桜の木の花弁が地面に少し散らばっていた。
ここ何年か見てなかった桜に私は興奮を抑えきれなさそうになるが、後輩が側にいる以上勝手な行動は許されない。
「フランは桜見るの初めて?」
「いえ、一時期日本で過ごした時期があるので何回かは見たことありますー」
後輩はそう言って桜の木へと視線を向けた。
私は暗殺部隊に所属する前までは日本で暮らしていた。ごく普通に学校生活をしてごく普通に将来を歩む予定だった。けれど同級生の沢田の家庭教師のリボーンと出会ってしまったことから私はボンゴレファミリーに入ることになった。入ってからはあっという間に時間が過ぎていったと思う。
中途半端な時期にヴァリアーに入ることになってから色々あって大変だったけれど今じゃ生意気だが可愛い後輩もいる。
何だかんだ言って毎日が楽しいと思える。
やっていることは血生臭いお仕事なのだけれど。
「お花見したいな」
「そう言えばセンパイは日本人でしたねー
やっぱり故郷が恋しくなりますかー?」
「うーん、そういうわけじゃないけど
昔は、よく10代目達と花見したんだけど
そのことを思い出して」
学校の桜が綺麗だからと校内で花見をしようとして風紀委員長から怒られたことや近くの河原沿いの道の桜を皆で見たことが昨日あったかの様に鮮明に頭の中で再生される。
今目の前にある一本だけの桜だと何か物足りない、昔よく見た様なたくさんの桜の木を久しぶりに見たくなった。
「なまえセンパイ」
「ああ、ごめん…そろそろ帰らなきゃね」
後輩から声を掛けられたので謝りながら後輩の方へ振り向くと目には信じられない光景が広がっていた。
「じゃーん、桜ですよー
まあ、ミーの幻覚ですけどねー」
たくさんの桜の木が私の目に映る。しかもどの木も綺麗に満開だ。
幻覚とわかっていても、たくさんの桜には興奮してしまう。
夜だから気を遣ってくれたのか、キラキラとライトアップされてとても幻想的で素敵だった。
幻覚の桜なのだから幻想的で当たり前と言えば当たり前のだが見とれてしまった。
「フランありがとう」
「特別サービスですよー
いつものお礼ですー」
そう言って後輩が照れ臭そうに微笑むものだから私も何だか照れ臭くなってしまった。
私にも蛙帽子を被らされている後輩にも桜はどこか合わないけれど私は嬉しくて泣きそうになる。
後輩の優しさに感極まりそうだ。
「いつか、フランに私が好きだった桜を見せたいな」
「じゃあ楽しみに待ってますねー」
後輩はいつもより素直に返事をすると帰りましょうと私の腕を引っ張った。
すると、少し風が吹いて桜の花弁がまった散り、今度は後輩の頭についた。
私はそれをこっそりと取ろうとしたが後輩に見つかってしまった。
「なまえセンパイ」
「う、うん?」
「なまえセンパイの髪の毛にもついてますよー」
そう言って後輩は私の髪の毛についた花弁を取ると不敵な笑みを浮かべて私の髪の毛にそっと口付けを落とした。
一枚のはなびら
この日、後輩がただの後輩とは思えなくなった。