私は彼にすべてを話した。私が死んでいたはずの人間であること、そして私がなんで暗殺部隊にいるのか。私の話を彼は黙って聞いてくれた。私が話を終えることには温かかったミルクがぬるくなっていた。
「…そんな顔して話すってことはホントのことなんだろ?」
「信じてくれるの?」
「しししし」
彼がいつものように笑ってくれたおかげで私は安心した。信じてもらえてよかったとただ純粋に思った。
「そーいや深緒はさ、死ぬ前は何処で何やってた?」
「私は、日本にいて学校に通っていたの」
「ふーん、家族は?」
「姉が一人だけいたけど仲は良くなかったから別々に暮らしてた
…ベルには家族はいるの?」
「いねーよ」
私の質問に対する答えは先程までの和やかな雰囲気を壊すようなとても冷たい声だった。私はそれ以上彼の家族に対して触れることが出来ないと思った。
「私そろそろ帰るね」
沈黙が続くのか怖かったから私はそう言った。ぬるくなったミルクを飲み干してソファから立ち上がった。
「もう帰んのかよ」
私が部屋から出ようとすると彼は追いかけてきて後ろから私の肩を掴んだ。私は驚いて振り返ると彼の顔がすぐ近くにあった。
「そろそろ眠ろうかなって…」
「眠いならオレのベットで寝てもいいけど」
そう言って彼は私の髪を指で掬い、そっと口をつけた。私は突然のことに身体が固まってしまった。きっと、私の頬は今までにないくらい真っ赤に染まっているに違いないだろう。異性からこんなことされたこと一度だってなかったのだから当然だ。私が戸惑っていると彼は私の顎をくいっと持ち上げた。そして、そのまま顔を近づけてきた。
「深緒」
「べ、べる?」
「………ししっ、キスでもすると思った?」
そう言って彼は大笑いした。どうやら、私はからかわれただけらしい。
「…帰るよ」
「怒んなって、そうだ
明日はお前任務ねーよな?」
「そうだけど」
「お前、ここ来てから任務以外で外出たことねーだろ?
だから明日連れてってやるよ、けってーな」
まるで語尾に音符マークが付きそうなくらいに彼の声は無邪気だった。
次の日、私は彼に無理やり連れられて市街地へとやって来た。流石イタリアだと思った、観光客も多い。映画やドラマで観てきた景色が私の目の前に広がっていて不思議な感じがした。
「しししっ、迷子になるなよ?」
「そうだね、気をつけるよ」
「やっぱ、日本と全然違うだろ?」
「…そりゃあね、違うよ」
石畳の街並みは綺麗だが歩いていて疲れてきた。そう言えば、昔ヨーロッパへ旅行に行く際は靴に注意しろとテレビで観たことがあった気がする。
「深緒は甘いもん好き?」
「普通に好きだよ」
「ししし、王子が奢ってやるよ」
私は彼に腕を掴まれ、彼のオススメのお店へ行くことになった。ホットミルクを出された時に思ったが彼はどうやら甘いものが好きらしい。彼に連れられ歩くこと数分、着いた先はジェラート屋だった。
「深緒、二種類選べよ」
「え、あの…これとこれ」
色とりどりのジェラートがあり、どれにしようか悩んだがとりあえずオススメの味を選んだ。続けて彼も選んだが迷わず即決なところから彼のお気に入りがあることがわかった。店員からジェラートを受け取り、私たちは店の外に出た。
「ねえ、ベル」
「んー?」
「ジェラートってこんな風だっけ」
「日本にもジェラートあんだろ?
だから珍しいのにしてやろーと」
彼から奢ってもらったジェラートはブリオッシュに挟まれているものだった。温かいブリオッシュと冷たいジェラートは何とも新感覚な味わいだった。甘く美味しくて思わず私も笑みを浮かべてしまう。死ぬ前もよく学校帰りにアイスを食べていたな、なんてことを思い出した。
「ありがとね、ベル」
「ししし
あ、そーいやお前のイタリア語だいぶ上達してきたよな」
「この間の任務で標的と会話するの必須だったからね……死ぬ気で覚えたわ
ベルやルッスーリアさんたちとお喋りしてるうちに自然と身についてきたのもあるけど」
「ふーん、お前あのオカマと仲良かったの?」
「まあ、会ったら気にかけてもらっているよ
服とかもよく貰うし…」
「マジかよ、意外だな」
そんな話をしているうちにブリオッシュで挟んでいるジェラートを食べ終わり、また私は彼にあちこち連れまわされた。彼が何を考えて私を連れ出したのかは分からない。けれど、私はこんな風に普段の暗殺とかけ離れた幸せなひと時を送れたことを彼に感謝した。彼と任務以外で、もっと関わりたいと思ってしまった。
「今度は面白いとこ連れて行ってやるよ、ししっ」
ああ、まるで私は恋をしているみたいだと無邪気に笑う彼の背中を見つめながら思った。