護りたいもの | ナノ

「ちっ、お仲間の登場か」

「ししし」

 ナイフをいくつか片手に持ち、それを標的に向けた雲に隠れていた月が丁度顔を出して彼を照らす。
暗闇の中、ナイフが月明かりに照らされた。そして彼はそのナイフを勢いよく標的へと投げた。何故だろうか、その姿は私にはとても幻想的に見えた。

「ベルっ」

「お前はそこを動くなよ、こいつはオレが仕留める」

そう言って再びナイフが宙を舞った。このままナイフが刺されば此方の勝ちだと唾を飲み込んだ、その時だった。標的の男は素早く移動してナイフを避けた。
しかし、彼の攻撃は元々ナイフだけではなくワイヤーも使うものだ。私は彼が何を意図してナイフを投げたのかわかった。

「終わった、の?」

 標的が避けた先には無数のワイヤー、そしてワイヤーを伝ってナイフが標的へと突き刺さる。これがベルフェゴールの、ヴァリアー1の天才の実力だ。計算し尽くされた無駄のない動きは綺麗で私には真似できないと思った。ただ純粋に彼の動きに見惚れていた。

「深緒、怪我は?」
「…たいしたことないよ、それよりごめんなさい」
「ま、オレも今回のはお前のミスだと思うけどさ
大きな怪我がなくて良かったって安心してる」

そう言って彼は私の頭に手を置いたと思うと優しく撫でた。

「…私が強くなれたら、ベルにも迷惑かけないのにね」

「じゃあ強くなりゃ良いじゃん?……って言いたいとこだけど
深緒は何で暗殺部隊なんかいんの?初めて会った時から気になってたっつーか」
「そ、それは…それはね」

 私が理由を話しそうになった瞬間、電子音がそれを遮った。それは連絡用に渡された端末から鳴っていた。どうやら、レヴィさんの方も任務が完了したらしい。

「さーてと、帰るぜ」

そう言うと彼は私の腕を掴んで歩き出した。彼なりに私に気を遣ってくれているんだろうか。そう思うと少し嬉しくて気が緩みそうになる。こんな暖かい気持ちは久しぶりに感じた。一人で頑張ろうと決めたことなのに頼りたくなってしまう。彼と私は住む世界が違うことを忘れそうになって、自分自身が何故ここにいるのかという理由を話してしまいそうになった。話したって信じてもらえないような奇妙な出来事を何故だか彼なら信じてくれるようなそんな気持ちを抱いてしまった。
「だめだな、私」

ポツリと呟いた私に彼は何も声をかけなかった。



 レヴィさんと合流し、私たちはアジトへと向かった。彼は車内でも静かで何だか違和感があった。いつもと違うような雰囲気でどこか話しかけづらい。結局私たちは一言も話さずにアジトへ着いた。レヴィさんはボスへ報告しに行くとすぐにボスの部屋へと向かって行った。私たちも部屋に戻ろうかとした時、彼が口を開いた。

「深緒」
「…なに?」
「シャワー浴びたらオレの部屋に来いよ
じゃ、先行くから」

「………え?」

私が彼の言葉に混乱している間に彼は先に部屋に戻って行ってしまった。どう言う意味で彼が部屋に来いなんて言ったのか考えれば考えるほど私の頭の中はこんがらがっていった。


 シャワーを浴びながらため息をついた。
彼の言葉に他意はないと思う。しかし、こんな時間に異性の部屋に行くのは如何なものだろう。なんか少し、ドキドキする。あんな風にピンチの時に助けてもらったからだろうか、心臓がバクバクとうるさい。シャワーを止めて落ち着かせるために深く深呼吸をした。よくよく考えたら私は死にはしないのだから怖がらずに標的に向かい合えば良かった。だけど何故だろう、あんなに怖かったのは。そして、彼が助けに来てくれた時の安心感は一体何だったんだろう。今、考え込んだところで結論は出ない。私はバスルームから出て、着替えてからの部屋に向かうことにした。


 廊下へ出て隣の部屋をノックする。そういえば誰かの部屋に行くのは初めてだった。

「待ってたぜ、深緒」

部屋のドアを開けて彼はそう言った。早く入れよと彼に腕を引っ張られた。彼が近くに来た時にふわっと良い香りがした。彼もシャワーを浴びたばかりのはずだからシャンプーの匂いだろうか。そういえばいつも頭に乗っている高そうなティアラがないなとかそんなことを考えながら彼に見惚れていた。

「…なあんだよ、人のことジロジロとさ」
「あ、えっとごめんなさい…ティアラどうしたのかなって」
「さっきまで髪乾かしてたから、そこに置いてんの」

そう言うと彼はキャビネットを指差した。確かにそこにはティアラが雑に置かれていた。大切なものではないのか、と思いそうになったがよく見ると彼の部屋はあちこちで物が雑に置かれている。多分整理整頓が出来ないだけなのだろう。

「あ、ソファに座ってろよ
何か飲み物持ってくるから」
「…う、うん」

 部屋の中央にあるソファに腰をかけた。座り心地からこのソファがかなり良いものであることがわかる。この部屋は散らかってはいるが部屋に置いてあるものは全て高そうなものばかり。そういえば、暗殺した報酬ってどれ
くらいなんだろう。私は今まで特に気にしたことがなく、報酬は勝手に作られていた口座に振り込まれているだけだった。後で確認しておこう、そんな風に思っていると彼が戻ってきた。


「なにこれ」

飲み物持ってくると言ったからてっきりコーヒーや紅茶といった飲み物が出てくると思った。しかし、そこにあるのはマグカップに入った白い飲み物。

「ホットミルク」

「見たらわかるよ…ってそうじゃなくて」

「オレ、牛乳好きだから」

そう言って彼は自分の分のマグカップを持って、向かいのソファに腰をかけるとマグカップに口をつけた。

その様子がなんだかおかしくて、普通客人をもてなす場合は自分の好みじゃなくて相手に一言聞くべきじゃないとか思うとつい笑ってしまった。

「…こう見てるとさ、深緒ってただの一般人じゃねーかって思うんだよね」

「どういう意味?」

「そのままの意味だけど?出会った時から疑ってはいたけどさ
お前、なんで暗殺なんてやってんの?」

 いつか私がここにいることを不思議に思う人が出てくるのは仕方ないと思ってはいた。聞かれたら本当のことを答えずに嘘をつけば良いと思っていた。けれど、何故だろうか。彼に嘘をつきたくないと思ってしまう。彼になら本当のことを話したいと思ってしまう。

「わ、私は……私はこの世界の住人ではないの」

 私は彼にすべてを話すことにした。


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