護りたいもの | ナノ

 目を覚ますと吐き気がして洗面所と駆け込み吐いた。
いくら大丈夫だ、殺しにはもう慣れたと思い込んでも心はどんどん汚れていく。
疲労が溜まっていく。
今日はこれから任務だと言うのに私は汚れた口許を洗い流そうと蛇口を捻り水を出した。

 食事を摂る気がわかなかったが、無理矢理パンを口にすると流し込むようにごくりとお茶を飲んだ。
パジャマを脱ぎ捨てて動きやすい服装に着替えてから重いコートを着た。
それから私は拳銃を握り締め自己暗示をかけた。
大丈夫大丈夫大丈夫と私の呟きが静かな部屋に響く。
これからまた血生臭い戦いが始まるのだと考えるだけで頭が痛くなった気がした。

そう言えば今日の任務は彼と一緒だったか。
心配かけたくないから、なるべく顔に出さないようにしよう。
私は鏡の前で数回笑う練習をしてから自分の部屋を出た。

エントランスに向かうと既に彼ともう一人知らない人がいた。
私は少し駆け足で彼の所まで向かうと彼の後ろにいたもう一人の人物に頭を下げた。

「初めまして私は」

「貴様のことは聞いている」

「そうですか…」

「なあ」

 挨拶をしたら少し睨まれた気がした。
もしかして私嫌われている?
それにどこか怖い雰囲気の人。

私は一瞬目を逸らしそうになったが何とか会話を続けようと思った。
でも何を話せばいいか私が困っていると彼が私たちの会話に入ってきた。

「そろそろ行かね?」

私は彼のその言葉に助けられたのだ。

 車での移動中に彼から教えて貰ったのだが怖い雰囲気の人はレヴィさんと言う名前でボスを心から崇拝している人らしい。
だからもしかしたら、いきなり現れて幹部になってしまった深緒のことが気に食わないじゃ?と彼からこっそり言われた。
任務前だと言うのに何だか気まずい。
私は任務に少し不安を感じながら車が目的地へと着くのを待った。

 今日の任務はとあるファミリーのパーティーに潜入してそこのボスと側近を暗殺らしい。
昨日、目を通した任務資料には今日の任務について細かく指示が書かれていた。
今日の任務はパーティーの為、私の格好はいつものコートではなくちゃんとした正装だ。
こんなきちんとした格好をしたのは何年ぶりだろうか。

車から降りてパーティー会場へ向かい受付で偽造した招待状を見せた。
受付は偽造された招待状だとは疑わず私たちをあっさりと会場に通した。

会場の中には高そうな宝石類を纏った人が大勢居て私は思わず苦笑を浮かべた。
私の標的は側近の男性だ。かなりの女好きらしく何とか二人きりになるように誘い込んでから仕留める。
私たちは会場内で別れると私は標的へ探して声をかけた。

「あ、すみません」

「はい?」

「良ければ私とご一緒しません?」

今からの私は大人の女を演じるんだ。


「こんな可愛い御嬢さんからお声を掛けていただけて私は光栄です」

「ふふ、私こそこんな素敵な御方とご一緒出来て嬉しいですわ」

 私の標的である男はこのファミリーのボスの側近なのだがまだ若く確か二十代前半だった気がする。整った顔立ちの男は私ににこやかに微笑んだ。
女好きと言われているが実際は女の方から男に言い寄ることが多いらしく男はどんな女から声を掛けられてもエスコートしてくれるまるで王子様。
話し方も丁寧でどこかの王子様とは大違い。

「二人きりになりたいわ」

標的の耳元で私はそう囁いた。こんなセリフを言うために今日までイタリア語を勉強してきたなんて少し情けない。勿論、イタリア人にとって私の話し方はたどたどしいものなのだろうけど。
私が一瞬そんなことを考えていると標的はゆっくりと私の腰に手を回してこう言ってきた。

「庭へ出て散歩でも如何ですか?」

「まあ、夜の散歩?素敵ね」

 私と標的は騒がしい会場から出て広い庭園へと向かった。
夜だと言うのにあちらこちらに灯りがあるので少し明るい。
その明かりの所為で庭園の薔薇がとても幻想的に見えた。

花に囲まれながらの暗殺も悪くないか。
私がそう思っていたら標的がこの先に池があると言って私の腕を引っ張った。
丁度月が隠れて灯りもなく真っ暗な池を見て私は黙ってしまった。すると標的は私の後ろに立って私の肩を掴んだ。

「夜の池も幻想的だろ?ヴァリアーさん」

 先程とは違う標的の口調に私はぞくりと冷や汗をかいた。
いつからバレていた?バレるはずないのに。
私はどこで失敗をした?していないはずだ。
頭の中で自問自答しながら私は標的がどう動くか待った。

「黙ることないだろ?楽しくお話しよーよ」

下手に相手を刺激してはならない。
私は確実にそして正確に任務を成功させなければならない。
上手くいかない、こんなの初めてだ。
私は悔しくて唇を噛んだ。
助けは期待できない、彼とレヴィさんは自分の標的で一杯一杯だろう。
それに私は彼たちに迷惑をかけたくない。

標的の一瞬の隙をつき私は標的から距離をとる。
そして急いで銃口を標的へと向けた。

「形勢逆転よ」

「それはどうかな?」

標的はどこからか拳銃を取り出すと素早く引き金を引いた。弾丸が私の肩を掠り私は思わず後退ってしまった。

「あっ…」

 私はどこか変な感じがして自分の後ろを振り返った。すると暗闇で少々分かりづらいが池があり、あともう一歩後ろに下がっていたら私はきっと池に落ちていただろう。
私は再び唇を噛み締めた。私は泳ぎが得意ではない。ましてやこの動きづらいドレスで池に落ちたら…考えるだけで鳥肌がたつ。

「情報さえ吐いてくれれば殺しはしないさ」

冷たい声で言い放つ標的を私は睨み付けると震える手で引き金を引いた。
当然標的に当たるはずもなく、私は悔しくて先程よりも強く唇を噛んだ。すると唇は少し切れたのか口の中に血の味が広がる。

もうだめと思った瞬間私と標的の間を通った見覚えのある特徴的なナイフ。
私は今まで堪えていた涙が一気に溢れ出した。

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