「怖かったね、俐音」
「せんぱ……」

 もう大丈夫だよ、と自分の方に抱き寄せて優しく頭を撫でられて、暫くは大人しくされるがままになっていたが落ち着いて考えてみると、そもそもの原因は壱都にあるのだと思い直す。

「先輩どういう事ですか」
「面白い事」
「どこが! 私危うく噛み付かれるところだったんですよ!? ガブッて! ガブって!!」
「食わねぇよ」
「じゃあ何しようとしてたって言うんだ、お前!!」

 猫が毛を逆撫でているように威嚇する。
 まだ先ほどの余韻が残っていて壱都にしがみつきながら、なのだが。

「やってほしいのか? ならこっち来い」
「嫌だ!」

 二人のやり取りをにこやかに眺めていた壱都がそっと口を挟む。

「響、やってもいいけどその後ここにあるお菓子全部口の中に詰め込むよ?」
「………」

 黙り込んだ響に満足して頷き、俐音の首に腕を回した。

「で、結局何をしようとしてたの?」
「知りたい? じゃあ俺が変わりにやってあげる」
「やっ、いいです! 全力でお断りいたします!!」

 この世には真実を知らなくて良い事もあるんだと自分に言い聞かせて、力いっぱい拒否する。
 そして、ああそうだと、ここへ来た本来の目的を思い出してどこか残念そうな壱都を押し退けた

「さっき理事長から………ちょっと!!」

 話を聞こうともせず、コーヒーを淹れはじめた壱都と携帯電話を弄り出す響。
 無関係を装う二人に、そうはさせまいと俐音は響の携帯電話を奪った。

「電源切れてるし!」

 見るつもりは無かったが、たまたま目に入った画面は真っ暗で、自分の話を聞かないための小芝居に腹が立って響にそれを投げつけた。

「コーヒーいる?」
「ああ」
「聞けってば!」
「俐音いらない?」
「あ、いります。……って!」

 前に出されたコーヒーを両手で受け取ってから、キッと二人を睨む。
 何度も大きな声を出して疲れた喉を潤してから空になったカップをテーブルに置いた。





「ここに居合わせたからには何もせずに帰るなんて出来ないと思え。つーか絶対手伝わす。心臓止まってたって扱き使う!」
「鬼め……」
「名字からして鬼頭だものね」
「いえ関係ないです」

 一向に話が前に進もうとしない。
 いい加減声を張り上げるのが面倒になってきた俐音はソファに座り、理事長に無理やり押し付けられた雑用をさっさと終わらせて早く帰ろうと二人の説得にあたった。

「何か見返りがあるなら手伝ってもいいよ?」
「はぁ。理事長に言えば……」
「俺は俐音に頼まれたんだけど」

 相変わらず笑顔のままで礼を強いる壱都は、困っている俐音を見て面白がっているようにも見える。

「見返り……見返り、んー? 逆にどういう――もが!」

 言い終わる前に隣に座っていた響の掌に口を塞がれた。
 何をするんだと振り向いたら、バカかと返され。

「壱都にそういう事言うなって。学習能力無いのか」

 ゆっくりと壱都の方を見れば「残念」と全く表情を変えないで言われ、俐音は顔を引きつらせた。

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