次の日、登校してきた俐音が教室に入った途端にクラスメイト達が一斉に振り向いた。

「鬼頭、鬼頭! これ良く撮れてるだろ!」

 笑顔で近寄ってきた一人が手にしていたデジタルカメラを渡してきたので、何気なく映し出された画像を見て大声で叫びそうになるのを何とか堪えた。

「こ、これ……何で!?」
「こっちが聞きたいっつーの。お前等いつの間にこういう仲になってたんだ? 昨日偶然通りかかってビックリしたって!」

 画像は昨日の放課後、校門前での一騒動を映したものだった。

 二人の男子生徒が抱き合っているシーンで、角度が際どいから顔は見えないものの、知っている者が見れば響と俐音だという事は一目瞭然だ。

「こういうってどういう仲だよ! ただの友達に決まってるだろうが!!」
「いやいや、友達とはこんな熱い抱擁しないから。しかもこれどう見てもキスしてるよな?」
「き……キ!? してない! つーか響お前も反論しろ!」

 俐音の席の前にさっきから何食わぬ顔をして座っていた響の襟首を掴んで揺さぶる。

 当事者であるにも拘わらず、何故か好奇の目に晒されているのは俐音だけ。それが無性に腹立たしかった。

「なんだ俐音、ファーストキスだったのか?」
「響ぃ!! 一発殴らせろ!!」
「俐音ちゃん。どーどー」

 響に殴りかかろうとしたが、後ろから穂鷹に押さえられて未遂に終わった。

「あっ穂鷹! 昨日は俺を置いて帰りやがって!!」
「だってオレまで出て行ったら女の子に説得出来なかったでしょ」

 響が俐音を指名した時点で、その先の流れを穂鷹は読んでいた。
 過去に自分も同じ経験をしたからだ。

「そうだ……、お前等よく聞け。あれは響が女の子の告白を断るための芝居だ。間違っても俺らが付き合ってるとかそういう馬鹿らしい話はない! 断じて!!」
「でもキスする必要はないっしょ」
「だからやってない!!」
「朝からヤるだなんて鬼頭ハレンチー」
「お前……」
「おー、これ鬼頭と神奈か? すげーよくこんな堂々とまぁ」

 高校生とは明らかに質が違う、低く落ち着いた大人のものの声が俐音の言葉を遮った。だがその声は明らかに笑いを含んでいる。

 嫌でも聞き馴染んでいるそれに、俐音は血の気が引いた。

 ゆっくり振り返ると、いつの間に教室に入ってきたのか、デジカメをしげしげと眺める担任である増田が立っていた。

「よ、魔性の男!」

 ポンと俐音の肩を叩く増田の顔には、これからこのネタを使ってとことん俐音で遊んでやろうと考えているのがありありと見て取れた。

「ま、魔性ってなんだ、だから俺の話を……」
「世間は反対しても先生は鬼頭達の味方だからな」
「こんな時だけうそ臭い教師の面を被るな! そして話を聞けぇーっ!!」

 息が切れるほど叫ぶも、誰一人聞こうとしない。
 机に手をついて脱力する俐音の背中を気遣わしげにさする穂鷹が「人の噂も七十五日って言うし……」と宥める。

 長すぎる。これから一ヵ月半もの間この苦痛に耐えなければならないのかと気が遠くなりそうだ

「俐音」
「あぁ? んむ……」

 響に呼ばれたかと思うと、口に手を当てられて顔が近づいてきた。
 昨日あった事が俐音の頭の中でフラッシュバックする。

「……な、何、してくれてんだ!」
「昨日やった事実演してみろって増田が言うから」

 どうやら俐音がぐったりしている間に昨日の事をみんなに説明してくれたらしい。

 そう、女の子には見えないように向きを変えていたから気付かれなかったが、響は俐音の口に手を当てたままだったのだ。

「良かったな鬼頭。メモリアルだ」

 ニヤニヤと笑う担任の手にはバッチリとデジタルカメラが構えられていて、そういえばさっきフラッシュが焚かれたようなと思い返す。

「貸せ! 今すぐ削除してやる!!」
「さ、ホームルーム始めるぞー」

 俐音が手を伸ばしても届かないようにヒョイとカメラを持ち上げてから持ち主の生徒に返し、そのまま増田は教卓に向かった。

 その生徒は「鬼頭にもプリントアウトしてあげるから」と楽しそうに笑っている。

「もうやだこんなクラス!!」

 そう切実に訴えてもみんなの笑いを誘うだけだ。

 初めから、誰も二人が友達以上の関係だなんて疑ってはいない。
 ただ俐音の過剰なほどの反応が面白くてからかっているだけ。


 そこに気付かないから、俐音は増田を筆頭にずっと遊ばれて過ごすのだ。

end

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