::恋のferoce 少し前まで木々を彩っていた緑葉は色褪せ、辺り一面がセピアに染まろうとしている。 季節の移り変わりを感じさせる校庭で、俐音は首元を撫でた風の冷たさに身震いをした。 「俐音ちゃん何してるの?」 ふいに後ろから掛けられた声に体が揺れる。 前方にばかり気を取られていたから、心臓が飛び出そうなほどに驚いた。 「馬鹿! こっち来い!!」 声量はかなり落としているが強い口調で言い、穂鷹の腕を引っ張って自分の隣にしゃがませる。 背丈の低い木に体を隠すように屈んでから、穂鷹はどういう事かと俐音に問うた。 ホームルームが終わった後に職員室に寄っていた穂鷹は、先に校舎を出た俐音と響に追いつくべく急いで来たのだ。 校門のすぐ近くまで来たところで木の茂みに小さな背中を見つけて近寄ってみると、案の定それは俐音だった。 「あれ見て」 木の枝を少しだけ退かせて校門の方を指差す俐音の言う通りに視線を向ける。 そこには響と女の子がいた。 ここは男子校だから当然学校から出てくる生徒は男ばかりで、そんな中に赤と黒のチェックのリボンと、それとお揃いのスカートを穿いた女の子は周囲の目を引いた。 「あー、文化祭の時に目付けられたんだよ、きっと」 「なるほどねぇ」 響達が何を話しているのかは全く聞こえてこないものの、この状況だと告白されているのだろうと容易に想像できる。 興味深々で身を乗り出しそうな勢いで俐音と穂鷹は見入っていた。 女の子が二、三言何か喋ると、響は面倒くさそうに腰を屈めて片方の靴を脱ぎ始めた。 一体何を? と思った矢先、その靴が俐音と穂鷹の間を高速で通り抜け、少し後ろで地に着いた。 二人して靴を凝視したまま動けない。 あれが誰の靴で飛んできたスピードから投げた本人の怒りの度合いがどれくらいのものか、理解出来ているだけに微動だに出来ないでいる。 「おい俐音」 普段よりも低い声で名前を呼ばれ、本日二度目となる心臓への過度な負担を体験した。 一度目の純粋な驚きではなく、今回は恐怖も多分に含まれているから余計に鼓動は早く鳴る。 「その靴を持ってこっちに来い」 「はぁ!? 何で俺がそんな事しなきゃいけ、な……い」 響の命令口調にカッと頭に血が上った俐音は勢い良く立ち上がって向き直ったが、語尾は小さく切れ切れになってしまった。 蛇に睨まれた蛙、猫と対峙した鼠 怒れる響の前で俐音は蛙か鼠、要するに弱者だ。 告白現場の見学もとい野次馬は、彼の逆鱗に触れてしまったらしい。 「ほ、穂鷹……」 「何とかしてあげたいのは山々なんだけど、多分オレが出てったら逆にややこしくなっちゃうよ」 だから、このままこっそり帰るね。と中腰で木に隠れながら立ち去った穂鷹を恨みがましく見ていたが、何時までもそうしていられない。 響の靴を拾って渋々彼の所まで持っていった。 「コイツだ」 「は?」 靴を履きながら、俐音の肩に手を置いた響が言った内容が理解できずに聞き返した声が目の前に居る女の子と被さった。 全く何の事か理解出来ない俐音は響のゆるいネクタイを引っ張って顔を寄せてから、女の子に背を向けた。 「話の流れが全く見えないんだけど?」 「付き合ってる奴いんのかって訊かれた」 「……うん?」 ぽんぽんと俐音の頭を叩いてもう一度女の子を見る。 響の言葉を理解しようと必死になっている俐音を放って話を続けるために。 「コイツと付き合ってるから」 「!?」 予想していなかった響の発言に目を剥く俐音だが、それに負けないくらいに女の子も口をあんぐりと開けて驚いていた。 当然だろう。俐音は今制服を着ていて男子高校生になっているのだ。 あまりの事にどう対処していいのか分からない二人を置いて、響は話は終わったと身を翻した。 「ちょ、ちょっと待ってよ! この子男じゃない!!」 「そうだ響、お前トチ狂ったんじゃ……もがっ」 とてもじゃないが響に話を合わせる事が出来なくて、頭に浮かんだ言葉を素直に口にすれば響に素早くその口を手で塞がれてしまった。 「別に男でも問題ないだろ」 ある!! と俐音は叫びたかった。この状態は大いに問題がある。 ギロリと響を睨んだが、目が合った彼は笑った。 普段しかめっ面をしている事が多い響が笑ったのだ。 拙い、と体を捩ってどうにか逃げようとしたが、そこは男と女の力の差で敵わない。 しかも、もう片方の腕を背中に回されてしまえば、なお更動く事など出来ず。 「んーー!!」 響の顔が近づいてきて反射的に目を瞑ってしまった。 「これで納得出来たか?」 すぐ近くからした声に目を開けると、響はまだ俐音を抱えたまま女の子の方に顔だけ向けている。 少しだけ体をずらして俐音も女の子を見ると、彼女は顔を真っ赤にして駆け出してしまった。 それだけで、今何が起こったのか理解し、同時にさっきの女の子に負けないくらい顔が紅潮していくのが分かる。 「響、おま……馬鹿ぁーー!!」 |