安部に闘争心を燃やすのは勝手だけど、本当に私まで巻き込むのはやめてもらいたい。寿命がどんどんと磨り減ってゆく。 「俐音、俐音」 「んー!?」 トントン、と肩を叩かれて逆隣にいた壱都先輩の方を向くと同時に手で口を塞がれた。 「ん? ……甘い」 手を押し付けれれた時に口の中に何かをねじ込まれていた。 歯に当たって硬い音を立てたのがマスカット味の飴だと気づいて安心したけど、心臓に悪い。 なんたってこの人はたまに意味の無い嫌がらせを笑顔でしてくるから。 「ハバネロ味もあるよ」 「いりません!」 「じゃあ響?」 「じゃあって何だ!いらんわっ!」 壱都先輩の手に乗せられているのは、赤い唐辛子といういかにもな絵が描かれている。 そんな飴どこで手に入れてきたんだ……。 「なんだかあっちは楽しそうっすねー」 「しゃべるな、手を動かせ。書類を片付けるのに全神経を集中させろ」 「やだなぁ、みぃさんってばふぉ!」 ドガン!! と重量のあるものが何かにぶつかった音がして驚いて生徒会メンバーの方を見たら、佐原の顔が机に押し込まれていた。 みぃさんが全体重をかけて後頭部を押さえつけている。鼻の骨おれるんじゃないだろうか。 「お前懲りねぇのな」 「自業自得だよね」 「学習能力をどこで落としてきたんだ……」 篤志先輩や安部は笑って終わりだし、直紀も呆れているだけで助ける様子はない。 「ドメスティックバイオレンスだ……」 みぃさんの容赦ない一撃にぽつりと呟いた。 「俐音もいつもしてんじゃねぇか」 「加減はしてるっつの。たまに忘れるけど」 「ほぉ……」 冷ややかに見てくる響の目線が突き刺さる。 まさかこっちに矛先が向いてくるとは思わなかった。 「宮西、これあげる」 壱都先輩がさっきまで手に持っていた飴を無造作に放り投げた。 それを見事キャッチしたみぃさんは佐原の髪を引っ張って上を向かせて、包みを開けた飴を口の中に入れた。 「ん? これな……!」 「守村、押さえてろ」 「あ、はい」 徐々にハバネロの辛さが口の中を充満してきたのか、吐き出そうとした佐原の顎をみぃさんが押さえつけ、暴れられないように直紀が羽交い絞めにしている。 ご、拷問だ。 更に恐ろしいのは元凶である壱都先輩は光景を見ようともせず、書類に目を落としているということだ。 自分でさせといて! 「いっつもこんな事ばっかしてるから仕事が溜まっちゃうんだよー」 「それを馨が言うか」 可笑しそうにしている緒方先輩をスパッと切った小暮先輩は、次々と書類に何かを書き込んでは捲っている。 熟練の事務員のような動きに一瞬見惚れてしまった。 あれって本当に内容確認してるんだろうか。 「でも本当オレもう限界なんだけど……」 「僕もー。という事で、終了!」 バシンと机を叩いた緒方先輩に全員がリアクションを取り損ねた。 「なんかさぁ、思ったより盛り上がらなかったんだよねー。この勝負」 「そこ!? この書類と個人で睨めっこする地味な作業で盛り上がると思ってたんですか!?」 「その辺は笑いの神様が降臨しない? 普通」 「普通しませんよ!」 何無茶な事言ってるんだこの人は。 毎度緒方先輩の思いつきに振り回されるなんて神様もたまったもんじゃないだろう。 「あー、じゃあもうさ。食堂行こう! 大食い対決に変更!」 「勝負になんねぇよ。俐音が一人勝ちだろ」 「響! 人を大食らいみたいに言うな! 食べる回数が多いだけで一回の量は普通だ!」 「へぇ……」 何だその深い深い溜め息は!! 腹立つな! 「大丈夫だよ俐音。食べてる姿はハムスターみたいだから」 「だから何なんですか!? 壱都先輩それ褒めてるつもりですか!?」 「いいじゃん俐音ちゃんハムスター可愛いよ」 そういう問題じゃない。だってあれだろ、ハムスターってちっちゃくて、いっつも種をモリモリ食ってるネズミだろ? もしかして私ってそういうイメージなの!? 常に何か食べてると思われてんの!? 「うわー、直貴助けてー!」 「えっ俺?」 「鬼頭。守村使いたかったら生徒会入れ」 「嫌です」「えぇ!?」 だって、今一瞬のために今後ずっとしんどい思いをするのは嫌だ。 それならこの場を自分一人で切り抜けてみせる! 「勝負も済んだみたいなので俺は帰ります! お疲れ様でした、よい春休みを!!」 言いながら床に置いておいたカバンを手に取りドアへ向かう。 「あー! リンリン逃げたー!」 緒方先輩が非難がましく言ったけれど、知らない。知ったこっちゃない。 これ以上付き合ってられるか。 「ああもう! お腹空いたーーっ!!」 誰もいない廊下に私の叫びが木霊した。 end |