「響も気づいてたなら言えよなぁ……」
「お前が気づいてないとは思わなかったんだよ」
「ていうかこの人何で寝てんの」

 顔を抓りながら、どこまで力を入れたら起きるか実験してると、同じように屈んで佐原を覗き込んだ穂鷹が誰もが思う疑問を口にする。

「あーそれは……。佐原がしつこく宮西先輩にからんでたから……」

 チラッとみぃさんを窺いながら直紀は言葉を濁した。

 そこまで説明してもらえれば大体は想像がつく。つまりはこれは寝ているんじゃなく気絶させられてて、それをやったのはみぃさんだと。

 今のホッチキスの件といい、意外とキレると力技にでるタイプらしい。

「……いってぇだろうが!!」
「へ?」
「……あれ? 俐音くんじゃーん!」
「は?」

 今、物凄く低い声で凄まれた気がしたんだけど。
 荒々しく払い除けられた手はじんじんと痛いし、一瞬だけだったけど有り得ないくらい目が据わってたんだけど。これ佐原だよな?

「久しぶりー。遊びにきたの?じゃあコスプレごっこしちゃうかぁ」
「誰がするかっ!」

 やっぱ佐原だ。さっきのは幻覚幻聴だったんだろう。

「俐音ちゃん離れて! コイツなんか危ないよ!」
「穂鷹の同類だな」
「俐音ちゃんってオレこんな風に見てたの!?」
「まぁ、大体は」
「否定してよ!! オレばっかあつか……」
「それより早くしようよーっ!」

 穂鷹の声に緒方先輩が子どもっぽい喋り方で被せた。
 扱いの酷さは緒方先輩には敵わない。

「じゃ、とりあえず今年度中に終わらせないといけない書類全部って事で」

 冷静に考えた結果、図らずしも自分の仕事量が激減したみーさんは清々しい顔で机の上に山積みになっていたファイルやら紙切れをポンと叩いた。

 篤志先輩も嬉々として自分の手元にあった書類を机の中央に置きやがった。それは自分でやれよ!!

 なんで終業式のこの日までこんなに仕事が残ってんだ、と怒鳴りたくなるくらいの量を目の当たりにすると更にやる気が失せる。

「ご飯を賭けた勝負のせいで昼ご飯食べ損ねる事になる気がするんだけど、どう思う?」
「オレもそうだと思うよ」
「俺もだ……」

 穂鷹と響と三人、諦めの境地に早くも立たされた。
 時間は十二時ジャスト。

 空腹と、いつになったら食事にありつけるのか見当がつかないせいで、気が遠くなり目が虚ろになってきた……。

 くっつけていた長机を離して、二チームに別れ黙々と作業をする事数十分。
 ぐぅぅ、と正直は私のお腹は大きな悲鳴を上げた。

「ここの部屋、何か食べ物ないんですか……」
「あるにはあるけど、敵にはあげられないな」

 実に嘘くさい笑顔を振りまいて、向こうの机に座っている安部が冷蔵庫を指差した。
 何だろう、あの中には何が入ってるんだろう。

「俐音くんこっちおいでー。一緒にラーメン食べようよー。インスタントだけど」

 意外にがっつりだ。
 ていうかインスタント冷やす必要ないだろ!

「いや、この際なんでもいい。そっち行く。佐原の変態っぷりにも耐えてみせる」
「おいでませー」
「ダメだよ俐音ちゃん!」

 立ち上がった私の腕を掴んだ穂鷹を見て、ビクリと体が震えた。
 穂鷹の隣に座っていた緒方先輩まで見えてしまったからだ。

 上目遣いなんて言ったら可愛く聞こえるだろうが、そんなもんじゃない。
 下から呪い殺されそうな目つきでギロっと見上げられて、金縛りにあったみたいに身動きがとれなくなった。

「リンリンお座り」
「……はい」

 さよなら、私のインスタントラーメン。

「だから言ったのに……」
「遅いわ!!」

 穂鷹は隣でずっと緒方先輩の殺気をひしひしと感じていたのだろう。

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