「え、でも近々そうなる予定はスケジュール帳に入ってるでしょ? リンリンに」
「ないってば! 一生ないっていう願望があるくらいだよ!!」
「願望かよ」

 はき捨てる響の言葉も刃物となって突き刺さる。

「ほらっ、猫どっかに行っちゃったじゃない!」

 三人が騒いでいる間に当然だが猫は姿を消してしまっていた。

「俺らのせいみたいに言われてもな」
「さっきミスったの穂鷹だしねー」
「もとはと言えば馨のムチャ投げが原因でしょ!?」
「あれくらい高校球児なら取れるよ」
「違うし!!」

 そもそも、猫を投げる必要など何処にも無かったのだが、他に色々とツッコミ所がありすぎて失念してしまっている。

「もう普通に捕まえよ。うん、普通が一番だよね」

 一番言ってはいけない人物である緒方のその提言通り、十五分後、普通に猫を見つけ出した。

 意外と近くを堂々と我が物顔で歩いていたのだ。

「まーてーい! 今日こそ逃がさんぞ。ルパーン! 行っけー皆の者!」

 ビシッと猫に向かって指を差し、二人に命令した緒方に響は呆れ、穂鷹は苦笑する。

「えーと、じゃあ銭形さんは?」
「現場監督」
「いらねぇー!!」
「普通にするんじゃなかったのかよ……」

 文句を言いつつ追いかけるも、猫の足には適わない。
 徐々に離されかけた時、ちょうど猫を挟むような場所に俐音と彩が歩いているのを発見した。

「りーおんちゃーん!! その猫、捕まえてーぇー!!」

 大声をあげた穂鷹の方にパッと顔を向けて足を止めた俐音は、自分の方へ走ってくる猫の姿を確認すると、そっと両手を胸の前に掲げた。

「おいで」

 すると、逃げるだろうと思われた猫は、穂鷹と響の予想に反して自ら俐音の胸の中に飛び込んだのだった。

「おい……」
「うそーん」
「この猫なに?」

 大人しく自分の腕の中に納まっている猫を見る俐音の瞳は柔らかい。

「理事長に捕まえろって言われたの」
「へぇ、こんな人に馴れた猫に逃げられるなんて何やってんだ」
「いやいやいや! コイツかなり食わせ者だよ!」

 可愛い、と彩に顎を撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らしている猫を指差せば、チラッと目を一瞬だけ向けて、また気持ち良さそうに目を閉じて無視された。

「こ、コイツ……絶対オスだ」

 彩に甘え、更に俐音にすり寄る猫に軽いジェラシーを感じ始めた穂鷹の隣を、やっと追い付いた緒方が満面の笑みで通り過ぎた。

 俐音の、というより猫の前で立ち止まり、ポンとその頭に手を乗せる。

「手間掛けさせてくれたねぇ」
「にぎゃ……っ」

 ぐぐぐっと手に力を入れているらしく、猫の頭が後ろに仰け反る。

「ああぁっ、先輩! 相手は猫ですよ!」
「猫畜生だからこそ、少し過剰な教育をするくらいじゃないと伝わんないよ」

 口元は上がっているのに、瞳は全然笑っていない。
 そんな緒方の手からどうにか猫を放して、俐音は自分が理事長に猫を連れて行くと言い出した。

 もう疲れていたし、自分達ではまた逃げるだろうと考えた三人は素直に俐音に猫を任せる事にする。

「めっちゃ走った……。オレが一番走った気がする」
「体力バカ」
「お前……今日だけで何回バカっつったよ!」
「さぁ? まだ言い足りないな」
「バカ通り越して消しゴムのカスだよね」
「基準は何なの!?」

 もうすぐ文化祭。
 そんな周囲の騒々しい雰囲気に負けもせず、大きな声を上げながら三人はまた、静かな特別棟へと歩いていった。


end

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