「猫って簡単に捕まんの?」
「飼い猫なんだから大丈夫じゃねぇの」
「えー、じゃあこのカゴと網は必要なし?」
「うわっ、何時の間に! ていうか何処から!?」

 何時、何処で手に入れて来たのか、緒方の肩から虫カゴが掛けられており、手に虫取り網が握られていた。

「一応言っとくけど、そのカゴには猫は入んないからね」
「いけるって。三つ折りくらいにすれば」
「ぎゃぁー! 本気!? ねぇ、にゃんこはカブトムシ!?」
「落ち着け、このバカ。哺乳類だ」

 スパンッと気持ちの良いほどの音を立てて響が穂鷹を叩いて落ち着けた。

 緒方のとっぴな発想に驚いて混乱したのだろうが、猫がカブトムシという有り得ない勘違いをするのはどうだろう。

 それにカブトムシが三つ折りに出来るかというと当然出来るはずもない。

「ほんじゃまぁ、これはポイ」

 立ち止まりもせず、カゴと網を無造作に脇に捨てた緒方。

「ちゃんとゴミ箱に捨てろよ」
「生ゴミ? ……猫が」

 ポソリと最後に恐ろしい事を呟いた緒方に穂鷹がまた過剰反応し、響が殴る。

「あははっ! 嘘だってーぇ。あーー! 早速ゴミ発見!!」
「猫だから!!」

 すかさず緒方にツッコミを入れて、食堂のゴミ捨て場付近にいた猫に駆け寄った。

 走って近づいてくる穂鷹達を、瞬きもせずにジッと見ていた猫だったが、手が届きそうな距離までくると、しなやかな動きで退く。

「うおぉっ!!」
「見事なバックステップだったね!」

 はしゃぐ穂鷹と緒方の後ろで響だけがポケットに手を入れたまま、そっぽを向いているのに穂鷹が気付く。

「響ノリ悪っ!! 俐音ちゃんならここでハードかつ可愛らしくツッコんでくれるのに!」
「俺に可愛らしさを求めんのか?」
「……やめとく」

 尤もな返しに穂鷹も目を伏せて静かになった。

「あ!やば……猫忘れてた」

 振り返ったすぐそこで意外にも猫は座って三人を眺めていた。
 飼い猫だけあってか警戒心があるようには見えない。

「あんな迫ったりしたら怖がるよね、そりゃ。おいで、おいでー」

 動物が好きなんだろう事が窺える、優しい笑みを浮かべて穂鷹が手を差し出した。

 そろそろとその手に近づいて顔を擦り寄らせると思われた瞬間に、猫は思い切り前足を穂鷹に振り下ろした。

「いたーっ!! な……なんでっ? 今明らかに懐こうとしてたよね!?」
「馬鹿にされてんじゃないの? もっとこう威厳のある態度で接しなきゃ」

 そう言って緒方は余裕な表情を見せているような気のする猫に素早く近づく。

「必殺! 猫手裏剣!!」

 猫の後ろ足を掴んで、二、三回転した後に、その遠心力を使って力一杯に猫を放り投げた。
 その姿のどこに威厳があるのかは本人にしか理解できない所だ。

「穂鷹―っ、パース!」
「よっしゃ、任された! ――って、やっぱ無理ぃーー!」

 スーパーマンのような体勢で目の前に迫ってきた猫は思い切り爪を出していて、穂鷹に突き刺す勢いだ。

 その眼は鋭く、獲物を狩るハンターそのもの。

 寸での所で避けた穂鷹の脇に軽やかに着地した猫が一瞬ニヤリと笑ったように見えた。

「コイツ性格悪っ!!」
「つーか捕まえろよ手裏剣攻撃」

 ヒュッ

 瞬きをする間もないほんの一瞬、高速で穂鷹の横を通り過ぎたものは、すぐ後ろの木に刺さって振動で上下に揺れている。

 それはよく見るまでもなく長細く薄い鉄板で、それが頬を掠めでもしていたら…、そう考えただけで穂鷹は背筋がゾクリと冷えた。

「何のつもり! オレに積年の恨みでもあるの!? そしてそのネーミングセンスはどうなんでしょうか!?」
「恨みはない。鋭いツッコミ」
「鋭利すぎるから!! 切れ味抜群すぎて心がミンチだよ!!」
「ほーちゃん、何言ってんの?」

 別に上手く言ったつもりはなくても、冷ややかな視線と口調で返されれば傷付くもので。

「ハートブレイク」
「ブロークンハートじゃない?」
「どっちでもいいし、どっちでもないよ!!」

 半ばヤケクソな穂鷹。
 そんなに彼を緒方が放っておくはずもない。

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