大人しく抱えられてたら周囲から視線を感じて顔を上げると、すれ違う生徒やちょっと離れた所にいる奴なんかがこっちを不思議そうに眺めている。

 見るなー! と叫んでやりたい。あの視線ははっきり言って凶器だ。

「も……勘弁してくれ……」

だけど悲痛な訴えを零したその時、保健室に到着してしまった。


 入った途端に独特の匂いが鼻をついて自然と顔が歪む。
 神奈は私達以外誰もいない部屋をズカズカと進んでベッドに私を降ろした。

 乱暴にここまで連れて来たくせに、そっと寝かせてくれた手つきがやたら優しかった。
 いっつもそうだ。このギャップになかなか馴れなくて戸惑ってしまうから嫌い。

「熱計ろっか。オレがやった方がいい?」
「……変態」

 穂鷹の手から体温計をひったくって、ボタンを外したブラウスの隙間から脇に刺した。
 計れるまで目を閉じて待っていたら、控え目に髪を撫でられてまた目を開いた。

「辛そうだね。もっと早く気付いてあげられたら良かった」
「穂鷹寝てたじゃん」
「うん……ホントごめん」

 何で穂鷹が辛そうな顔して謝るんだろう。私が勝手に熱出しただけなのに。

 穂鷹の手を握ったらちょっと冷たくて気持ち良かった。

「悪い事してないのに謝んな。……心配してくれて、ありがと」

 恥ずかしいから横を向いて言った。

 そしたら急に顔のすぐ横に穂鷹の手が置かれて、影ができて視界が暗くなったと思ったら頬に柔らかい感触があって。

 も、もしかして今、キスされた?

「か……神奈ぁー!」

 いつの間にかどこかへ言ってしまった神奈を呼ぶと直ぐに戻って来て、一向に退こうとしない穂鷹を見て顔をしかめた。

「病人に手ぇ出すなよ」
「えー、まだ何もしてないって」

 まだとか言うな!!

「しおらしい俐音ちゃんって珍しいから、ついね」

 思い切り睨み付けたら、苦笑いをしながらゆっくりと体を起こした。
 ついって何だ。こいつマジで変態なのか。

「で、熱は?」
「あぁっ忘れてた……」

 体温計を取り出してみたら「38.6℃」という表示がされてあって、それを覗き込んだ二人の顔が曇る。

「うわぁ……薬、解熱剤とか置いてないのかな」
「いらない。薬は飲まない。多分吐く」
「……ならこれしとけ」

 頭を持ち上げられたと思ったら下に何か差し込まれて、降ろされた頭がそれに当たると冷たかった。氷枕だ。

「寝とけ。ちゃんと起こしてやるから」
「二人は……?」
「大丈夫、ここにいるよ」

 真面目な顔をした神奈と、微笑んでる穂鷹を交互に見てから私は目を瞑った。





 以前に一度だけ保健室に入った時、ここにはもう来ないと決めていた。

 薬品の匂いは吐き気がする。
 この白い空間にいると足が竦みそうになる。
 要らない事を思い出しそうになってしまう。


 ビクッと身体が痙攣して目が覚めた。

 時間の感覚がない。少し寝ていたみたいだけど……。
 手の甲で視界を塞いで、それで初めて汗を掻いているのに気付いた。
 よく覚えてないけど、変な夢を見たように思う。
 思い出そうとすると上手く呼吸が出来ない。

 ああ、やっぱり保健室なんかで寝るんじゃなかった。



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