「いったぁ」
「私も痛、い!?」

 私の右側にいる穂鷹の方に身体を向けていたら、いきなり顎に手を添えられてグイッと顔だけ左に回された。

 人間の首はフクロウみたいに回転するようには出来てないから物凄く苦しいんですけど!

「目が潤んでるぞ」
「それは頭と首が痛いからだ!」

 顎の下にある響の手を机に叩きつけて威嚇したら、後ろから穂鷹に圧し掛かるように抱きつかれて。

 あーもう交互に何なんだよコイツ等は。

「穂鷹重い!」
「我慢、我慢」
「して……たぁまるかぁーっ」

 首に回された腕をまるで服を脱ぐような動作で力いっぱい押し上げる。
 だけど穂鷹も体重を掛けているから重くて仕方ない。

「プリント! 課題!! 私日が暮れるまでに帰りたいんだ!」
「お前家すぐそこだろ」
「気分的に嫌なの! だから穂鷹もサボってないでちゃっちゃかやれ!」
「へーい」

 なんでこんなに話が横にズレて行ってしまうんだろう。





 すでに外は夕陽が沈み始めていて辺りを赤く染めていた。

 これ以上無駄な事に費やす時間はない。
 ちょっと休憩。と言って手を休めようとする穂鷹の手にシャーペンを刺したり、写す方に徹しようとする響に教科書を押し付けて問題を解かせたり。

 それを何度も何度も繰り返して、やっと終らせた私達は電気がついていないと暗くて前が見えない廊下をフラフラと歩いて担任のいる職員室へと向かった。


 中に入ると担任は他の教師とコーヒーを飲みながら談笑していて、その姿に近くにあった灰皿を投げつけたくなった。

「課題終った」

 近づいて三人分のプリントを努めてぶっきら棒に渡すと、担任はパラパラと捲って驚いたように言った。

「マジで全部やったのか」
「……は?」

 やれと言ったのは自分だろう。
 意味が分からないと顔を歪めたら感心したように二,三度頷いてからニヤリと笑った。

「やらないと単位やれんのは本当なんだけどな。別に今日中じゃなくて良かったんだ。『無理に決まってるだろ!?』って突っかかってこなかったし、どうすんのかと思ってたけど……。まさかこんな早く終らせるとはなぁ」
「何それ!? まっちゃん、オレがどんだけ俐音ちゃんに脅されながら頑張ったと思ってんの! 心の傷が増えたんだよ!?」
「鬼頭はスパルタだな」

 全く悪びれず、優雅に脚を組んで笑っているコイツをどうしてくれよう。

「取り敢えず響、思いっきり殴ってくれ」
「全治二ヶ月ってところでどうだ」
「よし」
「よし、じゃないだろ。物騒な奴らめ。お前らはやれば出来る子達だと買っての事だ、許せ」

 非常に軽い口調だった。
 そしてタバコを銜えながら言われても、腹立たしさが倍増するだけ。

「許すか理事長だ! 誰か理事長呼んでくださーい」
「バ……ッ、お前そんな事言ったらマジでひょっこり現れたりするんだぞ!?」
「俺等は困らないもん、アンタ一人怒られろ」
「もんって俐音ちゃん怒ってるわりに可愛い……」
「穂鷹はしゃべるなっ!」
「あーはいはい、もう分かったから帰るぞ」

 何が分かったって言うんだ。
 私の襟首を掴んでドアの方へと引きずる響を睨みながら

「担任のアホー!!」

 職員室を出るときにそう叫んだ。
 そしたら笑いながら「気ぃつけて帰れよー」と返された。





 外に出て上を見上げれば、当然のように星空が広がっていて私はがっくりと肩を落とした。

「まぁまぁ、たまにはこんな違った雰囲気の中帰るのもいいじゃない、趣があって」
「どんなだよ」
「腹減った」

 こうやってさっさと帰った私達は、職員室でのやり取りをずっと見ていた他の教師が

「増田先生は本当に生徒と仲が良いですね」

 なんてふざけた事を言っていたのだと後日知らされ、また盛大に怒るのだった。

end

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