「ななな、何言ってんですか先輩! 三輪は人ですよ一応。限りなく犬に近い人間です。ああぁー! 三輪やらなくていい、それはしなくていいから!」

 お兄ちゃんの言うことならこんなに従順なのに!
 どうして私のは聞いてくれないのかしら!?

 毎日エサを与えてるのに何故か下に見られている母親の気分だ。
 そんなのあげた事無いけど。

 回ろうとしている三輪の肩を抑えて止まらせる。

「でも壱兄怒ってる」

 私と壱都先輩を交互に見て、どっちに従った方が賢明か必死で考えている。

「大丈夫大丈夫。先輩のあれは怒ってるんじゃない」

 ご機嫌が斜めなのは確かだけどその傾斜は至ってゆるやかだ。
 怒ってはないと思う。どっちかっていうとあれはポーズだ。

 怒ってるんだからあんまり我が儘言うなよっていう三輪への牽制。

「ね、先輩」

 片眉を器用に下げて困ったように笑う先輩に、私の考えが正しかったと確信を得た。
 なんだかんだ、お兄ちゃんも弟に甘い。

「三輪プリン持ってきてたんじゃないの?」

 あ!
 声こそ上げなかったものの顔がそんな感じになった。

「俐音プリンあるよ食べる?」
「食べまくる!」

 嬉しそうに目を輝かせながら冷蔵庫にプリンを取りに行った三輪を微笑ましく見つめる。

「ペットに餌付けされてるね」
「ヤベッ!」

 恐るべしスイーツの魔力。
 危うく三輪のさらにペット扱いされるところだった。いや食べるけどもね。

「にしても、みわんこって……」

 ちょっと気に入ったらしい壱都先輩はそう言いながら噛み締めるように笑った。

「壱都先輩もあるんですよ」
「俺?」
「はい、壱都のとを兎っていう漢字にしたら可愛くないですか!? 壱兎! それでラジオにお便りとか書けばいいです!」
「ペンネーム?」

 きょとんとしながら少し顔を斜めにした壱都先輩の仕草が三輪みたいで、やっぱこの兄弟似てると思った。

「俐音どっち?」

 片手に一個ずつプリンの容器を持った三輪はどちらもずいと私の前に出してきた。
 マロンプリンと抹茶プリン。

 どういう基準で選んだんだろう。

 私が手を抹茶プリンに持って行くと、それを凝視する三輪の眉間に皺が寄る。
 だからマロンの方にしようかとそっちに手をやると、それはそれで表情が変わらない。

 ああどっちも食べたいのね。選びきれなくて両方買ったのね。
 ならそう言えっての、ホント言葉足りない。

「どっちも半分こずつしようか」

 ぱっと顔を上げてその手があったかと何度も頷く。

「どうしよ……先輩、三輪が可愛い」
「あげようか?」
「え!?」

 そんな、物じゃないんだから。
 驚いて先輩を見上げたら、いつもながら真顔とも表情がないだけとも取れる、感情の読めない面持ちをしていて。

 鼻歌を歌いながらカップの蓋を開ける三輪をもう一度見る。

「……いいです、動物は知り合いの家にいるペットをたまに可愛がるだけってのが一番いいって菊が言ってました」

 その意味が今とても納得できた。
 三輪との距離はこのくらいがちょうどいいんだ、きっと。

 ちょっと大人になれたような気がした高校一年の冬。


*おまけ*


「抹茶」
「あーはいはい」

 俐音は自分の口に運びかけていた抹茶プリン一欠けらをそのまま三輪の口に放り込んだ。

 三輪の表情がほくほくとしているのは好きなものを食べられているのと、懐いている俐音がきちんと相手をしてくれているからだろう。

 暇になると部屋に遊びに来る三輪だが、目的は自分ではなく俐音である事を壱都はよく知っている。

 ベッドに寝そべってうとうとしているように見せかけて、その実俐音が来るのを今か今かと気を張り巡らせて待ち構えているのを。

 部屋の前を誰かが通るたびに反応して違うと分かると意気消沈するし、俐音だったら跳ね起きて飛びつきに行く。

 あまりの忠犬ぶりに兄である壱都は失笑してしまう。

 俐音は俐音で年下と触れ合う機会があまりないから懐かれるのが嬉しいらしく甲斐甲斐しく世話をするものだから、回を増すごとに三輪の態度があからさまになっていった。

「みわーマロン」
「ん」

 ぱく、と三輪に差し出されたマロンプリンを頬張った俐音を見ていると思う。

 持ちつ持たれつというか、二人のレベルはさして変わらないのではないか。

 スケッチブックに鉛筆を走らせながら、仲良く二人でプリンを突きあっている二人を横目で捉え

「犬と猫を飼っている気分だ」

 などと壱都がぼんやり考えていた事を俐音は知らない。



end

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