「もういい、新しいのあるし。それよりイキナリ名前で呼ぶのかよ」
「心狭いなぁ。だったらお前も俐音って呼べばいいだろ」

 俐音
 そういや、そんな名前だったな。

「女みたいだな」
「直貴サンサイテー。人権侵害―」
「そこまで!?」

 腕に顔を乗せたまま、頬を膨らませていじける姿はどっちかっていうと女だろう。
 改めて見れば見るほどそう思えてくる。

 にしても何時までむくれてる気だ。
 さっきまでのイライラはどこかに行って今度は笑いがこみ上げてきた。

「ハムスターかよ」

 そう言ったら、じっとこっちを黙ったまま見上げてきたから、また機嫌を損ねたのかと思ったけど、その表情は何て言うか不思議そう。

 そこで俺はやっと鬼頭の頭を撫でていることに気付いた。

「わっごめ……っ!!」
「別に。慣れてるし。神奈とかもよくやってくるんだよな」
「あーなんだろ……こう、無意識のうちに?」
「意味わかんない」

 目を少し細めただけだけど、多分今笑ったんだろう。
 そう思ったら何故か顔が熱くなって咄嗟に下を向いた。

 ヤバい、俺病気!?

 徐々に激しくなる動悸を落ち着けようと「相手は男だ、小動物だ」と必死に唱える。

「何て? 聞こえない。あ、硬い」
「うわぁ!!」

 何が硬いかっていうのは俺の髪の毛の事だ。
 俯いてたら鬼頭の目の前に頭がきていたんだろう。だから何気なく触ったっていう、それだけなんだけど。

「直貴?」

 一度も『守村』と呼ばれる事なく『直貴』で定着してしまった。
 それ自体は特に大した事じゃないんだけど、どうしてかこそばゆいような。

「ヤベェ!!」
「お前……大丈夫か? 頭」

 大丈夫じゃないかもしれない。
 これは本気でマズい事になったかもしれない。

 なのに俺を悩ませる元凶はというと呑気に自分の髪と、俺の髪の硬さを比べたりしている。

「鬼頭」
「俐音でいいっつってんのに」
「……俐音?」

 誰かどうしてこんな事になったのか分かりやすく説明してくれ。
 名前呼ぶだけで何でこんなに恥ずかしがらなきゃいけないんだ。信じらんねぇ。

「ところでさ、これそろそろやんないと終わんないんじゃないか?」

 先ほどとは違ってシャーペンに持ち替えて、とんとんとプリントを叩く。
 そうだ、この課題をしなきゃいけないんだった。

 そもそもグループで解かなきゃいけない問題だ。だから俺がわざわざ移動して窓際から寒い廊下側へとやってきた訳だし。

 ここで俺は本当に今更、グループの他の奴らがずっと俺たちの事を黙って見ていたという事実に行き当たったのだった。

「守村ぁ、ひょっとして、ひょっとする?」
「いっくらここにいたら出会いが少ないからってそれはどうよ?」
「うるさいどうもしない!! ひょっとしないー!!」

 どんなに否定してもこれだけ取り乱せば嘘だとバレバレだ。

「最悪だ」

 ニタニタと嫌らしい笑い方をしながら俺をからかって来る奴らと、状況を把握できず選りによって俺に説明を促してくる元凶と。

 残りの時間いっぱい振り回されながらも何とか課題を片付けはしたのだけれど。

 もっと大きな問題がこれからの俺の学園生活に立ちふさがったのだった。


end

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