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 ただ一人神奈だけが不貞腐れている。
 ただ見ているのに早くも飽きてしまった俐音は、右手で抓られていた神奈の頬をぐいと押してみる。

 すると神奈に刺すような鋭い目線で睨まれたかと思うと、空いた右手で頭を鷲掴みされた。
 
「イタタタ……」
「君ら何やってんの」

 呆れた口調でそう言って穂鷹が神奈の手を少し乱暴に退かす。

「いや、ヒマだったから」
「……そうね、オレらいつまでこのまんまなのかな」
「とりあえず座っていい?」

 俐音が自分のイスを引き寄せようとしたら、理事長がいきなりこっちを向いて「ところで、あなた達何でそんなものつけてるの」なんて今更な事を訊いてきた。

「担任にムリヤリ」

 三人は顔を見合わせたが、状況を一番よく分かっているのは俐音で、もう一度腕を見せるように上げて短く言った。

「あんたそんな趣味あったわけ」
「アホか」
「でも手錠は持ってないわよ、普通。しかも二個。何? 何プレイを楽しむつもりだったわけ? 可愛い生徒捕まえて!」

 外してくれる方向に話が行くのかと思ったが、しょっぱなから逸れはじめた。
 いい加減うんざりしてきた俐音は、わざと手錠を揺らして音を立てて注意を引いた。

「早く外してほしいんですけど」
「ホントよ、可哀相じゃない。腕真っ赤になっちゃってるわ。あなた達もぼさっとしてないで舐めるなりしてどうにかしてあげなさいよ」

 俐音の腕を見た後、痛ましげに眉根を寄せたかと思うと、理事長は「ほらっ」と言ってパシンと穂鷹の肩を叩いた。

 何言ってんだこの人。
 そんな事するわけないだろうという俐音の思いとは裏腹に、穂鷹が繋がれた俐音の腕を取って手首を舐めた。

「−−ぎゃあぁ!!」

 動作があまりに自然すぎて一瞬何が起きたのか理解出来なかったけど、ザラッとした感触が生々しく残って悲鳴を上げた。

「なにすんだ! この変態!」
「えーだって理事長の命令だし」
「たとえ目上の人にでも間違いは間違いと言える人間になれ!」

 開き直った穂鷹の態度が気に入らなくて、彼の制服で手首を念入りに拭く。

「俐音ちゃんヒドいー」
「ヒドくない! ちょっと神奈からも言ってやってよ!」
「あ?」

 うわっ、会話に参加しないどころか聞いてなかったのかよ!

 さっきから大人しかったのは、まだ不貞腐れていたのと、もう理事長に関わりたくないと意識的に会話を遮断していたかららしい。



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