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「ふーん、じゃあバレた相手ってのが小暮先輩だったわけね」

 教室の床に置かれた真っ白で大きな紙にシャーペンで薄く文字を書きながら、気持ちのこもらない感想を俐音は述べた。

 先日から彩の挙動不審っぷりは拍車が掛かり、それに小暮が拘わっているであろう事は、小暮から脱兎のごとく逃げている彩を垣間見たから分かっていた。

「あの人と俐音が知り合いだったなんて……」
「小暮先輩ならバレたって問題ないよ。なんなら彩の事説明しておこうか?」
「いい! 言わなくていい!!」

 ぶんぶんと首を横に振る彩を俐音は訝しげに見た。

「でも先輩も気にしてると思うよ。逃げる彩を走って追っかけたくらいだから」
「いいの! あの人とは一切関わらないって決めたの!」

 頑なに拒否する彩に、これ以上は言っても無駄だと思い「分かった」とだけ返しておいた。

「作業は順調か?」

 俐音の隣に座っていた彩の頭に大きな手を乗せて、白い紙を覗き込んできたのは担任の増田だった。

 彩は驚きのあまり体を固くし、俐音は噛み付かんばかりに増田を睨む。

「そのチョークまみれの汚い手を退けろ!」
「おいおい、俺は質問したんだぞ? ちゃんと答えるのが生徒の義務だろ。ちゃんと小学校で習わなかったのか、先生に逆らっちゃいけませんって」
「生憎、そんな軍隊みたいところに行った事はない」
「そりゃ残念。まあ要するにだ、鬼頭みたいな反抗的な生徒は手荒な真似してでも言う事聞かせてやりたくなるのが教師心って事だ」

 どっからどう見ても悪人としかとれない笑みを満面に称えた増田が、「こっちに来い」と手招きをした。

 だが、手荒な真似をすると言われて警戒する俐音がそれに従うわけもなく、睨んだままでいると、更に教師とは思えない言葉を吐いた。

「早くしろ、駒井がどうなってもいいのかぁ?」

 生徒を人質にするなんてコイツ最低だ。教師じゃない。
 というかもう人間じゃない。鬼だ、鬼畜だ。

 心の中で雑言を吐くが、彩を人質に取られてしまっては逆らう事も出来ず、渋々増田の側へ行くと「手を出せ」と言われ、その通り両手を差し出すと目を見張る早業で片腕に一個ずつ手錠がかけられていた。

 自分の腕に取り付けられ、ぷらぷらと揺れる見慣れない銀色の金属を半ば呆然と眺める。

「これはどういう……」
「神奈と成田、二人とも捕獲してこい。連れてこられたらその時にこれ外してやるよ」
「それでもお前教師か!?」
「何とでも言え。ほらさっさと行った方がいいんじゃないのか? なぁ駒井」
「え……あ、俐音」

 ライオンに捕まったウサギのように小刻みに震える彩。
 増田に怯えながらも、俐音に向ける目には申し訳なさが浮かんでいる。

「行ってくりゃいいんだろ、彩に触んな! セクハラで訴えてやる!」
「おっまえ−−−」

 何か言いかけた担任の言葉も聞かず俐音は教室を出た。




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