▼page.6 そっと力なく俐音の手が、首に掛かる福原の手に添えられた。 すると呆気なく福原は手を離す。 短い時間とはいっても、普段圧迫される事の無い首を強い力で絞められればその苦しさは大きい。 俐音は涙を流しながらその場に座り込んだ。 俯いてケホケホと咽ている俐音を、福原は立ったまま見下ろしながらどうしてやろうかと考える。 「ここに来る前に馨達に何も言われなかったの」 「……いっぱい、聞きました。近づくな、とか」 「そう。なのにこの部屋に入ってきたんだから自業自得だよね」 二度と近づけないくらい、一生消えないような傷を刻みつけよう。 この状況になっても真っ直ぐに見つめ返してくる俐音が苛立たしくて、福原は俐音を仰向けに床に倒してその上に覆いかぶさった。 俐音は寝転んだ下が布で良かったと、全く危機感のない事を考えながら左右をゆっくりと確認してみる。 無造作に投げ出された自分の手に当たっている額縁が目に入って、玄関に飾ってあったものだと気が付いた。 「どうして、これ、外しちゃったんですか?」 まだ声を出すと喉に違和感が残るから、ゆっくりと聞いた。 福原は横目で絵を確認しただけで答えない。 「いらないなら、もらっていいですか」 「……は?」 俐音の制服に伸ばしかけた手を止めて怪訝そうに顔を歪めたが、横を向いている俐音は見ていない。 「でも部屋に置くには大きいか」 「なんで」 「私の部屋、そんな広くないんで」 「じゃなくて、なんでいるの」 どうして自分達は今こんな話をしているのか。俐音は怖くないのだろうか。 「好きだから。初めは、よく分からなかったけど…福原先輩の事描いたんだなって気付いて。前にホワイトボードに落書きしましたよね。あの時、先輩は自分の絵が描けなかったんだと思ってました。自分の事って案外見えないものだから。 でも違った。先輩は見え過ぎてるんですね。見たくない、見えなくて良いところまで全部。だから描きたくなかった」 そんな自分が嫌で仕方ない。 他人を拒絶するのも、部屋を荒らすのも、食べないのも、全部自棄になっているだけだと思うから俐音は福原が怖くなかった。 それよりもっと他にある。俐音が何より恐れているもの。 「別に、私のこと嫌いでもいいです。そればっかりはどうしようもないですから。でも覚えておいてください。福原先輩の事、好きにさせておいて今更離れるなんて許しませんからね」 福原は初めから気付いていたけれど、まだ男だと偽って一線を引いていた時なら違っていたかもしれない。 でも、一度は受け入れてもらえたと思えたのに、今になって手を振り払われても簡単に離してやるものかと、自分の真上にいる福原を睨んだ。 「キミって案外馬鹿だね……」 「あのですね、私には俐音っていう名前があるんですよ」 「だから?」 「名前、呼んでもらえませんか」 キミ、と言われるのは正直良い気分がしない。 かといって名前を呼んでもらえるとは更々思ってもいないが。 前 | 次 戻 |