ノリで生きる人達



 建物のそこここから流れてくるざわめきを聞きなら廊下を通り抜けて、辿り着いた教室に一歩足を踏み入れた瞬間、ドンッと正面から衝撃をうけた。

「わっ、ごめんね!?」

 よろめいた俐音に、小柄な男の子が丁寧に頭を下げる。

「いや、こちらこそ」

 俐音が中に入るのとこの子が出るタイミングが重なり、ぶつかってしまったのだ。
 目線がほぼ同じくらいの相手をはじっと見つめる。
 昨日学校で言葉を交わしたのは僅か三人。その中にこの子は入っていない。

 なのに、なんでだろう。この顔、よく記憶に残ってるんだよな……・

 昨日、教室内であったことを反芻してみると一つの記憶に思い当たるものがあった。

「そうか、ペンケース」
「え? ああ、増田先生に投げられたやつね」
「悪かっな」

 投げたのは性格に多大な問題があると初日から発覚した担任でも、その原因を作ったのは俐音達だ。

「そんな、いいよ。気にしないで。むしろペンケースくらいですんでホッとしたよ。ひどい時なんてイスごと投げ飛ばされるからね」

 ニッコリ笑ってるが、笑い事じゃないだろう。安心しちゃいけない。
 突っ込んでいいものか迷い黙っていると、沈黙の意味を勘違いしたらしく、

「増田先生ってそんな大柄な人じゃないのに、どこにそんな力あるんだろうね」

 と笑顔を向けられた。

 ……問題はそこじゃない。もっと重要な点があるだろう!もう教師云々とか以前に人としての欠陥が丸見えだろう!?

 この学校の奴らにはこれが普通なのか?

 所詮はお金持ちとでは感覚が違うってことか……?

 だんだんと考えるのが面倒臭くなってきた俐音は、こいつらはきっと聖人並みに心が広いんだ。ということで片付けた。

「確か鬼頭くんだよね? 僕は駒井 彩(こまい あや)。このクラス、外部生は鬼頭くんだけだから心細いかもしれないけど、分からないことがあったら何でも言ってね」

 俐音が今頭の中で盛大にツッコミを入れていた事など知らない駒井は優しい言葉をかけた。

「神奈くんや成田くんと仲良くしてたみたいだけど、二人ともよくいなくなってるから……」

 駒井の視線を追って教室内を見回してみても二人の姿はなかった。

「ありがとう、駒井。そうさせてもらう」

 俐音の返事を聞いて駒井は嬉しそうに頷いた。

 駒井は神奈と成田はよくいなくなる、と言っていたけれど、その表現は少し間違っていた。

 いなくなるんじゃなくて、教室に来ないのだ。
 今日も午前中だけだったけれど、みんながカバンを持って帰る準備を始める頃になっても二人は来なかった。


 またサボっているだけなんだろうと特に気に留めなかったが、帰る途中、何気なく昨日二人を見つけた屋上を見上げた。

 本当に何気なくだったのだが、どうしてか嫌な予感がして視線を戻し、その建物を通り過ぎようとした。

「りーおーんーちゃーん!!」

 予感的中。屋上から大声で呼び止められて、ゆっくりと振り向いた。

「上がっておいでー!!」

 声を張り上げる人物を確認して、またすぐ歩き出す。

 オレンジの髪が日に当たりより一層明るく見えた。
 それだけでそれが誰かが分かってしまう。

 性質の悪い酔っ払いみたいにヘラヘラ笑ったまま間の抜けた声で何か言ってるけど無視しよう。
 ああいう輩に関わっちゃいけないって菊が言ってた。

 こんな時だけ保護者に従順になる。

「ちょっと俐音ちゃん!? りーおーんーちゃー……」
「――わかった! わかったから人の名前を大声で連呼するな!!」

 両手を口を囲ってメガホン代わりにして名前を呼びまくる成田を睨みつけ、俐音は全速力で屋上まで駆け上がった。




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