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「……先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫ってなにが」

 いつもとは全然違う冷めた瞳が俐音を射抜く。
 まるで別人と相対しているような気分だ。

 これが、緒方が言っていた福原の本性だろうか。

「大丈夫じゃなかったらキミは助けてくれんの? そんな事できるわけ」

 鏡みたいに、目の前の風景を在りのままに映し出す福原の瞳が揺れているように俐音には感じられた。

 何の感情も込められていないのではない。ありとあらゆるものが交じり合って濁ってしまっているのだ。

「先輩は助けて欲しいんですか?」

 福原は途端に眉根を寄せて露骨に不快を現した。

「自分の事だけでいっぱいいっぱいのくせに……」
「そうですけど、分かんないですよ。言ってくれれば出来る事かもしれないじゃないですか」

 ハッと鼻で笑った後、福原は手で顔を覆った。
 肩は揺れ、くぐもった笑い声が漏れてくる。
 いつもの穏やかさはどこにもなく、俐音を馬鹿にしたような笑い方だ。

「先輩が何を思いつめてるのかは知りませんけど、私にだって分かる事くらいあります。寮の玄関に飾ってあったあの絵。あれが先輩そのものだって」

 笑いを収めて睨んでくる福原を正面から見据える。
 様々な色が絡み合い、雑然としてて複雑極まりない。

 俐音を拒絶するのに言葉を掛ければ返してくれる。態度からは怒りが読み取れるのに、暗い瞳は泣きそうに揺れる。
 今の福原とあの絵は同じだ。

「……もういい」

 ふいと目を逸らして呟いた。

「やめだ。もう終わり」
「先輩?」

 福原は親指のはらで俐音の目元をなぞってから、その手を首元へと持っていく。

 その意図がいまいち掴めず、福原を見返すだけでジッとしていると、指に力が込められた。

「キミの……その眼が嫌い。映し出す色も全部、鬱陶しい」

 一気に首を締め付ける圧迫感が強くなって、思わず顔を顰めた。

「塗りつぶしてやろうと思ったけど、もういい。いらないから俺の前から消えて」

 俐音の周りだけ纏うものが違っていて、きっとそれに色を乗せれば晴れ渡った空のような鮮やかさ。

 無垢な子どもなんて言うけれど、こういう状態なのか、と。
 一点の曇りも無い色は綺麗だけど儚い。

 初めて会った時、絡み合った視線の先にある瞳には剥き出しの警戒心が浮かんでいて、でもそれ以上に寂しさを湛えていた。

 どういった環境で育ったのかは分からないが、女が男子校に入ってくるなんて非常識な事をやってのけるくらい、よっぽどの事情があるんだろう。

 なのにどうして堕ちて来ない。

 自分のように、いっそ真っ黒であったなら潔いと思えるほどぐちゃぐちゃに混ざり合って、薄汚い色に何でならない。

 だったら塗りつぶしてやろうと思った。
 俐音の警戒心が無くなって、全面的に福原を信用するまで優しくして甘やかす。

 今まで何にも執着せず、滅多に感情を表に出さなかった福原の、俐音に対する態度に穂鷹達が驚くのを見るのもそれなりに面白かった。

 そして俐音が福原を必要とするようになったら、これ以上は無いという方法で突き放してやろうと決めた。

 泣いて恨んで濁っていけばいいんだ。



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