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 以前、寮に入るとすぐに目に留まった福原が描いたという一枚の絵が無くなっていた。
 随分と長い間そこにあったという証拠を残すように、クロスの色が周囲とは違っている場所は、四角く切り取られているように思える。

「二学期が始まったと同時に無くなっててねぇ」

 一度だけ見た絵を思い出すように壁を眺めていた俐音に、背後からゆっくりとした口調で老人が話しかけた。ここを管理している人だ。

「絵を描いた人の部屋ってどこなんでしょう?」
「会いに行くのかい。危ないよ」
「アハハ……、でも放っておけないじゃないですか」

 管理人も福原の乱心ぶりを目の当たりにした事があるようで、俐音に行かせるのは気乗りがしないらしい。
 少し渋ったが、確かにこのまま放置するわけにもいかない。
 俐音に部屋の場所を教えた。

「ぐっどらっく……」

 ゆっくりと、片言の英単語で俐音の無事を祈った。

 気の良いというか、面白い人だな。
 教えてもらった部屋へと向かいながら管理人に対する印象を思う。

 階段を上がったところで、ガシャンと何かがぶつかる大きな音がして、まさかと走っていく。
 一室のドアが勢いよく開いたと同時にそこから生徒が出てきた。

「壱都、いつまでそうやってたって何も変わんないからな」

 そう言って身を翻した生徒と俐音の目が合う。
 背の高いその生徒は、幾つものピアスがはめ込まれた耳に、ほぼ金に近い髪を掛けながらバツが悪そうに苦笑して、行ってしまった。

 福原の友達だろうか。
 後ろ姿を見送ってから部屋に近づき、中を覗いた。そして、ヒクリと片頬を引きつらせた。

 部屋を荒らされたといっても、ここまで酷くはないんじゃないだろうか。

 そう思わせるほど、部屋の中は悲惨な状態だった。散らかっているなんて、そんな生易しいものではない。

 足の踏み場もないほど床に散りばめられた画材や衣類。

 先ほど大きな音を立てていたのは、大きな額縁が投げつけられたものだったらしく、壁に大きな穴が開いている。

 そんな中で福原は、一人がやっと立てるだけのスペースがあって、そこにすっぽりと納まっていた。

 入り口で立ち尽くしてしまった俐音をぼんやりと見つめる瞳の焦点は合っていない。
 もともと線の細い福原だが、小暮が心配していた通り食事をしていないのか、いつもより細いように思えた。

「先輩……入っていいですか?」

 問いかけても返事は返ってこず、仕方が無いので「お邪魔します」と言って中に入った。

 出来るだけ物を踏まないようにと思っても、それでは一向に福原の所まで辿り着けない。ほとんどつま先だけで大股に前に進む。

 途中、硬いものを踏んで折れたような気がしたが無視した。
 目の前まで行って福原を見上げてみれば、いつも湛えている笑みはどこにもなく、ただ無表情に見下ろされた。



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