堕ちればいい


 様子がおかしい。

 自分の目の前でぼんやりと外を眺める彩を見ながら俐音は思った。
 今、食堂で昼ごはんを食べている最中なのだが、俐音が少しずつパスタをつまみ食いしているのにも気づいた様子は無い。

 彩は元々自分から率先して話をするタイプではないが、最近どうもいつもとは違っている。
 物思いに耽って上の空だったり、突然沈んだり、かと思うと急にそわそわしたりと、ある意味忙しい。

 彼女は夏頃からずっとこんな感じだ。
 原因はやはり夏休みに出くわして、彩を女だと言い当てた男だろう。


 食事も手につかないでその人のことを考えてるって、まるで恋する乙女のようだ、なんてくだらない事を考えていると、急に頭と肩に重いものが圧し掛かってきて顔が机にぶつかりそうなくらい前のめりになった。

「俐音ちゃん!」
「なっにすんだこのバカ穂鷹!」
「スキンシップ。最近なんか俐音ちゃんに触れてないと落ち着かないんだよね」
「気持ち悪いことをぬかすな。そしてここが公共の場だということを思い出せ」
「もう俐音ちゃんってば、ニ人きりになりたいだなんてー」
「やめろ!」

 男同士でこんなベタベタとくっついていれば、それが奇異に映るのは当然で、しかも食堂という他クラス、全学年入り混じる場所だから余計に目だって仕方が無い。
 周囲から痛いほどの視線を浴びて、俐音は慌てて穂鷹を剥がす。

「聡史先輩が呼んでるからオレが迎えにきたのにー。てわけで、俐音ちゃん連れてくね」

 俐音の腕を掴んで立たせた穂鷹は彩に向かってヘラっと笑って、そのまま食堂を出た。

 騒ぐだけ騒いでさっさと出て行ってしまった二人に取り残され、まだ残る回りの注目が恥ずかしくて、彩も立ち上がってその場を離れた。





「駒井と仲良いよね」
「うん、お前ら教室まであんまり来ないから、大抵は彩と一緒にいる」
「ふうん」

 自分で話を振っておいて素っ気無い返事しかしない穂鷹に俐音は内心で「何なんだコイツ」と悪態を吐いた。

 興味が無いなら聞くなと言ってやりたかったが、それよりも彩の様子が気になる。

「そうだ、この学校で背は結構高めで髪が短くて、声は低い奴って知ってる?」
「それに当てはまる人なんてゴロゴロいると思うけど……」
「やっぱそうだよなぁ。もっと特徴欲しいよな。こう、眼鏡! とかアフロ! とか」

 詳しく聞こうにも、肝心の彩は良く覚えていないらしい。
 もう一度会えば分かると思うけど、と言っていたが会ってしまっては元も子もない。

「アフロ? その人がどうかしたの?」
「ん、ちょっと彩がね……。見つからないならそれでいいんだけど」
「そう」
「……穂鷹って彩の事嫌い?」

 誰にでも愛想の良い穂鷹には珍しく、さっきから返事に感情がこもらない。
 食堂では普通にしていたようだが、もしかして嫌いなのだろうかと思えた。

 だが、訊かれた穂鷹はビックリしたように俐音を見返した。

「そんな事ないよ。ただ……やっぱいいや」
「は? 何だよそれ」
「気にしなーい。ほら到着したよ!」

 ドアを開けて俐音の背を押して部屋に入れて、話を勝手に打ち切った。
 何なんだと睨みつけてもそ知らぬ顔をしている。

 こうなったら問い詰めても話してくれないだろうと諦めて、少し荒っぽく落ちるようにソファに座った俐音からは、どこか不機嫌そうな雰囲気が漂っていた。
 その様子を横目で見て穂鷹は苦笑した。

 俐音にしてみれば訳が分からないだろうが、穂鷹からすれば言えるはずがない。

 夏休みの間、俐音の家にずっと彩が泊まりこんでいたという。
 穂鷹は彩が女だと知らないから、ちょっと待てどういう事だと思っても仕方が無い。

 それを告げた時の俐音はあっさりとしたもので、それが余計に穂鷹の不安を煽った。
 まさか二人は付き合っているのかという、実際に俐音達が聞いたら呆気に取られるような事も考えた。

 全くの見当違いなのだけど、穂鷹は彩にヤキモチを焼いてしまったのだ。




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