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「俐音ちゃん冷たぁい、オレら恋人同士なのにー!」
「いつ、私とお前がそんな関係になったんだ!?」
「たった今から」
「アホか!」

 いきなり意味の分からない事を言われて、混乱するより先に罵声を浴びせた。
 そもそも、どうして服を着替えさせられたのかの説明もされていなかったと思い出す。

「穂鷹フラれちゃったわねぇ」

 壁に凭れ掛かって二人のやり取りを眺めていた高奈が、息子がフラれたとそれは楽しそうに笑って言った。

「悲しいなぁ。そんなにオレが恋人じゃ嫌?」
「嫌とかそういうことでなく。何でそういうことになるのか説明しろ」
「今日一日限定でね、恋人のフリして欲しいんだ。ちょっと困ってて。ほらオレいっぱい女の子の知り合いがいっぱいいるじゃない」

 ……知り合い?
 俐音は成田が女の子達と遊び回っているらしい事は聞いていたが、それがどの程度の付き合いなのかは知らない。

 知り合いだなんて、そんな空々しいものなのだろうかと疑いの眼差しを向けると、何が言いたいのか理解したらしい成田は眉を下げて笑った。

「ケータイ変えたときに全員と連絡切れたんだけどさぁ、そしたらこことかまで押しかけてきてちょっと面倒くさい事になってるんだよねぇ。響がいい加減ウゼェってキレるしさ、ちょっともう話つけようと思って」

 その話をつけるのに俐音はかり出されたのだ。
 わざわざ女の子らしい服装に着替えて、恋人のフリをするという事は、小芝居を打って相手を諦めさせるのだろう。

「やだ、帰る! 誰が好んで他人の修羅場に足突っ込まなきゃならないんだ」
「えー友達のピンチを助けてよー!」
「知らん知らん。自分のまいた種だろ」

 腕を掴んできた手を払いのけて自分の服と荷物を取るためメイク室に入ろうとしたら、またも満面の笑みを浮かべる高奈がいた。

「ボレロとキャミとスカートにミュール。メイクも入れたらざっと六万って所かしら? それでもこの店にしたらかなり良心的な値段なんだけどね」
「………」
「そもそもの原因のさ、ケータイ壊したのって誰だったっけ?」
「う……」

 つまり、ここで帰るなら全額払えという事だ。
 菊の家に転がり込んで養ってもらっている身の俐音がそんな金額を持ち歩いているわけもなく。

「や、やらせていただきます」

 手口が卑怯だ!

 引き受けざるを得ない状況に追い込まれて、渋々頭を下げた。

「ありがとー俐音ちゃん! そうそう、一応恋人設定だからさ。オレのことは穂鷹って呼んでね」
「ほだか?」

 何だか照れくさかったのだが成田が嬉しそうに笑ったから、まあいいか、ということにした。

「じゃあ俐音ちゃん、穂鷹のこと宜しくねー」

 こうして俐音達は高奈に軽いノリで見送られて戦地へと赴くのだった。




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