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 ぴりりりり、と耳に届きやすい機械音を発しながら光る携帯電話を手にとって開くと、ディスプレイに電話番号と共に成田 穂鷹という名前が表示された。

 全く見に覚えの無いこの表示に顔を顰めつつも通話ボタンを押す。

「……成田?」
『俐音ちゃんおはよ。あのね、急で悪いんだけどね、明日一日付き合ってもらいた――』
「やだ」
『最後まで言わせてもらえもせず……! いや、ホント俐音ちゃんにいてもらわないと困るっていうか話になんないの! だからお願いデートしよう!』
「断る」

 切実な成田の訴えも、俐音にとっては鬱陶しいばかりだ。
 困っているからデートをするという全く結びつかない二点が、絶対に碌な話ではないと告げているように思える。

「それより、成田に番号教えた記憶ないんだけど」
『あ、うん。こないだ旅行行ったときにこっそり登録しといた』

 面倒な作業を代わりにしておいたからとでも言いたげな口調であっさりと返され、しかも無断で俐音の携帯電話を弄った事を悪いとも思っていない態度に腹が立った。

『ちゃんとオレの番号も登録されてたでしょ』と笑う成田なんて困り果ててしまえと念を込めて耳から少し離した電話を強く握り締めた。

「……切る!」
『えーっダメダメ待って! お詫びもしたいの!! この前メガネ壊しちゃったの弁償したいから……』
「ああ、メガネね」

 旅行の最中に不慮の事故により俐音が春から愛用していたメガネを成田が踏んでしまい、使い物にならなくなってしまった。

 伊達だったために、俐音は成田に気まずそうに打ち明けられるまで、自分がメガネを掛けていない事に気づかなかったのだが、その二度と復元不可能な無残な姿に愕然として、こっ酷く成田を責めた。

 我に返って、あれはやりすぎたなと思うのだが、それを成田に言うつもりはない。

「でも今月中は彩がいるから……」
『彩って駒井?』
「うん」

 チラッと彩を見ると「ん?」と首を傾げたあと、話の流れが何となく理解出来たのか、勢い良く首を横に振って「あたしは大丈夫だから遊びに行くなら行って来て!」と声を抑えながらも懸命に俐音に訴えた。

「彩はいいって言ってくれてるけど」
『ほんと? じゃあ明日一日付き合ってね! 時間と場所は決まったらメールするから!』
「あっ」

 一方的に切られてしまった電話を、難しい顔で俐音は睨む。
 「いいって言ってくれてるけど、放っておけないから行かない」と言おうとしたのだ。

「掛けなおしてちゃんと断らないと」
「どうして? 行っておいでよ! あたしもちょっと行きたい所あるから出掛けてくるし」
「そうなんだ? んー、じゃあいいか」

 大して乗り気ではないけれど、彩が気を遣ってくれているのが伝わってきて、通話ボタンの上に持っていっていた親指を離した。

「ところで彩、お腹空いたからお昼にしよう」
「え、あ……うん」

 腕を引かれてベッドから立ち上がった彩は気遣わしげに後ろを一度だけ振り返る。
 その視線の先で、気を失ったまま床に転がっている菊がいた。

 あの後、成田から当然のようにメールが届いた事が無性に悔しかった俐音は、アドレス帳にしれっと明記されていた成田の名前を忌々しく思った。

 苗字と名前の間に星のマークがつけられているのが、また更に腹立たしい。




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